第一章 ③
「くそ! 魔力は温存したかったけど!」
勇太はやむを得ず、さきほど江戸川を飛び越える際にも使った強化魔法を、再び発動させる。
そこへ容赦なく襲い来る、ベヒーモスの腕。
「わーっ!」
勇太は老婆を助けるために、剣を脇に置いていた。それが仇となり、ベヒーモスの攻撃をもろに受けてしまう。
勇太は巨大な腕に叩き飛ばされ、ビルの壁にめり込んだ。
壁に激突する瞬間、彼の背面に、円状に輝く魔法陣が出現。この魔法障壁によって、激突のダメージが大幅に軽減された。
『うぉおおおっと! ベヒーモスの攻撃がユウタを捉えた!』司会者の声が響く。
勇太は短い手足を懸命に動かし、壁の中から脱出。その場に倒れ込む。
勇太のバックルベルトが赤く点滅。アラームを発し始めた。
このアラームは、魔力枯渇による活動限界を意味する。
「くっそぉ!」
勇太は歯を食い縛って立ち上がり、剣を拾い上げる。魔法障壁のおかげでダメージを大幅に軽減できたのはいいが、大技は出せてもあと一回。
『ユウタの活動限界を知らせるアラームが鳴り始めた! 相変わらず息切れが早い! このままではベヒーモスがさらに暴れてしまう!』
《もうかよ》
《知ってた》
《だからやめておけとあれほど》
《ナックル・スターまだ?》
勇太は魔力枯渇による疲労で、視界がぐらつき、足もふらつく。
幸い、ベヒーモスは老婆には目もくれず、刃を向けてきた勇太に敵意を向けている。
「こうなったら、イチかバチか……」
勇太はつぶやき、顔の横に構えた剣を降ろした。
そして足に魔力を集中。重心を落とす。
ベヒーモスは勇太の構えを挑発と見たか、雄叫びと共に、片腕を大きく振り被った。
強烈な一撃が来る!
勇太は恐怖にぞくりとするも、眉宇を引き締め、今の自分が持てる全力を放つ。
「――聖剣頭突き!」
勇太は叫び、足に集中していた魔力を開放。額からまばゆい光を放ち、ベヒーモスの頭部目掛け、ロケットの如く飛び上がった。
手に持つ剣は吹きつける風の流れに任せ、超高速で敵へと突き進む。
そうして勇太は全身で【Aの字】のようなシルエットを体現。剣を尾の如く斜め後方へ靡か
せ、渾身の頭突きをベヒーモスに放つ。
しかし、ベヒーモスの反応は早かった。
自分の頭部目掛けて飛んできた勇太を、振り上げていた片腕で蠅のごとく叩き落とす。
「ぎゃッ!」
勇太は地面へ仰向けに叩きつけられ、またしてもめり込んだ。
彼を衝撃から守った魔法障壁が、円状の輝きを失い弾けた。
「魔法障壁が……」
歯を食いしばる勇太。
『ユウタがやられたーッ! 今回も瞬殺ゥウウウウ!』
「お、俺はまだ、負けてない……頭突きがもっと強ければ……ッ!」
手足の短い勇太が戦うには、リーチの長い武器を使うか、石頭を活かした頭突きしかない。
だが、師匠との鍛錬で磨いた頭突きは、あえなく弾かれた。
視界の隅のモニター。そこを流れるコメントを、勇太は思わず見てしまう。
《剣関係ない件》
《トンファーキックの亜種》
《ただの頭突きw》
「こちとら、呪われてるんだよ……」
そうボヤく勇太の変身が解け、本来の姿に戻る。全身が一度光に包まれ、その光が消失して現れたのは、白の半袖シャツに、グレーのズボン。勇太が通う高校の制服。
活動限界に達したとき、ヒーローの変身は強制的に解けてしまう。
勇太は全身を襲う脱力感に呻く。
【不成長の呪い】
勇太を蝕み続けるその呪いは、彼がどんなに努力しても身体の発達を妨害。永遠に小さいままにさせる。故に、トレーニングしても筋肉は増えない。
変身が解けると同時に消失した大剣も、変身してパワーアップしていたからこそ扱えたのだ。
「オレ様に挑んだ勇気は認めてやろう、小僧」
牙を剥き出しにして、ベヒーモスは人間の言葉を発した。
《ベヒーモスもしゃべるのか》
《こういう上級の魔物は陸自の一個中隊に匹敵》
《銃弾類もほぼ効かないという鬼畜》
《スター早く来て!》
などとコメントが流れる。
「――だがな、立場が弱い。お前はたかが人間。オレ様に言わせれば塵に等しい。塵がヒーローを名乗るほど、滑稽なものはない」
クックック。喉の奥を鳴らすようにして、ベヒーモスは嗤う。
「人間だろうが塵だろうが関係ない。俺は、ヒーローをやりたくてやってるんだ……」
言って、勇太は立ち上がった。
魔法障壁で防御していたおかげで、身体へのダメージは少ない。
致命的に筋力不足なことを除けば、まだ動ける。
「オレ様に敗北するとわかっていて、それでもなお、ヒーローを続けてきたと言うのか?」
「……おしゃべりはもういいだろ」
勇太はそれだけ返し、身構える。
変身魔法も魔法障壁も解けた今、勇太をダメージから守るものはない。
今度直撃を受ければ、それこそ塵と化すだろう。
しかし、勇太はその場にとどまり、思考を巡らせる。
ベヒーモスをどうにかして、お婆ちゃんから引き離さないと!
今の勇太は身体が小さいこともあって、男子高校生の平均移動速度の半分もない。五十メートル走は二十秒かかる。
それでも、諦めるわけにはいかない。
「ならば望み通り、ここで敗北するがいい!」
ベヒーモスが両腕を頭上高く振り上げた。
勇太は敵から目を逸らさず、叫ぶ。
「かかってこい!」
もう何度目かわからない決死の覚悟を胸に、勇太は走り出した。
勇太が遅い足で移動を初めても、ベヒーモスからして見れば、少し身を捻るだけで再度、間合いに捉えることができてしまう。
『ユウタ、大ピィィィンチッ!』
司会者が叫び、誰もが勇太の敗北を予感した、そのときだった。
「ユウタくん! 大丈夫⁉」
上空。それもベヒーモスの背丈の何倍も高い場所に、一人の少女が現れた。
正確には、背中に装着した魔導ブースターで飛来したのだ。
ブースターの甲高い轟音に負けない声量で、少女は遥か下方の勇太に問う。
「怪我はしてない⁉」
「俺は大丈夫!」
勇太は顔が赤熱。少女から目を逸らした。
撮影ドローンが一斉にカメラを上向け、
「何者だ⁉」
ベヒーモスも振り仰ぐ。
「彗星のように飛び、隕石のように悪を砕く! ナックル・スター、ここに見参ッ!」
少女の、首筋あたりで切り揃えられた髪が、陽光でホワイトブロンドに輝いた。




