第二章 ⑪
「正解は、魔王サマの呪いが強すぎて、転生した後も永久に持続するからでした! どんなに
優れた解呪の魔法でも解けないんだよねぇ」
つまり、勇太が仮にもう一度生まれ変わったとしても、同じ呪いがついてまわるということ。
永遠の呪い。
「しかし! 面白いのはこれから! 勇太クンの浮き沈み物語は続きまーす! その一方で、ドリィは呪いの解き方たぶんわかりまーす!」
ドリィが勇太を指差すと、『ビシ!』という漫画のようなオノマトペが中空に現れ、すっと消えた。
「生まれ変わったユータンは、山田勇太と名付けられましたが、幼いうちに新しい両親を異世界災害で亡くしてしまいました。災害の不幸はそれだけでなく、親戚も含め、身寄りが全滅したのです! 勇太クンを成長させる者を殺す。魔王の呪いのおまけみたいな作用が効いてしまったのかも! そんなおまけ、あるか知らないけど!」
聴衆の、落胆と驚愕が入り混じったような声が響いた。
勇太は、生後半年のときに起きた異世界災害で父母を共に失っただけでなく、離れた場所で暮らしていた親戚をも失っていたのだ。
昨日に勇太が対峙したベヒーモス級の魔物が数体、一度に現れたことによるものだった。
こと切れた母親の腕の中、奇跡的に難を逃れていた勇太を保護し、養護施設に入れたのが、遅れて現着したアイルだった。
「そんな勇太くんは六歳でアイルと名乗るオバサンに引き取られ、彼女に魔法と剣術の素質を見抜かれます。そして勇太くんは十六歳になるまで十年間、ヒーローになるべく、オバサンの下で修業に励みました。その間も彼の脳裏には呪いと、魔王の追手に対する恐怖がありました」
『この施設が、勇太の新しい家だ。友達もたくさんいる。一人ぼっちじゃないからな?』
『勇太も、もう6歳か。……お前は特別な子だ。私と共に来ないか?』
アイルとの記憶が蘇る勇太を見て、ドリィはくすくすと笑う。
「異世界の魔王サマが、自分が日本にいることに気付いて、インターネットで居場所をサーチしてくるかもって、本気で心配してたよね? ちょっとウケる」
「…………」
勇太は、自分の記憶を魔法で覗き見たのであろうドリィが、司会者よろしく語るに任せ、ひたすら観察する。
ドリィが面白さに満足すれば、勇太の勝ちなのだ。
ドリィに、もっと面白いと思わせるには、どうすればいい⁉
予想外のできごとが面白いのだと、ドリィは言っていた。
だが現状、俺の記憶はすべて筒抜けで、この夢の世界もドリィの思いのままだ。彼女が予想
外だと感じるのは、いったいどんなことだ?
「勇太クンがアイルのもとで暮らし、ヒーローとなるべく修行を積む道を選んだのには、彼が前世の記憶を残した転生人であることが、深く関与していました」
モニターに、椅子に座る勇太の顔が映し出される。
「勇太クンは、自分が魔王サマに破れて殺され、そのせいでテラ・ベラトールという世界が滅びたことを覚えており、それをトラウマとしてずっと抱えていたのです。彼がヒーローを志したのは、自分の前世に対する贖罪の念があったからなのでした!」
ハートの瞳をピンクにきらめかせて、ドリィは楽し気に語る。
「なんて健気! 世界が滅びたのを自分のせいにしてる! あれぇ? この場合は健気じゃなくて、思い上がりかな? 世界はあなた一人の力でどうこうできるほど単純じゃないよ?」
目を細め、嘲笑うように首を傾げるドリィ。
もしここで、勇太がドリィの態度に怒れば、それもまた、彼女の予想通りかもしれない。
求められているのは、予想外だ。
「両方だろうな。考える余裕なんてなかったけど」
勇太はそう返し、冷静にドリィを観察する。
前世の異世界――テラ・ベラトールを救うことができたのは自分だけだったなどと、思い上がったわけではない。
その程度で怒るほど、勇太の沸点は低くない。
それでも勇太は、他者から見た自分のイメージを鑑み、反論はしない。
「ではここで三つ目の問題! 贖罪という名の思い上がりで忙しい勇太クンが、今でも一番気に病んでいることは、次のうちどれでしょう?」
ブラスバンドの演奏と共に、モニターに選択肢が出現。
1、魔王サマに負けたこと
2、転生後の両親が死んだこと
3、自分の実力が伸びないこと
4、暮らしが貧乏なこと
勇太はモニターからドリィへと視線を移す。
ドラムが小刻みに鳴り響く。
どの選択肢も、気にしたことはある。笑い事ではない。
考えろ。
ドリィの予想を裏切るんだ。
「答えは?」
ドリィが傾いだ角度から勇太を見てくる。
「答えは、この中にはない」
ダン! ドラムが止んだ。
「――え?」
きょとんとした顔になるドリィ。
「答えは、五番。前世で、ココを残して死んだことだ」
どうだ? 予想を外れただろう?
「せーかいっ! おめでとさん♪」
ドリィの声に合わせ、鉄琴が祝福の音色を奏でる。
キョロロロロン。
「え、正解なの?」
「うん! ドリィの思った通り!」
言いながら、ドリィの目が僅かに細められる。
「…………」
勇太クンの面白さはその程度? と言われた気がした。
「それじゃあ次は、何も言えない勇太くんのために、こんな映像を見せちゃいましょう! ココちゃんの、アフターストーリーッ!」
☆
心陽はとある昼下がりの村にいた。
山を背に、川に面した長閑な村だった。
川では魚が豊富に獲れ、山では猟が盛んに行われ、定期的に訪れる隊商との交流もあり、村人たちはそれなりに豊かな生活を送ることができていた。
村の中央を通る太い馬車道。心陽はそこを行き交う人々の中に、一人の少女を見出した。
少女は白いワンピースドレスを纏い、ホワイトブロンドのショートヘアを揺らして、石造りの水車小屋の前までやってきた。
少女はここへ来るために、先祖代々、大事な社交の場でのみ着用されてきた、家で唯一のドレスを引っ張り出してきたのだった。
手鏡を取り出し、髪を手で整える。
普段は家事の手伝いと魔法の勉強ばかりで、おしゃれはあまり慣れていなかった。
緊張した面持ちで、水車小屋のドアをノックする。
返事はない。
水車は動いているが、小屋の煙突から煙は出ていない。
「ユータン、いる?」
少女は中にいるであろう人物の名を呼んだ。
またも返事がないということは、ユータンは仕事中か、あるいは修行中だろう。
少女はそっと、ドアを押し開けた。
目的の人物は小屋奥の火床(火は消えている)を背に、座禅を組んでいるところだった。
白のシャツに包まれた広い背中、短く切り揃えられた黒髪、捲った袖からたくましい腕を覗かせ、ユータンと呼ばれた青年は来訪者に気付かぬまま、目を閉じている。
再び声を掛けようとして、やめる。
ユータンがやっているのは、魔法発動前の精神統一。少女はその大切さを、これから魔法学校に身を置く者として心得ている。
ユータンは父親が生業とする鍛冶師を勉強する傍ら、魔法剣士を目指して、今のように鍛錬を重ねているのだ。
ユータンの額に汗が光る。まだ、魔法微生物との対話がうまくいっていない様子だ。
幼少期から、ユータンの鍛錬を傍で見て来た少女は、彼の胸の内が手に取るようにわかる。
座禅の姿勢で体内の血流に意識を集中。そうして魔力を司る魔法微生物の存在を知覚したら、心の中で対話が始まる。
そこで、自分の想いを正確に魔法微生物に伝え、彼らが応えてくれるかどうかで、生成される魔力の質が変わる。
ユータンは身体が大きく、腕っぷしの強さは村で一番だが、魔法微生物との対話が苦手。
剣技だけを扱える剣士と、魔法と剣技の両方を扱える魔法剣士とでは、後者の方が圧倒的な有望戦力として需要が高く、軍の待遇も厚い。
故に、前線で成果を上げ、戦士として出世するには、魔法の技能は必須。
「――俺はユータン。今日もよろしくな」
と、目を閉じたままつぶやく彼を、少女はじっと見守る。
「俺のナイフに、炎を灯したい。邪な理由ではなく、魔族と戦うためだ。力を貸してほしい」
ユータンはそう言うと目を開け、入り口に佇む少女に気付くことなく、傍らに置いていたナイフを手に取る。
「炎よ、出でよ!」
ユータンが右手で握るナイフの刃に、左手で触れた。すると、みるみるうちに真っ赤な炎が
刃の根元から先にかけて灯り、【火炎ナイフ】が完成した。
ところが次の瞬間、炎はプスプスと音を立てて白煙に変化。
「――またか。お前ら、俺のこと嫌いなの?」
魔法微生物に対してのつぶやきなのだろう、自分の両手を交互に見下ろすユータン。
「ユータン」
ここで少女がもう一度呼ばわると、青年ははっと目を見開いた。
彼のライトブルーの瞳に見つめられ、少女は顔が赤らむ。
「ココ!」
ユータンが少女の名を呼んだ。




