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BRAVEman  作者: しいな
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第三章 ⑤

『まずは湾に面する全地域の国民の避難を優先すべきかと考えます』

『数百万の人間をどこに避難させるんだ? 相手は魔王だぞ? たった今だって、ドローンがまとめて落とされたんだ。きっと、とんでもない魔法を持ってる。地震津波とはわけが違う』

『東京湾周辺だけで事が収まるとも思えん』


 と、判別できない声が四つ。


『だから、奴がなにかする前に倒せばいいじゃないか。そうだろ? 防衛省!』


 オペレーションルームに鳩羽(はとば)総務大臣の声が響き、全員の気が引き絞められた。

 鳩羽総務大臣は続ける。


『タイムリミットはあと三時間を切っている。こちらが判断に迷っている間に上陸されて、国民に被害が出るかもしれん。魔王の言うことが本当とも限らんからな、ここは(そく)排除しかない!』

「仰ることはわかりますが、湾内と陸、双方での火器使用を想定した検討の時間を本省に頂きたい。相手はあんな巨体です。倒したあとの処理も考えねばなりません。同じ生き物なら、たとえば体液とか、そうしたものが我々にとって無害であるという根拠が無いんです。即断するにはリスクが大きすぎると考えます」


 富岡副防衛大臣が答えて、五郎たちの方へ歩み寄って来た。


「いずれも前例がない、想定外の事態だ。みんな焦るのもわかるが、慎重さを欠いてはならん」


 恰幅のよい身体をスーツで覆い、富岡副防衛大臣は五郎に耳打ちする。

 アイルはそれを、人間よりすぐれた聴覚で聞き取り、


「魔王については、兼ねてより山田勇太から話を聞いていますので、参考情報として申し上げることも可能ですが、どうでしょうか?」


 と、申し出た。


『アイル意見役(いけんやく)、聞かせてくれ』

「魔王は背丈三メートルほどで、呪いの魔法を得意とします。また剣術にも秀でており、前世の決戦では勇太と互角以上に戦ったと聞いています。また、魔法障壁がかなり強力だったとも言っていました」


 沖田首相に言われ、アイルは情報を伝えた。


『三メートルだと? 映像の奴と、大きさが全然違うじゃないか』

「魔王も自らを高め、進化、あるいはそれに近い何らかの変態(へんたい)を遂げたと考えられます」


 虹村官房長官の(げん)にアイルが返すと、会議室にどよめきが広がる。


「アイルさん。それはつまり、魔王が以前よりも強さを増しているってことですか?」

「戦ったのは勇太だ。私にはその部分の判断はできないが、大きさだけで見ても今のほうが数十倍大きい。それだけの巨体を支え得る、莫大な魔力があるのは確実だ」


 五郎に問われ、アイルは苦虫を嚙み潰したような表情で続ける。


「なので、総理。攻撃の際は細心の注意が必要です。下手に倒せば、魔王の体内を流れる大量の魔法微生物(マジカリアン)が暴走し、魔力爆発(マジックバーン)を引き起こす可能性が否定できないからです」

魔力爆発(マジックバーン)っていうのは、あれだろ? 魔法微生物(マジカリアン)が、魔力を生成するために活性化しているときに宿主が死ぬと、行き場を失った魔法微生物(マジカリアン)が暴走して、一気に拡散するっていう……』

「その通りです。魔王ほど巨大な生物がそれを起こすとなると、被害範囲は想像を絶します。最悪の事態を防ぎつつ倒すには、魔王が大技を繰り出す前に、心臓か頭部を狙うのが望ましいです。それらの急所は魔法微生物(マジカリアン)の意志と直結していますので、そこを潰せば魔法微生物(マジカリアン)の意

志も乖離・分散し、魔力爆発(マジックバーン)のリスクが多少、抑えられます」


 と、沖田首相にアイルは頷いた。


『それでもゼロにはならないのか……』


 誰かが言った。


『総理。ここは、国民への迅速な避難誘導と並行する形で、異世界災害対策マニュアルを参考

に、防衛省と自衛隊、それにヒーロー庁を統合した、魔王排除作戦の展開を提案します』


 虹村官房長官が言った。


『現時点で既に、陸海空、すべての交通網に深刻な影響が出ており、経済的損失は莫大なものになると予想されます。早急に手を打たない限り、損害額は増すばかりです』


 山口(やまぐち)経済産業大臣の声。


『総理、今回は異例の事態です。恐らく今後も似た事態が頻発するものと思われます。場合によっては、超法規的な処置もやむを得ないかと』


 鳩羽総務大臣の声。

 しばしの沈黙。

 アイルはここで、何かが動く気配を感じ取り、勇太と心陽を振り返った。

 心陽が目を覚ましたところだった。


「心陽っ!」


 アイルがさっと歩み寄り、五郎も振り向いた。


「起きたか!」

「こ、ここは?」


 心陽は胸の前で片手を握りしめ、周囲を見回す。


「防衛省のオペレーションルームだ。大丈夫か?」

「わたしは平気です。それより、大変です! 魔王が、勇太くんを――っ!」


 アイルが心陽の肩を掴む。


「魔王のことなら、東京湾に現れた事は我々も把握済みで、今対策を練ろうというところだ」

「っ! やっぱり、ドリィの話、本当だったんだ……」


 心陽はショックを受けたように、視線を落とす。


「夢の中で何があった?」


 心陽の顔を覗き込むようにして、アイルが優しく聞いた。


「いろいろあって、……ドリィから、動画、もらってませんか?」

「今検証中だよ。ドリィから世界に向けて公開するように言われたんだ」


 五郎が心陽に頷くと、沖田首相が口を挟む。


『誰だ? そこに子供がいるのか?』

「ここには山田勇太の他にもう一人、ナックル・スターもいるんです。彼女も眠っていて、今

起きたところです」

『山田勇太といい、さっきからそっちで何が起きていると言うんだ……』


 五郎の説明に、苛立たし気な鳩羽総務大臣。

 虹村官房長官がそれを宥める。


『ランキング一位のヒーローがいるのは心強いことじゃないか。戦力は大いに越したことはないだろう』

『他のランキング上位のヒーローはどうした? 現着したという報告を聞かないが?』


 鳩羽総務大臣のその問いには、アイルも五郎も判別できない、ヒーロー庁の官僚と思しき者たちの声が返答する。


『ヒーロー庁で確認したところ、上位五人(ビッグファイブ)はナックル・スターを除き、全員海外で活動中のため、即応できないとのことです。位置的にはランキング二位の(カラス)が近いですが、帰国まであと四時間ほど掛かるそうです』

『こんなときにトップヒーローが四人もいなくてどうするんだ!』


 鳩羽総務大臣が吠えた。


『お言葉ですが、もともと上位五人(ビッグファイブ)のうち三人は日本人ではなく、海外在住なんですから、いなくて当然ですよ。上位ヒーローはまだしも、下位ヒーローに至っては収入も安定せず、平日は仕事や学業と両立して、兼業ヒーローというスタンスの者も大勢いるんです。ヒーロー全員が平日の昼間に即応するのは困難を極めます』

『……そ、それもそうか』

「引退したとはいえ、元一位の私がここにいるんだがな」


 アイルがぼそりと言った。

 そこへ、さきほど動画のメモリを渡された職員が足早にやって来て、五郎に耳打ちする。

 心陽はそれを聞き取る。


「川本さん。動画は十分程度のもので、倍速でざっくり確認したのですが、内容としては、そこにいる二人のヒーローのプライベート情報でした。彼女らの過去の様子や、それをクイズ形式で明らかにしていく女の子が映っていまして――」

「わかった。早速、ヒーローチャンネルに新着動画として公開してくれ。テレビ局へのアプローチはどうだ?」

「現在、別の者が確認中です」

「確認でき次第、テレビでも放送させるんだ」

「わかりました。動画のアップロードはすぐできます!」


 職員を行かせた五郎が、アイル、そして心陽に目配せした。


「高峰さん。一応聞くけど、動画、流していいね?」

「お願いします。ユータン、――勇太くんが、今までどれだけのことを耐えて来たのか、みんなに知ってほしいです」


 心陽は強く頷いた。


『どうした? 何があった?』


 そこへ、沖田首相の声。五郎たちのやり取りが聞こえたらしい。


「総理。唐突で恐縮ですが、たくさんの人に、どうしてもお見せしなくてはならない動画があります。もう間もなく放送が始まりますので、テレビは消さずにお願いします」

『いきなり何を言い出すんだ川本。閣僚会議中だぞ』

『この場での発言はすべて議事録に残る』


 鳩羽総務大臣と虹村官房長官が続けて言った。

 五郎は、勇太の前世や日本での生い立ちを知っている。故に引き下がらない。


「どうかお願いします! みなさんにこの動画を見て頂かなくてはならない理由があります。

我々に魔王の情報を提供した魔族との約束だからです。具体的な内容は、山田勇太とナックル・スターのことについてです」

『魔族が、魔王の情報を渡してきたのか?』


 虹村官房長官の驚愕の声。


「そうです。交換条件として、山田勇太とナックル・スターの両名を眠らせ、夢の世界で二人の過去を掘り起こし、その動画を世界に放送するという取り決めがありました」

『馬鹿な事を言うな! 魔族の戯言に付き合えというのか! この緊急時に、呑気に動画鑑賞をしていましたと、政府が恥をかくことになるんだぞ⁉』

「総理! 山田勇太は眠りに落ちてはいますが、彼は今このときも、夢の中で魔族と向き合っているんです! そんな彼の働きに報いるためにも、十分ほどお時間をください! 自分の処分は覚悟のうえで申し上げています!」


 沖田首相に五郎が進言した、ちょうどそのとき、


「動画、いけます!」


 と、ヒーロー庁の職員が挙手した。


「頼む! この動画は拡散されるのが肝だ! 君は動画のインプレッションも監視してくれ!」


 五郎がすかさず職員に言い、大型モニターで動画の再生が始まった。

 初めに映ったのは、クイズ番組の会場で、ドリィと勇太の問答の様子。まもなくして、映像は異世界での激しい戦闘へと切り替わった。

 オペレーションルームの一同から、息を呑む気配がした。

 動画が進み、勇太と心陽の過去、そして耐え難い苦痛が明らかとなるにつれ、大臣や職員たちのざわめきも沈黙へと変わっていく。


『これが、山田勇太の前世なのか? ……なんてことだ』


 ぽつりと、沖田首相。


「各テレビ局からの放送もスタートしました!」


 職員の声。

 五郎とアイルは携帯を取り出し、SNSの反応を確認。

 ものの数分で、動画を見始めたらしい人々の投稿が乱立し始めた。


《今、どのチャンネルもユウタのことやってるんだが? ナニコレ?》

《ユウタって転生人(てんせいびと)なの? 前世マッチョでイケメンじゃん!》

《魔王とかってゲームだけの話かと思ってた》

《ドリィかわいい》


 動画は続けて、心陽の前世――ココが故郷の村でユータンのもとを訪れる場面から転じて、

再び魔王との戦いの場面、それもココの視点を映した。

 次いで、心陽が暮らすマンションの一室での出来事。


『おいおい、個人のプライベート映像じゃないか! 本人に許可は取ってあるのか⁉』


 通話越しに誰かが声を荒げるが、判別できない。

 心陽は居心地悪そうに顔を赤らめ、足下を見つめる。


「動画は検証済みです。この動画に対し、何らかの批難があれば、それもすべて自分が責任を負います」


 断固とした口調で五郎が応じる中、アイルは怒りの眼差しを心陽へ向けた。


「心陽。呪いのこと、どうして言わなかった?」

「……ごめんなさい。余計な心配を掛けたくなかったんです」


 決まりが悪い様子の心陽を、アイルがそっと抱き寄せる。


「私が言えたものじゃないが、心陽も勇太も、一人でぜんぶ背負いすぎだ」


《スターの素顔⁉》

《わかってはいたけど、美少女》

《こんなの流して、特定厨(とくていちゅう)とか湧かない?》

《ヒーロー庁はなにを考えてるんだ?》


「動画にはコメントが多数見られ、SNSでも拡散が増えています」


 と、職員の声。


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