第一章 ⑤
《ユウタとかいう雑魚、なんでヒーローやってるの?》
《足手まといなんだから辞めちゃえばいいのに》
《日本のヒーローの面汚し》
《底辺ヒーロー》
投稿を辿っていくにつれ、勇太に対する批判の声が散見される。
ヒーロー庁が運営するヒーローランキングには、全世界で活動中の、総勢千人を超えるヒーローたちが登録されており、勇太はその最下位。
人命救助と敵性生物の撃破といった評価項目から総合的な戦績が組まれ、ランキングに反映される仕組みである。勇太はどの項目でも、際立つような成果は上げられていなかった。
「呪いを知らない人は、みんな気楽でいいよな。頑張れば頑張っただけ成果が出るんだから」
勇太自身も、師匠の下で死に物狂いの努力を重ねたおかげで、ヒーローになれた経緯こそあるが、何事にも限界というものがある。
その中には、自分ではどうしようもない理不尽な限界も、ある。
【不成長の呪い】という言葉が、脳裏を過った。
「呪いさえなければ、結果は違ってたのかな……」
勇太の中で、もやもやした思考が芋づる式に展開される。
圧倒的な数字を叩き出し、首位を独走するナックル・スター。彼女との差は開くばかり。
携帯画面をスクロール。すると、見知った国会議員の切り抜き動画が目に留まった。
《実現か⁉ ヒーロー支援の拡大! 自衛隊との連携強化も(川本五郎氏)》
というタイトルの切り抜き動画が自動再生され、勇太は見入ってしまう。
日米英首脳会談で行われた、各国のヒーローに関する支援政策の議論について、川本五郎衆議院議員が、記者団に説明をしている場面だった。
『皆さんも既にご存じの通り、魔法を操って、人々を危険から守る存在、それを我々はヒーローと定義しています。今回もこのヒーローのことで議論して参りました。これからお話することは、ヒーロー庁のホームページにもまだ記載がない生の情報なので、この場をお借りして、可能な範囲で、ご説明します』
録音機を握って突き出された腕が押し合う。
『アイル意見役の協力で、魔法技術が日本にもたらされてから、既に二十年。ヒーローたちは魔法を駆使して、ときには自衛隊と共同し、これまでに多くの異世界災害に対処してきました』
カメラのシャッターの音。
『二〇三〇年現在、世界で活躍しているヒーローは1000人以上。ですが、世界中の平和を守るという意味では、まだまだ少ない。しかしながら、日本には世界有数の霊脈があることから、魔法微生物の元気もよく、その魔法微生物に適合してヒーローになった人数も178名と、他の国と比べて多く、犯罪件数が大幅に減少しています。こうした恵まれた環境をさらに整備し、同盟国へ広げていく。これは将来、世界平和につながります』
ヒーロー庁が執り行う年一回のヒーロー試験に合格した者は、勇太のようにヒーローとしてデビューし、その活動費として毎月十万円が支給される。さらに、ランキングと実績から算出される歩合制のボーナスもつく。
見方を変えれば、ヒーローとしてランキング上位に食い込むほどの活躍を見せなければ、ヒーローという職業一本で食べていくのは難しいことを意味する。
故に、兼業したり、動画配信者としての活動をするヒーローもおり、全員が豊かな環境下で活動できているとは言い難い。
『今回の会談では、現状を確認したうえで、ヒーローたちの活動をより一層支援すべく、具体的な方法や予算などを話し合った次第でございます。えー、日本の場合ですと、自衛隊の【支援出動】をより簡略的にできるようにする、怪我をしたヒーローや、被災した国民への医療費を国が全額負担する、ヒーローの基本給を増額する、といった内容になります』
勇太は身体が小さく、すぐに変身が解けて戦えない。配信などで知名度を上げたり、アルバイトをするよりもまず、ヒーローとして戦う能力を高めることに、時間を割かねばならない。
基本給の増額というのは、ありがたい話だった。
『ヒーローの中には、SNSなどで評価の格差や誹謗中傷に苦しみ、人を助けるという、本来の活動目的を見失い、心を病んでしまうケースもあると聞きます。これについては、何か話し合いなどはあったのでしょうか?』
記者の質問が飛んだ。
『その点につきましては、今回の主な議題としては採り上げられませんでしたが、日本政府としましても、私個人としましても、蔑ろにしてはいけない、早急の対応が必要であると認識しています。それは諸外国も同じのはずです』
勇太は、まるで自分のことを話されているような気がして、動画をスワイプ。
他のヒーローに比べ、まるで戦えない勇太への批判的な声は、活動初期から上がっていた。勇太のヒーロー名は、配信をせずとも、悪い意味で名が知れ渡っていたのだ。
ヒーローランキング最下位という、不名誉な形で。
批判されるのは当然。ぜんぶ受け入れたうえで、これからも進まなきゃ。
ヒーローに求められるのは、街の平和を守る強さ。みんなの期待に応えること。
それができないなら、叩かれても文句は言えない。
などと、勇太は思いながらも、心のどこかで傷を負い続けていた。
次に目に留まったのは、ナックル・スターの動画。
お笑いタレント二人が進行する料理番組に、スペシャルゲストとして彼女が出演した場面の切り抜きだった。
『スターちゃんは普段、お料理とかするの?』
『は、はい。最近はずっと忙しくて、やれていないですが』
『得意料理は?』
『に、肉じゃが……』
ナックル・スターはテレビ番組には慣れないのか、頬を赤らめ、照れ臭そうに笑う。
『いいねぇ、肉じゃが! もしかして、花嫁修業とか意識してるカンジ?』
『そ、そういうわけじゃないですけど、あはは……』
『えー? カレシとか、気になる人いないの?』
『その、そういうのは、ノーコメントで』
と、スターがちらりとカメラを見たとたん、恥じらいの赤が顔中に広がる。そんな彼女の姿はヒーローというよりも、等身大の女子高生だった。
『スターちゃん、戦ってるときと雰囲気違うから、おじさんドキドキしちゃうなぁ』
『お前は調理に集中しろ。緊張してんだよ、スターちゃんは』
ボケを担当するタレントが、相方に台本で叩かれている。
勇太は携帯を見ながら歩き続ける。
『――スターちゃん、お米どんぶりで食べてるってホント⁉』
『はい。たくさん動くので、体力使うから……』
『スターちゃん、すごい身体してるもんなぁ。腹筋とか板チョコじゃん』
『わたしの場合は、身体をたくさん鍛えることが、魔力アップにつながるんです。頑張って鍛えれば、マジカリアン? ていう、魔力の源の微生物さんが、魔力をたくさん出してくれるので。それで、こういう身体に……』
恥ずかしげに微笑み続けるナックル・スターの身体に、カメラが寄る。
ヒーローコスチュームに包まれた身体は細身ではあるが、全身の要所に平均以上の筋肉がついており、彼女が日頃からトレーニングに励んでいるのがわかる。
努力が形になっているヒーローがいる反面、そうではないヒーローがここにいる。
勇太が暗い方向に思考を傾けていると、携帯と何かがぶつかった。
通行止めのバーだ。
そこはもう、地下鉄の改札だった。
「ちっ」
勇太の真後ろで、女子高生が舌打ち。隣の改札を通っていく。
改札奥――電子掲示板の動画広告に、エルフのヒーロー【ピンポイント】が映る。
『あのエルフの子、綺麗だな。ご飯に誘いたい! けど、言語の壁が……』
ピンポイントを見つめ、今人気の若手俳優が落胆している。
『そんなときは、エルフ語会話! エルフ語、得る得る! エルエルで検索ですわ!』
ピンポイントが長髪を颯爽と靡かせ、華麗な笑顔で言うと、別の広告に切り替わる。
そこには、《歩きスマホ、きけん!》と表示されていた。
おもむろにスマホをズボンのポケットにしまい、財布を探る勇太だが、その感触が無い。
「え、えっ⁉ 嘘だろ⁉」
両側のポケットにも、おしりのポケットにも、財布は見当たらない。
「終わった。今月の生活費……」
改札の脇に移動し、がくりと項垂れる勇太。
「山田くん、やはりここにいたか」
そんな勇太の肩を、誰かが叩いた。




