第三章 ⑨
二〇〇二年から現在(二〇三〇年)までの間に、都内の数十ヵ所に渡って造られた、戦車・自走砲地下格納庫から、二百輌を超える一〇式戦車と一九式自走榴弾砲がエンジンを唸らせ出撃する。
異世界災害への即応力を上げるために取られた処置が、首相の決断によってヴェールを脱いだのだ。
テレビ局がドローン総出で決戦準備の様子を動画に捉え、世界へ向け発信。
その様子を携帯で見ながら、ヒーロー名=【ピンポイント】ことキリエが口を開く。
「やっぱり、わたくしの勘は当たっていましたわね」
「え?」
東京ビックサイト・会議棟の屋上から東京湾を見張る心陽が、隣に立つキリエに振り向いた。
ウェーブ掛かったライトグレーの長髪を潮風に靡かせ、ライダースーツを思わせる、ピンクを基調としたスリムなヒーローコスチュームに身を包むキリエ。彼女の両手首には、射撃のターゲットマークそっくりな円形のマークが取り付けられてあり、彼女の魔法が照準にまつわるものであることが窺える。
「わたくしは防衛省に行く前、学校であなたの動画も見ましたの。転生人だったことにも驚きましたけれど、一番驚いたのは、あなたの殿方というのが、あの小さな――」
「み、見たんだったらそれ以上言わないでいいでしょ! 否定はしないから」
両手を振り振り、慌てふためく心陽。
「彼、まだ寝たままなんですの?」
「うん……」
視線を落とす心陽。
「眠れる森の美女。――その逆バージョンをやるしかありませんわね! あなたが彼にキスをするんですの!」
「な、なに言ってるの! もうすぐ作戦始まるんだよ⁉」
「乙女たるもの、いつ如何なるときであろうとも、情熱とロマンを忘れてはいけまんわ! 魔王などワンパンで倒して、殿方を起こして差し上げなさいな。わたくしの魔法は、あなたのワンパンのためにあるんですから」
人類の存亡を懸けた戦いを前に、微塵の怯えも感じさせないキリエ。
「ほんと、マイペースだね。キリエは」
エルフの友人に勇気をもらって、心陽は思わず、困ったような笑みを溢した。
そしてできることなら、自分が起こされる側が良いと思った。
☆
午後二時十二分。(魔王による攻撃開始時刻)
「ときは来た。一度しか聞かぬ。山田勇太はどこだ?」
東京湾一帯へ魔王の声が響き渡り、その巨体を中心に、さざ波が波紋の如く広がる。
『魔王に注ぐ。山田勇太は我が日本国民の一人であり、差し出すわけにはいかない。これに対し、そちらが敵意で以って攻撃に臨むなら、我々も武力で以って防衛措置を取る!』
魔王へ向け、首相官邸の沖田総理の声が、コミュニケーション・ドローンから発せられた。
その様子を、アイルは芝浦海岸・ケープタワー屋上の前線指揮所から見守る。
「この世界の人間も愚かであったか。この魔王に逆らうことの罪を、身を以って知るがいい」
低くおぞましい魔王の声が、ドローンの動画によって世界中へ轟く。
「魔王から大規模魔力反応あり! 何らかの魔法を使う模様!」
魔力レーダーを睨む自衛官が声を上げた。
「各隊、報告!」
アイルの隣に立つ宮木大隊長が無線で言うと、各方面で配置についた部隊から返信。
『護衛空母第一飛行隊、横須賀離陸0210。現着予定時刻0213。現着次第、旋回待機』
『戦車大隊、攻撃準備よし』
『特科連隊、攻撃準備よし』
『飛行ドローン群、攻撃準備よし』
『ヒーローチーム、戦闘準備完了です!』
『第一から第五ヘリ小隊、現着。V字隊形にて待機する』
『護衛艦隊、展開完了。攻撃準備よし』
『偵察ドローンによる威力偵察、準備完了』
東京湾上空から無数のジェット音。
計二十機の戦闘ヘリに加え、さらにその上空で旋回するF35の編隊が発する高音だ。
「首相。戦闘準備完了です!」
と、大柄な宮木隊長が、精悍な浅黒い顔を東京湾の方へと向ける。
『国民の避難も完了との報告を受けている。魔王がその気なら、徹底的にやってくれ!』
沖田首相が言った直後、東京湾の方からダンプカーほどもある黒い球体が飛来。新木場周辺の空をとてつもない速度で通過し、アイル戦闘団が陣取る遥か北東――東京スカイツリーへ。
「心陽! スカイツリーだ!」
『っ⁉ りょうか――』
アイルと心陽の通信を遮るほどの爆発音が墨田区方面から轟き、次の瞬間、スカイツリーの巨塔が傾ぎ始めた。
「そんなのありか⁉」青ざめた通信士が溢す。
唖然として見つめるしかないアイルたちの視界を、有明の方から飛来した白い光が横切る。
瞬間、超音速のロケット噴射音が到達。アイルたちの耳を劈いた。
「心陽、頼む! 間に合わせろ!」
『はい!』
アイルのインカムに、心陽の声が届く。
ドゴォ! という、重厚な衝突の如き音が響き渡り、真ん中辺りから直角に折れ曲がったス
カイツリーの動きが止まった。
『――っく! ぐぅううううううううう‼』
心陽の唸り声。恐らくは彼女がスカイツリーの倒壊に間に合い、下から支えているのだ。
「ナックル・スター、ゆっくりだ! 北十間川にゆっくり降ろせ!」
宮木大隊長の指示が飛ぶ。
前線指揮所の屋外モニターに、心陽のところへ遅れて現着したドローンからの映像が映る。
アイルたちがそのモニターを見守る中、心陽はスカイツリーの上半分を、川へ寝かせるように降ろしていく。
「対策室へ、こちら前線指揮所! 魔王による攻撃を確認! これより反撃を開始する!」
宮木大隊長は心陽をアイルに任せ、部隊に指示を出す。
「各隊に通達! 防衛作戦を開始する! 射撃開始!」
「各隊指揮官、こちら前線指揮所。防衛作戦を開始。射撃開始。繰り返す、射撃開始。送れ!」
通信士が復唱し、戦いの火蓋が切って落とされた。
湾内に仁王立つ魔王に対し、百機近い飛行ドローン群がその周囲を旋回しつつ、機関砲による集中砲火を浴びせ、入れ替わる形で戦闘ヘリの魔導弾による攻撃が行われた。
矢の如く突き刺さる弾丸、数十回に及ぶ爆発を受け、しかし魔王はビクともせず、その巨体
を再び動かし始めた。
『前線指揮所、こちら第一ヘリ小隊。二〇ミリ弾、魔導弾、すべて命中。目標、魔法障壁と思
しき防御膜を展開中! 送れ』
前線指揮所のモニターにも、魔王の様子が映し出される。
黒き鎧で覆われた巨体に弾丸が着弾する度、半透明の膜のようなものが黄緑色の光を放ち、爆発のダメージを軽減、分散させている様子だった。
「威力偵察第一波展開中。目標の移動再開を確認。目標は健在。攻撃の効果を認めず!」
遠隔で偵察ドローンを操縦する観測員が報告。
「この程度では駄目か」
と、宮木大隊長。
アイルはドローンの映像から、心陽がスカイツリーを無事に降ろすのを確認する。
「心陽⁉ 大丈夫か⁉」
『な、なんとか、できました!』
川沿いの車道に着地して、肩で息をする心陽。




