第二章 ⑩
「愚か者どもよ! 聞くがいい!」
魔王が拳を天高く突き上げ、叫ぶ。
「俺は魔族の王である! 貴様ら下等種族は、我が魔族を利己主義で残忍だと罵るが、貴様らとて、私欲のために他者を滅ぼし生きている! であれば、我らは皆同類である! 同類ならば、最も力の強き者が頂点に立ち、すべてを統べるのが合理というもの! 俺こそがそれに相応しい! 生きたくば、我が軍門に下れぃ!」
「一方的に他者を騙し、滅ぼしているのはお前たちの方だ! 人間も他の種族も、決して自分たちのためだけに領地を築いたわけじゃない! お互いに譲歩し合ってきたんだ!」
ユータンが負けじと叫び、魔王は嘲笑を響かせる。
「何度諭そうとも拒む。愚者の極みだな、貴様らは!」
魔王がさらに一歩踏み出した。
「気をつけてユータン。ただ攻撃しても、石化のカウンターが来る!」
「こいつは、魔力の流れそのものを断ち切る聖剣だ! 試す価値はある! それに今、奴はあの剣を持っていない!」
魔王の魔法を警戒するココに、ユータンは言った。
「貴様らの無謀な勇気に免じ、俺が直に、滅ぼしてやろう」
魔王の低くくぐもった笑いが響き渡り、戦士たちの戦意はさらに砕かれる。
「お前の首を取るまで、俺たちは負けない!」
ユータンは気迫と共に地を蹴り、一瞬で魔王との距離を詰めた。
「唸れ、聖剣! 大地の裁きを!」
ユータンが大上段から振り下ろした渾身の一撃を、魔王の魔法障壁が妨害。
魔法障壁の黄緑色の光が波紋状に広がる中、しかしユータンの剣は、徐々に魔王の兜へと近
づいていく。
魔王を囲む円形の魔法障壁に亀裂。
見れば、ココがその両手を魔王に向け、詠唱しているではないか。
「今こそ大地の理でもって、闇の理をあるべき姿へ戻したまえ!」
ココのそれは、解呪魔法。相手の魔法を解除するための魔法をぶつけたのだ。
相反する魔法同士の激突であれば、魔力の質がものを言う。
「負けるなココ! 大いなる大地よ! 彼女に力を!」
と、ココの華奢な肩を小さな両手で掴み、魔力を注入する一人の妖精。
彼女は薄いピンクの髪をふわりと浮き上がらせ、拳大の背しかない小さな身体で、妖精特有の膨大な魔力を、ココへと送り続ける。
「ほぅ? 少しはやるようだな!」
魔王が驚嘆の声を上げた次の瞬間、魔王の魔法障壁が、ユータンの大剣によって砕かれた。
「っ!」
ユータンは振り抜いた剣を構え直し、魔王を間合いに捉える。
「ユータン!」
勝利への願いを込めて、ココが叫ぶ。
だが、魔王は両腕を胸の前で組み、どっしりと構えたまま微動だにしない。その表情は兜に
覆われて見えないが、不敵な笑い声が放たれた。
ユータンの剣は、突如出現した黒い大剣によって受け止められ、魔王には届かなかった。
「魔剣の存在を知らぬのか? 小僧」
「召喚魔法で、呼び寄せたのか!」
黒い大剣を見たユータンが驚愕し、周囲に絶望が広がる。
戦争の後半、魔王率いる魔族が急激に力を増し、攻勢を強めた理由。それが今、言葉にせずとも、一振りの大剣となって戦士たちの眼前に君臨していた。
【魔剣】――それはかつて、堕落した一柱の神が、世界を支配するべく創り出した剣。
【聖剣】は、魔剣に対抗するべく、ユータンが賢者たちの力を借りつつ、自らの手で鍛えたもであった。
二振りの剣の形状は瓜二つ。同じ金属で作られ、明確に違うのは刀身と宝石の色のみ。
ユータンが持つ聖剣の刀身は銀、宝石は青。魔王が持つ魔剣の刀身は黒、宝石は赤だ。
召喚魔法によって、虚空に出現した魔剣。その黒い柄を、魔王が右手で掴む。
「くっ――⁉」
ユータンの研ぎ澄まされた感覚が告げる。
今すぐ離れろ! と。
「魔剣よ、食らうがいい! その欲望はすべてを超える!」
魔王が唱え、魔剣を振り抜く。
咄嗟に身を反らしたユータンの喉元数センチを、魔剣の切っ先が横切った。
刹那。魔剣から黒い炎が波の如く放たれ、ユータンの片頬に、それから肩、二の腕、服部に
まで燃え移った。
「ぐッ!」
ユータンの右半身を焼く黒い炎は、呪いの炎。
「終わったな。その炎は、燃え移ったものを灰にするまで消えぬ!」
魔王が勝ち誇ったように笑う。
「ユータン!」
ココの声が悲痛なものに変わった。
俺がもっと魔法を上手く扱えれば、炎を消せたかもしれないのに!
と、ユータンは歯を食い縛る。
昔から何度試しても、魔力を最大限に引き出す術がわからないままだった。
だが、ユータンの眼差しは苦痛に細められながらも、まだ魔王を捉えている。
「――燃え尽きる前に、この剣で倒すだけだッ!」
ユータンは凄まじい膂力で第二撃を繰り出す。
魔王はその斬撃を魔剣で受ける。
二つの刃がぶつかる度、衝撃波が放たれ、周囲で見守る者たちの体表を痺れさせた。
「くっ!」
ココも、妖精と共に魔力を振り絞り、ユータンへ回復魔法を送り続ける。
ユータンの身体をじわじわと焼く黒炎。その苦痛を少しでも和らげるために。
炎はすでに、ユータンの身体を半分以上包み、頭髪、脚にまで及び、着実に彼を死に追いや
っていく。焼けただれる肌。肉の焼ける臭い。
「ぐぉあああああああああああああッ!」
その苦痛は如何ほどであろうか。ユータンは雄叫びを上げながら、それでも尚、剣を振るい続ける。
「―――、――――」
ココが何かを拒絶する声が、ユータンの耳に届くも、彼はそれを認識できない。
魔王軍の戦火に呑まれ、奪われた無数の命。その敵討ちのために、ここまで来た。
そして、ココと暮らすために。
絶対に、負けるわけにはいかない!
ユータンの全身から、魂の叫びが放たれる。
「うぉおおおおおおおおおおおおおッ‼」
「――――――――――――ッ‼」
ココの叫びが重なり、ユータンの全身が黒炎に包まれた。
死を目前に、ユータンの斬撃は熾烈を極め、ついに魔王の手から魔剣を弾き飛ばした。
「ここだッ!」
最後の気迫と共に、ユータンは聖剣を振り下ろし――、
「惜しかったな」
魔王の手刀が、ユータンの胸部を刺し貫いた。
「うぐッ!」
ユータンの聖剣が、魔王の兜の下――首筋に食い込み、止まる。
「この俺に傷を負わせたのは、貴様が初めてだ。名を聞いてやろう」
「ユ、ユータン……」
ごぼごぼと、口内を血で溢れさせ、ユータンは答えた。
「ユータン。愚者の分際で、俺に名を覚えられたこと、名誉と思え」
首筋から黒紫の血を飛び散らせ、魔王はユータンの亡骸を真横へ払い捨てた。
「褒美だ。貴様にもし来世があったなら、そのときは、どうあっても報われない人生を歩ませてやろう。我が【不成長の呪い】を、散り行くユータンの魂に!」
そして魔王は、ユータンの血に濡れた左手のひらを、その亡骸へと向けた。
「「グォオオオオオオオオオオオオ‼」」
とたん、魔族のおぞましい雄叫びが空へと響き渡り、魔王を讃える声が上がった。
「マオウサマ!」
「魔王様! 万歳!」
☆
動画の再生は、そこで終わった。
その間、一機のドローンが、モニターの動画を終止撮影していた。
「シクシク。今、見てもらったのが、ここにいる山田勇太クンの前世です」
悲しげな、あるいは残念そうな落胆の声が、聴衆から上がる。
「では勇太クン! 自分がなぜ今も呪いに掛かっているのか、答えをどうぞ!」
今度は選択肢が出ない。
「見てわかっただろ」
さきほどは左だったが、今度は右の頬に衝撃を受け、勇太はまた椅子から転げ落ちた。




