第一章 ⑦
ヒーローの血液中に存在する、魔法を司る微生物――魔法微生物。
重要なのは、この魔法微生物と意思疎通し、質の良い魔力を供給してもらうこと。
それには、魔法微生物たちと仲良くなることが必要だった。
「仲良くなるって、簡単に言うけど……」
魔法微生物と仲良くなる確実な方法は、マニュアルもなければネットにも載っていない。
「会話もできない相手だぞ……?」
師匠はお札に魔法陣を描いたり、猫の真似をしたり。
誓矢は弓を扱うスポーツをしたり。
勇太は、不明。
「魔力生成!」と、目を閉じて唱える。
現状の勇太にとって、この呪文じみた科白だけが、魔法微生物が最も反応してくれるものであった。
数秒経つと、身体の内側がぽかぽかと温かくなり、その温かさがオーラとなって全身を包み
込むような感覚が生じる。
この感覚こそ、魔力が体内で生成され、循環している証。
勇太は次に、魔法微生物によって生成された魔力を、放ちたい場所に集中するため、その部位を強く意識する。
今回は手のひらを意識し、魔力を集中。
すると、全身を覆っていた温かさが手のひらへ集約されていくと同時に、手のひらがより高い熱を帯びるのを感じた。
「波動弾!」
衝撃波を手のひらから放ち、対象を吹き飛ばす攻撃魔法を唱える。
ところが、勇太が脳内でイメージした威力にはほど遠く、手のひらからは小さな風が放たれ
ただけ。
師匠が同じ魔法を放つと、人間一人が藁のように吹き飛ぶ。
「俺の背が高くないと、質の良い魔力を出さない魔法微生物とかだったら、詰みなんだが……」
自分がかつて受けた【不成長】の呪いのせいで、勇太は二度と、背が伸びることはない。
努力しても永遠に報われない事実を前に、無意味でもヒーローを続けたいと思う気持ちと、別の感情がせめぎ合っている。
別の感情って?
自分に問いかけた。
どうせ続けても苦しいだけなら、いっそのこと――。
勇太はその先をうやむやにする。
「…………」
どちらの感情が良い悪いの話ではなかった。
ただ、どちらか一つに、はっきり絞りたいと思った。
上空を、広告モニター付きの無人飛行船が通過する。
モニターには次のような広告が表示されていた。
『困っている異世界人はいませんか? 見かけたら、防衛相・異世界部へ』
『転移魔法はいつどこに? もしもに備えて、緊急召致アプリを!』
一つは異世界人の保護を訴える広告。
もう一つは、転移魔法が出現して、危険性のある異世界人や魔物が現れた際、ヒーローを呼ぶアプリの広告。
「今どき、上を向いて歩く人なんているのかな?」
飛び去る飛行船をそれとなく目で追いながら、勇太は呟く。
それとも、逆なのか?
下を向いて歩いているのは、俺だけなのか?
「――となり、いい?」
と、そんな彼の視界を、誰かが遮った。
「ッ⁉」
声にならない声を上げて、勇太は飛び起きる。
広がる夜の帳にも負けない、ライトグリーンの瞬きを湛えた瞳が、勇太を見つめていた。
「ごめん。びっくりさせちゃった?」
早朝の微風のように澄んだ声で、ナックル・スターが言った。
「えっ、あ、いや」
目が覚めるような思いで、勇太は彼女から顔を逸らす。
「ど、どうしてここに……?」
「なんか、そういう気分でさ」
スターは小顔を綻ばせ、勇太の隣に腰を下ろした。
彼女は、ベヒーモスの一件の事後処理をした足で来たのだろう、変身したままだ。
「ユウタくんは、ここ、よく来るの?」
「うん。まぁ」
「良い所だね」
「うん……」
予想だにしなかった展開に、勇太は言葉が続かない。
世界のトップヒーローで、知る人ぞ知るスーパースターが、街外れの土手で、自分の隣に、腰を下ろしているのだ。
ユウタとナックル・スターは、同じ日本のヒーローということもあって、SNSではお互いにフォローし合っている。
だが、それだけの関係。DMをしたことはない。
転寝して夢でも見ているのかと、勇太は頬をつねる。
ベタな痛みがじわりと左の頬に広がった。
「どうしたの?」
ナックル・スターがくすりと笑った。
可愛らしい笑顔に、勇太は見惚れてしまう。
「その、……君がここにいるの、信じられなくて」
スターを見ると、どうしても、顔が熱くなってくる。
ファンが多いのも否応なしに納得させる、超・美少女。
「わたしだって、こういうところ、来たくなることあるよ?」
「そう、なんだ……」
「ユウタくんの顔、赤くない? 魔力使いすぎた?」
聞かれて、勇太は思わず目を閉じ、首を横に振る。
「平気だよ、これくらい」
「なら、いいけど……」
勇太の脳裏には、もう一人の、幼馴染の少女が浮かぶ。名をココと言った。
ココの笑顔も、ナックル・スターのように朗らかだった。
時折そうして過去の友人を思い出すこともまた、勇太をヒーローたらしめた理由である。
ナックル・スターとココ。二人の少女の顔が重なると、勇太の中で、何がなんでもヒーローとして戦うという、揺るぎない熱情が沸き起こる。
身体が小さかろうと、結果が出ず批難されようと、ヒーローを諦めずに続けてこられたのは、この熱情のおかげでもある。
だがなぜ、スターとココが重なるのか、未だにわからない。
「き、君は、家に帰る途中?」
「うん。ユウタくんも?」
こくり。頷いて、勇太は尋ねる。
「ガードマンとか、居るものじゃないの? 有名人って」
「何かあったら、わたしがガードマンを守るの?」
首を傾げるスター。
「あ、いや……」
よく考えればわかることじゃないか。と、勇太は顔がさらに熱くなった。
最強のヒーローを守れる人物がいるとは思えない。
答えあぐねる勇太を見て、ナックル・スターは小さく笑う。
「わたしも時にはさ、一人で静かにしたいんだよね」
「そ、そういうことなら、俺、帰るよ」
慌てて立ち上がろうとする勇太の手を、彼女の手が掴んだ。
「いてよ。……もしユウタくんが、いいなら」
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