第一章 ④
『おっと⁉ ここで我らがスーパーヒーロー、ナックル・スターの登場だッ!』
司会者が白熱したように叫び、
《待ってました!》
《これで勝つる》
《スターちゃんかわいい》
これまで勢いの落ちていたコメント群が盛り返し、モニター画面を弾幕で埋め尽くす。
『アイドル顔負けのルックスを持つスターは、SNSのフォロワーも一千万人を突破! 比べてユウタは五万人!』
フォロワーとか、今はいいだろ。
と、勇太は司会者の声に歯を食いしばる。
頂点と底辺。この二つの言葉が、勇太の脳裏に浮かんだ。
ナックル・スターと呼ばれた少女は、黄色のぴったりとしたスーツにスレンダーなボディラインを引き立てられ、ヒーロー然とした姿を成している。
白いヒールブーツ、銀のニーパッド、白のバックルベルド、銀の手甲、白いグローブ。
「お前がナックル・スターか。たいそうな物言いの割に、細っこいな」
と述べるベヒーモスに対し、
「見た目だけじゃ、強さは測れない!」
ナックル・スターは両の拳を腰溜めに構えた。すると、拳は光を帯び、黄色く輝き始める。
『出るか⁉ スターの十八番!』
《来るぞ!》
《衝撃に備え!》
《やったれ!》
司会者の煽りにコメントの嵐が巻き起こる。
「はぁああああああああッ!」
少女――ナックル・スターが魔力を拳に込め、
「なんだ⁉ この強い魔力は⁉」
ベヒーモスが舌を巻いた。
「今のうちに!」
勇太は老婆のところへ戻ると、建物の影へと運び始める。
「ぐににに!」
歯を食い縛り、自分の不甲斐なさと戦いながら。
《スターはヒーローランク世界一。魔力も強くて当然》
《ベヒーモス終了のお知らせ》
などといったコメントを尻目に、勇太は老婆をどうにか運び終えた。
「お婆ちゃん、ここで待ってて? 助けを呼んでくるから」
耳元で言って、勇太は大通りに飛び出す。
ちょうど、上空のナックル・スターが急降下し、ベヒーモスの頭部――大きな二本の角と激突したところだった。
瞬間、衝撃波が爆ぜ、粉塵が吹き荒れる。
「グォオオオオオオオオオオッ!」
ベヒーモスが雄叫びを上げた。
ナックル・スターの右ストレートが、ベヒーモスの角を粉砕したのだ。
「ナックル・バスタァアアアアアアア!」
ナックル・スターは、繰り出した右拳を引くと同時、左拳をベヒーモスの脳天に叩き込んだ。
「グギャアアアアアアアアアッ!」
死の絶叫と共に、ベヒーモスの頭部が爆砕。その爆発は連鎖し、胴体、手足、尻尾へと伝播。
魔物の全身を吹き飛ばした。
『決まったァああああ! ナックル・バスターだァああああああああ!』
ナックル・スターの必殺技を叫ぶ司会者。
ドローンのカメラは、ベヒーモスの爆発を鮮明に映していたが、大部分が称賛のコメントに埋め尽くされている。
ナックル・スターは背中のブースターを弱めて地表に降り立ち、ドローンのカメラに向かって手を振る。
「もう大丈夫! 危険は去りました!」
彼女はそう言って、風防用のバイザーゴーグルを外してみせた。黄色く半透明なバイザーゴーグルがあったために判然としなかったが、素肌は白く細やか。
携帯で動画を見たか、あるいはいずれかのビルのモニターで、今の戦いを見たのだろう、逃げていた人々が、遠くの方で歓声を上げ始めた。
《スターちゃんありがとう!》
《88888888888》
《ユウタ、手柄無しで草》
《やっぱりスターが最強》
勇太は、ナックル・スターへの称賛に混ざり込む自分への批判を目にし、顔を伏せる。
ナックル・スターも、モニターで批判のコメントを見たか、心配そうに勇太を振り返る。
「あの、ユウタくん……」
言葉に迷いながらも、彼女は勇太に声を掛けた。
そこへ聞こえてくる、救急車のサイレン。
勇太は、「やっとか」と肩を竦める。
「負傷したお婆ちゃんがそこのビルの影にいる。君、力持ちだろ? 救急車に乗せてあげてくれよ……」
勇太はナックル・スターに背を向けたまま言って、その場を去る。
「ユウタくん!」
背中に、ナックル・スターの声が追い付く。
「わたしが来るまで頑張ってくれて、ありがとう!」
勇太は片手を振ってみせたが、ヒーローとしての貢献度を思うと、堂々と彼女を振り返ることはできない。
同業者としてか、底辺ヒーローの名前まで覚えている彼女の律儀さに、勇太は今までにない
劣等感を抱いた。
☆
「魔力が枯渇したあとの怠さよ……」
スクランブル交差点を後にした勇太は、地下鉄の駅を目指して地下道を歩く。
本当なら地上の交通機関でも帰れるのだが、スキャンダル目当ての違法ドローンに追尾され、隠し撮りされるリスクがある。
そのリスクを避けたい心理で選んだ地下ルートは、本格的な夏が始まるとあってむし暑い。
変身魔法で身体能力を強化した勇太であれば、剣は片手で持てるし、川は楽々飛び越え、バイクと同等のスピードで走れる。だからこそ、ベヒーモスが出現したときに急行できた。
しかし変身していない生身の状態では、常人よりも遥かに非力で、小さい歩幅故に遅い。
「ユウタのやつ、今回もディスられてたな……」
「向き不向きってあるよねー」
などと、通行人が勇太を横目に話している。
学生服の姿でも、身体が小さい故に悪目立ち。大概はヒーローのユウタだと悟られる。
ヒーロー名が捻らずユウタなのも、身バレを防ぎようがなく、開き直って名付けたからだ。
「ディス……」
勇太は、見ても良い事はないとわかっていたが、携帯でSNSを見てしまう。
トレンドでは、【ナックル・スター、ベヒーモス撃破!】が最上位にランクイン。