表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
BRAVEman  作者: しいな
37/42

第三章 ⑫

「なにを馬鹿な⁉ 核の影響範囲には、多くの避難場所も含まれるんだぞ⁉」

『だから今、首相たちが時間を稼いでる! 彼の国が強硬手段に出る前に、なんとかして魔王

を倒さなくてはならない!』


 アイルと同様に、川本の声にも焦りと思しき震えが混じる。


「俺に逆らう愚か者どもには、我が呪いをくれてやる」


 魔王の圧倒的な存在感が、心陽たちを重圧で包囲した。



   ☆



 アイルと五郎が長年をかけて築き上げた、異世界災害への対策。それが魔王の力を前に突き崩され、世界に絶望が広がる。

 そんな事態を見つめる勇太にも、絶望と焦りの重圧が募りつつあった。

 このまま覚醒できなければ、きっと前世の二の舞になる。


「勇太クン。ここからは動画として放送しない、内緒のパートに入るからね? あなたの師匠・アイルハトゥール・イヴエールは、あなたにこんな伝言を残した。〝お前は私の支えになってくれた〟」

「師匠が? なんでドリィに?」

「魔王が来たことを教えたとき、勇太クンに伝えてくれって」


 勇太は嫌な予感がした。


「アイルはどうして、勇太クンに伝言を残したと思う?」


 勇太が前世で戦った魔王の背丈は三メートルほどだった。それが五十倍もの大きさとなって現代日本にやってきたとなれば、その強さは計り知れない。


「師匠、……死ぬ気か⁉」

「死ぬ覚悟で戦う人の気持ち、勇太クンならわかるでしょ?」

「…………っ!」


 勇太の脳裏に浮かぶのは、前世の最後の戦場。同じことが、日本でも引き起こされている。


「それじゃあいよいよ、そんな勇太クンに、最後のクイズです。あなたが覚醒するためには、何をすべきでしょうか? この最終問題に、選択肢なんて甘いものはない。死ぬ気で戦う仲間のためにも、絶対に答えなくちゃダメ!」


 ブラスバンドの最後の演奏が響く中、勇太の焦燥は続く。

 早く元の世界に戻って、なんとかしなくては!


「勇太クン? 答えは?」


 会場の喧騒の中、ドリィの声だけがはっきりと聞こえた。

 思考が渦巻く。

 師匠の気は確かなのか?

 心陽は俺に何を言おうとした?

 どうすれば魔力が覚醒する?

 仮に魔力が覚醒したとして、それで魔王を倒せるのか?


「……」


 勇太は自分の肉刺(まめ)だらけの両手を見下ろす。

 この身体になってから、かつては片手で扱えた剣が、強化魔法がなければ両手でさえ持てな

くなった。その強化魔法も、長続きしない。

 誰かになろうとしなくていい。ありのままの自分でいれば、それでいい。

 日本に転生して、いつしかどこかで知った、励ましの言葉。


 俺は、弱い。でも、それが俺だ。

 だから、弱くていいんだ。誰も助けられない。自分すらも、助けられない。それでいいんだ。

 ――いいわけあるかよ!


 本来出せるはずの力が出せず、自分にすらなりきれない者にとっては、その励ましは、残酷な救いでしかない。不完全な自分を受け入れて、諦めるための。

 それじゃ、ダメなんだよ。


 鍛えたところで、呪いのせいでまったく成果が出ないとわかっていて、それでも鍛えた。

 続けられたのは、ココへの想いがあったから。

 想いって、なんだ?


「……」


 黙したままの勇太を見つめて、ドリィは待っている。

 勇太の脳裏に、ユータンだった頃に育った故郷が蘇る。

 剣士を志す傍ら、父から鍛冶師の技術を受け継いだ。

 魔王軍が勢力を広げる最中、戦いの旅の果てに入手した金属から、自らの手で聖剣を鍛えた。


 ――すべては、ココと過ごす日々を守りたいと思ったからだ。

 ココと一緒にいたかった。と、勇太は自分の想いを再確認する。

 その想いは、転生した今でも変わっていない。


「そうだ。俺は、心陽(ココ)のことが――」

「ココのことが、なに?」


 静かに、ドリィが問う。


「好きだ」


 勇太がその言葉を言ったとき、それは起こった。

 勇太は突如として、己の血流という血流が細部まで知覚できるようになり、その流れが高い熱を帯び始めたのがわかった。


「っ⁉」


 勇太は自分の身体を見下ろした。

 身体中が、熱くなっていく。

 魔法微生物(マジカリアン)だ。

 魔法微生物(マジカリアン)が、魔力を生成し始めたのだ。


「今、急に力が……」


 勇太の状態を察したか、ドリィは微笑んだ。

 勇太は目を閉じ、己の内から沸き上がる、かつてない強大な魔力を感じつつ立ち上がる。

 身体が軽い。質の良い魔力とは、このこと言うに違いない!


「俺はやっぱり馬鹿だ。なんで今まで、あの子に直接言わなかったんだ……?」


 そう自責したときだった。

 体内を巡る魔法微生物(マジカリアン)が、とある言葉を訴えてきて、それが脳裏に浮かび上がった。

 究極変身アルティメット・トランス

 勇太がその言葉を心の中で唱えると、全身を温かな風が取り巻いた。

 そうして勇太は目を開く。

 会場がどよめき、ドリィまでもが、驚愕に言葉を失って勇太を見ていた。


「え? ここ、ドリィの世界なのに、どうして魔法、使えてるの? そんなことできるの、魔王サマくらい……」

「え?」


 勇太は、自分の声が普段よりも低く、男らしいものになっていることに違和感を覚え、ふと身体を見下ろした。

 地面が遠い。まるで誰かに肩車されたかのように。

 大人サイズのブーツとズボンが見える。


「えええッ⁉」


 勇太の体型が、別人のそれに変わっていた。

 ――いや。

 勇太はその姿に見覚えがあった。


「ほい、鏡」


 ドリィが指を鳴らし、勇太の眼前に立ち鏡が出現。


「っ!」


 勇太の思った通り、かつてのユータン・ライスフィールドの姿が、鏡に映っていた。

究極変身アルティメット・トランス】なる、魔法微生物(マジカリアン)が訴えてきた変身魔法で、勇太はかつての自分の姿に変身したのだ。それも、ドリィの支配を押し退ける形で。


「ドリィの支配を逸脱したの、お見事! 灯台下暗し、だっけ? 簡単なようで超難しい最終問題、見事に正解!」


 ぽかんとする勇太を余所に、会場の人々の歓声が、ブラスバンドの演奏と混ざり合う。


「つまり、俺の魔力が覚醒する条件って、心陽(ココ)に好きって言うこと……⁉」

「あなたって不遇なようで、答えはごく単純で、恵まれてるじゃん! おもしろ!」


 ドリィは可愛らしい笑みを顔いっぱいに浮かべ、満足そうに続ける。


「お、俺に、こんなことできたなんて、……もっと早く気付けていれば……」

「今まで抱えてきた思いとか、重ねてきた努力とか、そういうぜんぶが合わさったおかげだと、ドリィは思うね。あなたの中で、あなたを見てきた魔法微生物(マジカリアン)だからこそ、成せるものだよ?」


 悔恨の声を漏らす勇太に、ドリィが言った。


「なら、気付けてよかったと思うべきか……?」


 勇太は、自らの大きな手のひらを、ぐっと握りしめた。


「過去を断ち切れ。アイルはそうも言ってた」

「師匠が……?」


 ドリィは頷いた。


「いろんなこと、ずるずる引きずってないで、あの子に向かって直接、好きって言いなよ」


 ドリィがそう言って指を鳴らすと、勇太の眼前に木製の重厚なドアが出現。


「覚悟ができたら、そのドアを開けて進みな? その先でどうすればいいかなんて、誰にもわからない。勇太クンが自分で決めるの」


 ドリィはドアを指差した。


「っ!」


 勇太は口を引き結び、ドアの前に立つ。


「なぁ、ドリィ。お前の目的って、本当に復讐なのか? いったい誰に――」

「そんなのいいから、行きなよ。時間、無いんだから」


 と、ドリィは穏やかな表情で目を閉じた。


「――ああ。行くよ」

「頑張りな。少年」


 ドリィの言葉を背に、勇太はドアを開け、降り注ぐ光の中、一歩を踏み出した。



   ☆



「誰もが、もう終わりだ、ダメだ、って思う。……そんな中でも、頑張れる子は、戦い続けるんだね。ドリィはこの世界へやってきて、山田勇太という少年から、高峰心陽という少女から、アイルハトゥール・イヴエールというおば、……お姉さんから、学んだのでした」


 ドリィは言って、勇太が残していった洋菓子(マカロン)を頬張る。


「ドリィのママも、ドリィが知らないだけで、きっと、アイツと戦ってた。勇太クンと同じ目をしてたから……」


 クイズ会場に残る観客がどよめき始めた。

 ドリィが一度大きく手を叩くと、会場は夢のように静かになった。


「――さてと」


 ブラスバンドも、観客も、誰一人いなくなった会場で、一人スポットライトを浴びるドリィは、大きく伸びをした。


「ドリィはもう満足。あとはアイツ(・・・)に、ケリをつけるだけだね」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ