第二章 ⑧
「――今回のクイズも私のときと同じかは断言できないが、仮に私と同じことが起きたなら、勇太が自分の過去を見つめ直すことで、魔力向上の方法を見つけられるんじゃないかと、小さな希望に思い至った。だから、ドリィと約束を交わしたうえで、彼女の要望に応じたわけさ」
「山田くんの魔力の質が向上するヒントは、夢の世界で過去を見つめ直すことにあると?」
アイルは頷く。
「勇太は、悲惨な過去に縛られ続けている。無理もないことだが、縛られている限り、これから先も苦しむことになる。それではろくに進むこともできない。私は嫌だ」
川本は思案気に口を引き結んだ。
「……いや、希望なんかじゃなく、私の願望の間違いだな」
アイルは自嘲するかのように息を吐いた。
「認めるよ、川本。これは無謀な賭けだ。過去の傷を抉られたことで、心を病む可能性だってある。でも、そこへ共に行くのは心陽だ。彼女は勇太の過去を誰よりも知っているし、勇太の魔力向上に最も貢献できる可能性がある。私は勇太に、過去を断ち切って欲しいんだ」
「高峰さんなら、山田くんの魔力――つまりポテンシャルを最大限に引き出せる可能性があるんですか? 疑うわけじゃないですが、何を根拠に?」
「あの子の過去も大変でな。心陽は勇太に、共感できる部分が多いんだよ。今はまだ、それしか言えん。あとは勇太と心陽の問題だ。つまり私は、ドリィの夢の世界へ二人を行かせて、両方ともを成長させたいと考えたわけなんだよ」
アイルの顔に自嘲を見て、五郎は視線を勇太と心陽に戻す。
「確か、ハーフエルフのヒーロー・キリエの魔法微生物は、数学の勉強をすることで活性化すると、本人が取材で言っていました。それに気付くまで何年も掛かったという話でしたね」
ヒーローが自分の体内を巡る魔法微生物に適合するには、魔法微生物がより質の良い魔力を生成する、何らかの行動や思考を見つけ出し、身に付けなければならない。
それは個人によってバラバラで、正解は自分で探すしかない。
「――魔法が優れたヒーローは、そうした不毛とも言える試行錯誤を乗り越えて初めて誕生する。ドリィの夢の世界で、山田くん達がそれをやり遂げられるかどうか、というわけか」
五郎の言に、アイルは頷いた。
「夢魔という魔族が要求した、夢の世界でのクイズ対決。それにまで可能性を求めざるを得ないとは……」
五郎は視線を落とす。
「山田くんが壮絶な過去を抱えているのは聞いていましたが、あの高峰さんも、抱えているものがあったんですね。巻き込んで良かったものか……」
多かれ少なかれ、皆、何かを抱えている。
五郎はそんな当たり前の事実を、心陽がランク一位のスーパーヒーローであるという事実で覆い隠してしまっていた。
「心陽の場合は、むしろ巻き込んで正解だ。あの子は今回の体験をきっかけに、前に進むべき
だからな。それが勇太にも良い影響を与えることを、私は期待している」
「その物言い、高峰さんのことで、踏み込んだ質問をしたくなるんですが……?」
再び五郎が顔を向けると、アイルは笑みを溢した。
「答えをお前が聞いたら、たぶん笑うぞ」
五郎は鼻白む。
「そ、そんな風に言われたら、もっと気になるじゃないですか! 笑ってしまうようなことに、二人の命運が懸かっているというんですか?」
「世の心理なんて、そんなものさ」
アイルは猫耳と尻尾を揺らして、視線を勇太たちに戻した。
「……夢の世界に入ることで、姿が消える魔族も目の前にいたことですし、もうそう簡単には驚きません。内閣官房副長官として、教えてください」
「わかった。お前であれば、二人の過去を話しても、本人たちは怒ったりしないだろうからな」
微笑を浮かべ、アイルは話し始めた。
☆
暗闇に照明が生まれ、勇太はそこが、広々としたドーム状のフロアであることがわかった。
フロアの中央でパイプ椅子に座る勇太。周囲には円形の観客席が広がり、そのすべての席を聴衆が埋め尽くしていた。
次の瞬間、ブラスバンドの生演奏がBGMを担当。大勢いる人間の拍手と歓声、そしてクラッカーと紙吹雪が会場全体をにぎやかに彩る。
勇太の正面には丸いテーブル。対面にはもう一つ椅子があり、そこにスーツ姿のドリィが腰かけ、勇太に楽しげな笑顔を向けている。
「さぁ、やって参りました! 山田勇太クイズ! 司会はドリィが務めまぁす!」
拍手喝采。
二人分の紅茶と洋菓子が並べられたテーブル。そこから頭だけをぴょこりと出して、勇太は開幕したクイズ番組に戸惑う。
「こ、これ、ぜんぶ夢なんだよな?」
周囲のものが、見た目も感触も思っていた以上にリアルで、驚きを隠せない勇太。
「勇太クンは、これから出題されるクイズにすべて答えなくちゃいけません。でないと、元の世界には戻れないのです!」
「元の世界には戻れない⁉ 聞いてないぞ!」
勇太はドリィという魔族に対して懐疑的だったが、今の発言でそれがさらに強まった。
師匠はこうなることもわかって、俺と心陽を夢の世界へ?
「――心陽はどこだ⁉」
「心陽ちゃんは別の場所で頑張ってまーす!」
にこりと笑うドリィ。
「無事なのか?」
「ドリィがこのまま楽しければねー」
からかうような笑みに、勇太はぐっと拳を握る。
「……クイズって、俺の記憶を見てから出すんだよな? もう見たのか?」
「実を言うとね? ドリィと初めて目を合わせたときから、記憶を少しずつ見させてもらっててぇ、もうだいぶ見れちゃってるんだよねー」
自分の目を指差すドリィ。
てっきり、相手が眠った状態で、かつ夢の中でないと記憶を読むことはできないと思ってい
た勇太だが、違うらしい。
「そういうことか。お前の魔法は、相手と目を合わせただけで発動する……?」
『おっきい方が良いの?』
勇太と初めて顔を合わせたときにドリィが言い放った言葉は、その瞬間から勇太の記憶を覗き見ていたからこそ出たもの。本名を知られたのも、同じ道理だろう。
事実、勇太は高身長の体格に憧れている。
「その解釈で合ってるよー? 深堀りも順調だし、これからはアイルに頼まれたとおり、試練
の時間でーす!」
会場が再び拍手で満ちた。
完全にペースを握られ、勇太は奥歯を噛む。
夢から覚める方法が無い以上、今は従うしかない。
「それでは、第一問!」
ドドド、と、ドラムの音が規則的に鳴らされ、出題が始まる。
「暗い顔ばっかりの勇太クン。彼はどうして暗い顔をしているのでしょうか?」
「元々こういう顔だ。ほっとけよ」
ドリィが言うのと同時に、会場の巨大モニターに選択肢が表示される。
1、人生がつまらないから
2、呪いに掛かっているから
3、前世で魔王サマに殺されたから
4、ヒーローランク最下位だから
「さぁ勇太クン? 答えをどーぞ」
きゅぴん、という謎の効果音と共に、ドリィがウインク。すると彼女の片目から薄紫のハートが飛び出し、ふわふわと飛んでいった。
提示されたのは四択。勇太にとって、二番から四番まではすべて事実であり、心に常にへばりついている闇でもあった。
「……二番」
ドジャーン! ブラスバンドの演奏が弾けた。
瞬間、横顔に殴られたような衝撃が走り、勇太は椅子から転げ落ちた。
勇太の横には誰もいなかった。
「ぶっぶー! 残念ハズレー! 正解は、二と三と四の三つでーす! だれも答えが一つなんて言ってませーん!」
聴衆に笑いが起こる。




