第二章 ⑨
「な、何なんだよ!」
勇太は頬を押さえて立ち上がり、椅子へとよじ登る。
口の中に血の味がした。
勇太はドリィに、自分の壮絶な過去を見せ、魔族に対する自分の憤怒がどれほどのものか、わからせるつもりでここへ来た。
ところがドリィは、勇太の過去をまるですべて知っており、その答え合わせでもするかのように出題してくる。
俺が思っていた展開とまるで違う! 予想外だ!
「では第二問! 勇太クンは常日頃から、様々なことで劣等感に苛まれています。それはどんなことでしょう?」
1、容姿
2、成果の数
3、フォロワーの数
ドラムがリズムを再開。
どうして今、そんな質問に答えなくちゃならないんだ、という言葉をどうにか呑み込み、勇太は自分を振り返る。
「……一番と、二番」
「ぶーっ! またハズレ! 正解はぜんぶでした!」
ドジャーン!
勇太はまたもや真横に吹き飛んだ。頬の奥に鈍い痛みが残る。
「童顔で小さい子に間違われるし、身体も超小さいから、思うように動けない。だから成果が出しづらい。成果が出なければフォロワーもつかない。悪循環だねぇ?」
勇太の反応を伺うかのように、薄い笑みで首を傾げるドリィだが、ハート型の輝きを湛えた目は笑っていない。
「このままハズレばかりだと、全問に答える前に壊れちゃうかもよー?」
師匠は言っていた。『これは試練だ。自分に打ち勝ち、自分で決めろ』と。
「出だしから不調な勇太クン、これから問題の内容が重たくなりまーす。そんな調子で、果たして生還できるのかな?」
再びドラムの音。
「次の問題! 勇太クンは【不成長の呪い】があるせいで、身体の成長が止まっています。だから鍛えても無意味! 悲しみ! 悔しみ! では、どうしてそんな呪いにかかっているのでしょうか?」
会場のモニターに、今度は選択肢でなく、大剣を手にした屈強な男の姿が映し出された。
その男の名は、ユータン・ライスフィールド。
勇太の胸がズキリと痛む。
勇太の前世にして、勇敢にも魔王に戦いを挑み、果てた剣士。
動画が始まる。
それは、勇太の――ユータンの、記憶の動画。
彼の、トラウマだった。
☆
曇天の空は希望の太陽を遮り、見上げる者を不安に陥れた。
異世界大陸=テラ・ベラトールは、転移魔法から突如として現れた魔王とその軍勢に侵略され、滅亡の瀬戸際に立たされていた。
最後に残った北方王国は、大陸中の難民を受け入れ、存亡をかけて魔王軍に抵抗。
人間、エルフ、ドワーフ、妖精、獣人といった異種族の戦士たちによる最後の連合軍が、北方王国最強の砦【ガラド】にて、魔王軍を迎え撃った。
この砦が陥落すれば、北方王国は丸裸も同然。魔王軍による虐殺は免れない。
まさに、負ければ最期の戦いであった。
「弓隊構え! 射掛けよッ!」
エルフの将軍の合図で、城壁にずらりと整列したエルフ軍が矢を放った。
城壁の外、最前線で隙間なく盾を構える人間軍の隊列に、魔王の軍勢が迫る。
矢の雨は魔王軍の前衛に降り注いで損害を与えるが、防ぎ切れない。
「民のためにッ!」
「「民のためにッ‼」」
人間の将軍率いる人間軍は鬨の声を轟かせ、止まることを知らぬ魔王軍を正面から迎撃。
盾と槍、そして剣を駆使し戦う人間たちに、魔王の魔力によって生み出された無数の魔物たちは、鋭利な爪や牙、人外の膂力で襲い掛かった。
魔物の大きさは様々。犬のような獣型から、人型、そして数メートルの巨躯を持つ巨人型がおり、人間側の隊列を次々に崩していく。
「恐れるな! 押し返せ!」
人間の背後に陣形を組んでいたドワーフ軍が、疲弊した人間軍と入れ替わる形で突撃。
妖精たちが拳ほどの小さな身体を酷使し、寝ずに魔力を込めた盾や鎧は、通常よりも強固な防御力を誇った。しかし、魔王が広範囲に放った【弱化の呪い】によって覆され、魔物の攻撃を容易く通してしまう。
戦闘が始まって半時と経たぬうちに、前線は崩壊の危機に陥った。
だがそんな中、前線に踏み止まり、人間やドワーフを庇うようにして戦う、疲れ知らずな一団があった。
「ココ! 後ろだ!」
身長一九〇センチ、筋骨隆々の身体に銀の鎧を装備した勇ましい青年が、少女の背後から迫る魔物を、手にした大剣で両断した。
その青年は、短く切り揃えた黒髪に魔物の返り血を浴びても怯まず、精悍な顔を引き締め、少女と背中合わせに立つ。
「ありがとう、ユータン!」
ココと呼ばれた少女はホワイトブロンドの短髪を靡かせ、
「――覇っ!」
魔力を込めた杖からを火炎弾を放ち、魔物を火だるまに倒した。
「往生際の悪い!」
頭から太い角を生やした魔族が、唸るような声で急接近。背丈二メートルはある黒い素肌の巨体で、ユータンに棍棒を振り下ろす。
「剣豪を前に、同じことが言えるか?」
ユータンは齢十八という若さで剣豪の称号を与えられた剣士。棍棒など寄せ付けず、瞬く間に切断。勢いのままに魔族の首を跳ね飛ばした。
ユータンが操る大剣は、太い両刃がドス黒い血に塗れているが、柄の窪みにはめ込まれた宝石は穢れを一切寄せ付けず、青い輝きを放っている。
「国を焼かれた恨み、この程度で晴れると思うなッ!」
ユータンは雄叫びを上げ、さらに一体、二体と、敵をなぎ倒す。両刃と宝石とが織りなす銀と青の剣閃は、きらめく度に魔物を屠った。
ユータンの大剣と、ココの杖が弧を描き、飛び掛かって来た魔物を挟撃。頭蓋を粉砕せしめ、
迸る雷でもって地に沈めた。
瞬間、二人の周囲で戦っていた精鋭たちの歓声が響き渡る。
ユータンとココは、同じ国の同じ村で生まれ育ち、平穏な暮らしを送っていたが、魔王軍が襲来したことでそのすべてを奪われ、家族の仇を取るべく抵抗軍に志願。鍛錬を積むうちに、戦士の頭角を現してきたのだった。
「防御魔法!」
ココが敵の攻撃魔法に気付くと、両手のひらをユータンに向け、防御魔法を放った。
ココの手のひらから放たれた黄色の光がユータンの全身を包んだ次の瞬間、敵側から飛来した黒い炎がユータンに激突。光はその黒炎を分散、消滅させる。
しかし、光は黒炎を防いだ途端に輝きを失ってしまった。
「わたしの防御魔法が一撃で……⁉」
「怯むなココ! 俺のことはいい!」
ユータンは黒炎が飛来した方向を睨み、ココを庇うように大剣を構えた。
そんなユータンのもとへ、一人の大敵がやってきた。
漆黒の鎧に身を包み、黒のマントをはためかせるその者が一歩を踏み出す度、鎧の金属音と地響きが一帯に轟く。
その者のおぞましい魔力は、闇色のオーラとなって、マントや鎧から煙の如く立ち昇る。
「一度きりとはいえ、俺の炎を防ぐとは、大した魔力よ」
背丈は三メートルに及ぼうかというその人物は、黒い兜の中から人間の言葉を発した。
一帯に冷気が立ち込め、呼気が白くなる。
「来たか、魔王……っ!」
ユータンが、ぐっと歯を食い縛った。
魔王の放つ殺気じみた魔力が、ビリビリと空気を震わせる。その圧倒的な存在感に、周囲の魔物たちは一斉に頭を垂れて引き下がり、戦士たちも戦意を奪われ、一歩、また一歩と後退。
「二人とも下がれ! ここは俺が!」
ユータンとココの背後から一人のドワーフが現れ、斧を振り被った。
「山の神よ! 魔王に巨岩の如き一撃を!」
豊かな赤ひげを持つドワーフの戦斧は、しかし魔王に届かず、空中で爆砕。
魔王の巨体を円形の透明な膜が覆っており、戦斧がそこに及ぶと、膜は半透明な黄緑の光を伴って姿を現し、斧を止めたうえに破壊したのだ。
「――なにッ⁉」
「魔法障壁⁉ ――最上位の防御魔法を常に展開しているなんて!」
ドワーフとココが驚愕に目を見開く先で、魔王が動いた。
「俺の魔力の真髄は、こんなものではない」
魔王は太く長い両腕――その右手を頭上に、左手を腰の前に、縦一直線となるよう構えると、同時に半円を描くように動かし、位置を入れ替える。
そうして左手が頭上に、右手が腰の前へ来るのに合わせ、魔王は唱えた。
「アイ・ラブ・ジュ!」
その場にいる誰もが聞いたことのない呪文だった。
そして次の瞬間には、誰もがその恐ろしさを理解した。
「ぐあぁッ⁉」
ドワーフが悲鳴を上げ、ものの数秒で石と化し、砕け散ったのだ。
「ロギン!」
ユータンが悲痛の声でドワーフの名を叫ぶが、もう彼には届かない。
【石化の呪い】。それも、超・強力。
【呪い】の中でも、唱えた者に対して攻撃を加えた者へ、報復で発動するタイプの魔法だった。
一定の条件を満たさなければ発動しないのが難点だが、あらかじめ詠唱して仕掛けておくことで手間が省け、奇襲やカウンターとしての役割を果たす魔法である。
悲鳴は一つではなかった。
後方に聳える城壁、そこに整列するエルフたちが次々に石化。粉々に砕け散る。
魔王の存在を認め、さきほど矢を放った者たちが、魔王の呪いの効果を受けてしまったのだ。




