第二章 ⑬
ドリィはゴスロリ風の装いに、黒いマントを羽織っていた。
「ドリィ的に、こうしたほうが、あとで面白くなる気がするからだよ?」
「あなた以外、誰も面白いとは思わないよ」
「そぉ? 物語は最後まで見ないとわからないものじゃない?」
「はぐらかさないで、今すぐやめて」
心陽が拒絶すると、ドリィはにたりと歯をきらめかせた。
「いいのかなぁ? アイルは心陽ちゃんと勇太くんに、試練を課したんだよ? それを自分から投げ出すことになるけど?」
「勇太くんはどこ?」
「あの子は別の場所で、まだ頑張ってるよ? おかげで記憶のシャベルが捗る捗るぅ!」
ドリィは、どこからともなく出現したシャベルを両手で持って、穴を掘る仕草。
「あなたは何がしたいの?」
「心陽ちゃんの記憶を、もっと掘り掘り、捗りたい! ドリィは今、心陽ちゃんの記憶を見るのが一番面白いから!」
「この世界の戦争を、わたし達を、嗤うの?」
心陽は奥歯を噛み締め、丹田に力を込めた。
そうすることで、魔力生成の体内スイッチが入るのだ。
だが、魔力は生成されない。
魔法微生物が、応えてくれない。
「今、魔法を発動しようとしたでしょ? ムリだよ。魔法で眠らされたら、基本的には魔法を使えない。事前に結界魔法で防衛策を貼ってたアイルは違ったけど、もう同じ手は食わないし」
「……わたしは、どうすればいいの?」
心陽は思わず、そう口にしていた。
試練とは何なのか?
どうすることが正解なのか?
ヒントが無ければ、どうしようもない。
「どうしようもないって思ってるでしょ? 何もしなくていいんだよ。今の心陽ちゃんは、ドリィの好きにされていればそれでオッケーなの!」
「わたしが抵抗せずにいることが、勇太くんとアイルさんの呪いを解くことに繋がるなら、そうする」
心陽は防衛省を訪れる前、電話でアイルからこう告げられていた。
勇太はユータンの生まれ変わり。
勇太の悩みは、【不成長の呪い】で、努力が実らないこと。
呪いをどうにか解いて、魔力を向上させる手段を見つけなければならない。
なぜなら、魔王に唯一届き得る刃は、勇太が持つ【聖剣】だけだから。
前世での最後の戦いで、寸でのところで届かなかった、聖剣の刃。
心陽が防衛省へ来る理由としては、それで充分だった。
「ちなみに言うけど、この映像、勇太くんも見てるよ?」
「えっ⁉」
予想外の事態に、心陽は驚愕を溢した。
「びっくりした? ホントだからね?」
心の底から楽しそうに、ドリィは笑った。
「さぁ会場の皆さま! もうお察しの通り、ここにいる高峰心陽ちゃんこそ、ユータンくんの幼馴染――ココちゃんなのです! ココちゃんはユータンくんに伝えたい言葉がありましたが、
果たして、転生を経た今、伝えることができるのでしょうか⁉」
どこかにカメラでもあるのかと、戦場を見渡す心陽。
そんな彼女の前に、忘れることなど決して許されない大敵――魔王が現れた。
「さぁ! そうこうしてる内にクライマックス! 問答無用でご覧あそばせ!」
ドリィはそう言って姿を消し、戦いの喧騒が蘇った。
心の傷を抉られる思いで、心陽は戦場に立つ。
今となっては、遠い過去の記憶。
だが、決して色褪せない、それこそ呪いのような記憶。
ココがユータンに回復魔法を送り続けるが、その目には涙が滲む。
回復魔法が効いている感触が、ないのだ。
「……っ!」
心陽は拳をぐっと、爪が食い込むほどに握り締め、目を閉じる。
嫌でも聞こえてくる、ユータンの叫び。
「やめて」
ココが惨苦の声を漏らす。
ユータンを、これ以上苦しめないで!
「――やめてよ」
前世の記憶の追体験が、二重の苦しみとなって心陽に襲い掛かる。
ユータンが! 遠くへ行ってしまう!
「やめてぇえええええええええええッ‼」
心陽とココ、二人の目と鼻の先で、ユータン・ライスフィールドは絶命した。
「これは褒美だ。貴様にもし来世があったなら、そのときは、どう足掻いても報われない人生を歩ませてやろう。我が【不成長の呪い】を、去り行くユータンの魂に」
魔王がユータンを刺し貫いた際、ユータンの血に濡れた左手のひら。それが、ユータンの亡骸へと向けられた。
ココは力無くその場にへたり込み、心陽もそれに重なるようにして頽れた。
ユータンとの思い出が、虚空の光の彼方へ溶けていく。
わたしに、もっと力があったら。
「――ぁああっ」
ユータンの笑顔が、炎に包まれていく。
わたしが、もっと強かったら!
「ああああッ!」
なんで、彼にこんな酷いことをするの?
心陽は、ココと共に己の両手を見下ろし、頭を抱えて叫んだ。
「「ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ‼」」
ユータンの死をきっかけに希望を失った仲間たちが、ココの周りで次々に討たれていく中、魔族の雄叫びが蔓延する。
魔王はマントを血潮に靡かせ、呼吸を荒げるココに向き直った。
「大切な者だったようだな」
その巨体でココを見下ろし、魔王が言った。
ココの背後で爆発音。
城門が魔族の魔法によって爆砕された音だった。
これで連合軍の前衛は完全に壊滅。魔王の圧倒的な力を前に、砦も持たない。やがて民の最後の生存圏は絶えるだろう。
「う、うぅ……」
頭を抱えていた両手を顔の前に引きずり下ろしたココは、指と指の間から、涙に塗れた目で、魔王を見上げた。
その瞳には、一生分をかき集めても足りないほどの、憎悪が込められている。
だがその憎悪は、魔王だけでなく、ココ自身にも向けられていた。
わたしはユータンを守れなかった。頑張って勉強して、魔法を覚えたのに。
伝えたいことすら言えない者に、なにも守れはしない。
許せない。
魔王も、わたしも。
悲しい。悔しい。憎い。
言葉に収まりきらない激情が、ココの心を、そして心陽の全身を駆け巡る。
そんな彼女に、魔王は言い下す。
「無謀にして無駄な足掻き、ご苦労であった。貴様にも、我が手によって死をくれてやろう」
「――呪ってやる」
震える声で、ココが言う。
「ほぅ? 俺を呪おうというのか、小娘」
「呪ってやる!」
魔王の嘲笑が、空へと響き渡った。
魔王はもう一度ココを見下ろすと、鎧に包まれた片手で彼女の髪を鷲掴みにし、強引に膝を立たせた。
そうして、呻くココの耳に兜を寄せ、囁いた。
「俺はな、呪いが大好きなのだ。一度掛かれば、その者を長く、長く、長く、苦しめ続ける。 一瞬で過ぎ去る痛みとはまた違う、呪いならではの苦痛。それ即ち、美だ」
次の瞬間、魔王はココの身体を地に引き倒し、ブーツの足で踏みつけた。
「あぐッ!」
左肩を踏み砕かれ、ココは苦悶を漏らした。
「俺は呪いが大好きだ! 呪いがもたらす美を、愛しているのだ!」
魔王の足が、ココの左足に落とされる。骨が砕け、肉に食い込む。
ココの悲痛の叫びがこだまする。




