第3話 え?過去?「私は、れっきとした社会人なの!」
「砂月、起きろ!」
佐助のハスキーボイスは嫌いじゃないが、朝が弱かった。
「あと三分!」
砂月は、夏用の青い掛け布団を引き上げて顔を覆った。
「おい、二度寝するな……今日で三日連続の遅刻。流石に、ベスも怒るぞ」
担任に怒られたところで、低血圧は治らない。
そう易々と起床できれば、遅刻はしない。
(??ベスって誰??)
砂月は、なぜだか胸騒ぎを覚えて、布団の中から恐々覗いた。
すると、見知らぬ男の子が、ベッドの横に立って砂月を見下ろしている。
ピシッという音が聞こえそうなほど綺麗に制服を着用しているが、それは近所の高校、舟島高校の生徒が着るブレザーだ。
砂月は、驚いて飛び起きた。
「あなた、誰!?」
思わず指差して叫ぶと、背の高い男の子が、大きな溜息を吐いた。
「はああ、まだ夢ン中か?さっさと立て!」
「さーくん、毎朝、ごめんね」
知らない男子の隣で、エプロン姿の叔母が、申し訳なさそうに謝った。
「高校生にもなって、さーくんが来ないと起きれないって言うのよ!おねーちゃんも、甘やかせて育てるから、こうなるのよねえ」
「もう慣れたンで。気にしないで下さい」
「ありがとね。さーくんは、本当に優しい子ね」
砂月は、目を丸くして、二人を交互に見つめた。
東京に住む叔母が、知らない男子と語らっているのだ。
「総ちゃんと、みーちゃんは、もう行ったのに。たまには、弟と妹を見習って欲しいわねえ。さーくん、この子、単位は足りてる?高校は、卒業して欲しいわ」
砂月は、ねぼけ眼を掌で擦りながら、目を凝らして勉強机の上の目覚まし時計を見遣った。朝の八時を、とっくに過ぎていた。
「高校って何?何で、叔母ちゃんがいるの!?」
「もう!バカ言ってないで、起きなさい。さーくんまで遅刻する」
溜息を吐いて、砂月を急かした。
砂月の叔母は、二年前に結婚して東京に行ったが、まだ子供はいない。
「小学生の時も、さーくんが来てくれないと学校に行かなかったけど、今も、変わってないのね」
本人を前にして言いたい放題である。
(本当に、さーくん??)
部屋に弾ける悪口を聞くうちに、砂月は、だんだん腹が立ち始めた。
寝癖がついたボサボサ頭を、ぶるぶる振って、幼馴染らしい人物を睨み付けた。
「ようやく起きたわね」
微笑む叔母に代わって、佐助が告げた。
「とにかく着替えろ!俺まで遅刻する」
舟島高校までは、歩いて十分だった。
そうでなければ、砂月の遅刻回数は、既に両手の指を越える程だ。
「ほら、ウイダーインゼリー」
歩きながら佐助が差し出すと、砂月は首を振った。
「いらない。私は、さーくんの話、信じないから!私は、れっきとした社会人なの!」
断固として受け取らなかった。何もかもが狂っているのだ。
「これは、夢!だから食べない!今月、三十二歳になったの」
「おまえが社会人!?」
佐助は、呆れた風に溜息を吐くと、鞄の中からカロリーメイトを取り出そうとした。
「じゃ、こっちな。腹に入れとけ」
それを見て、砂月が慌てて止めた。
「待って!!そんなにいらない。一つで十分!」
仕方なく受け取ると、次の悪夢が訪れた。
「あ、佐助の女!」
今日は、とことん運が悪い。
ばったり会ったのが、夕子の兄だった。
「違います!さーくんは、ただの幼馴染です!」
「へえー」
なぜか、じろじろ見つめられて、砂月は落ち着かない気持ちになった。
「何ですか?」
砂月が問えば、驚愕の返答を貰った。
「じゃあ、俺の女になりなよ」
「はあああ??」
先に大声を上げたのは、佐助だった。
「こいつは、誰とも結婚しない!こいつは、誰も好きにならないんだ!」
珍しく怒鳴って砂月の右手を掴むと、猛ダッシュで逃げた。
追って来ないので、多分あれは、からかわれただけだろう。
「ねえ、もう大丈夫だよ。手、痛いから!」
正門前で砂月が訴えると、佐助は黙って手を離した。
そして、くるりと背を向けると、「クラス、違うから」そう言って校舎に入って行った。
置き去りにされた砂月は、呆然と後ろ姿を見送ったが、非常に困った。
「私、何組だっけ?」




