第二章 ⑥
「では、お前の希望通りのヒーローを用意しよう。きっと面白いはずだ」
アイルが了承すると、今度は五郎が聞いた。
『確認なんだが、我々にとって、転移人というのはアイルさんのように、生まれ変わることな
く、元の身体のまま、異世界から転移してきた人のことを指す。認識はこれで合っているか?』
「合ってるよ? それと違って勇太クンみたいに、前世の記憶を残したまま生まれ変わった人を、転生人って言うの」
『なら、自身は、異世界から転移してきたのか? アイルさんの夢の中に現れたと聞いたが、日本語が話せたり、【転移人】と【転生人】という概念を知っているのは、アイルさんの記憶を見た際に学んだからか?』
五郎の次の問いに、ドリィは口の端を吊り上げる。
「それは面白い質問だから、今答えてあげる。ドリィは転移魔法なしでも、夢の世界を辿って、異世界にいる人の夢に行ける。つまり、夢の世界を通じて異世界に転移できるの。知らなかったでしょ?」
『――ああ、びっくりだ。異世界から地球に転移するには、転移魔法しかないと思っていたよ』
調子を合わせる五郎に、ドリィは得意げに胸を張る。胸元のハート型のリボンが揺れた。
「ドリィはそうして、いろんな世界を見てきたわけ。【転移人】と【転生人】って考え方は、呼び方は多少違うけど、他の世界にもあったよ? 日本語がわかるのは、翻訳魔法があるから」
『なるほど、凄いな。他の夢魔も、君と同じく、自由に異世界を行き来できるのか?』
「他の夢魔が、ドリィと同じようにできるかは知らない。ドリィがトクベツなだけかも」
『そんな特別なドリィの要望に沿う人は、ヒーローたちの中にいるのか? アイルさん』
「任せろ。心当たりがある」
五郎とアイルのやり取りを聞いて、勇太は思い至る。
【転移人】と【転生人】。その疑惑があるという意味でなら、確かに一人いる。
「それは誰なの?」
ドリィが首を傾げた。
「ナックル・スター。現在のヒーローランクで世界一を誇る、最強のヒーローだ」
今まさに勇太が思い浮かべた人物のヒーロー名を、アイルが答えた。
勇太は背後を振り返る。
「師匠。彼女とは、もう話せたんですか?」
「……ああ、話したとも」
「彼女は、味方ですか?」
「無論だ。でもお前は、他人から聞いただけでは納得できないだろう?」
アイルの言は、勇太の核心をついていた。
自分の目で確かめなければ、俺はどこかでまた、疑心暗鬼に駆られてしまうかもしれない。
「図星だと黙る。お前の癖だ」
困ったように笑って、アイルは言う。
「勇太。私はお前とあの子に試練を課すつもりだ。ドリィの夢の世界でな」
「そ、それって、どういう意味――」
戸惑う勇太を遮って、アイルはドリィに目を向ける。
「ドリィ。勇太とスターにたっぷりと夢を見せて、クイズで遊んでやってくれ」
「……含みがありそうね?」
ドリィはアイルを見つめた。
「二人に夢を見せて、お前が面白いと思うことをやるんだ。私にやったみたいにな。それで二人の心を揺さぶって、反応を楽しむといい」
アイルの唐突な物言いに、勇太は言葉が出ない。
私にやった、というのはつまり、昨夜に起きた、アイルの夢での出来事だろう。
一体なにをされたというのか、皆目見当もつかない勇太。
「アイルは今まで、ドリィに敵意むき出しだったのに、どういう風の吹き回し?」
「お互いがつまらないまま終わる方よりも、面白そうな方に賭けてみたくなった。それだけさ」
にたり、と、ドリィは笑う。
「ホントに、好きにしちゃっていいのね? 心、壊れちゃうかもよ?」
「そのギリギリのラインを攻めるのが面白いんじゃないか」
「し、師匠? さっきから何を――」
勇太の背に、アイルの拳が押し付けられた。
きっと、何か狙いがあるのだと、勇太は察した。
「好きに遊んでいいなら、そうさせてもらうね! こっちの世界に来た理由には、いろいろと遊べそうだったからっていうのもあるんだよねー」
「お前が以前いた世界だけでは、物足りなくなったのか?」
勇太の問いにドリィは頷いて、こう言った。
「だって、魔族以外、みんな死んじゃったんだもん」
それを聞いた勇太の鼓動は強く脈打ち、胸が締め付けられるような気分に陥った。脳裏に蘇るのは、前世で見た凄惨な光景。
「――多くの人が死ぬのを見て、お前はどう思った? 面白かったか?」
気付けば勇太は、そう聞いていた。
「全然? だって死んだら何も見れないもの。むしろ、つまらなかった」
ドリィは唐突に寄り目になり、人差し指と親指で銃の形を作ると、自分の頭に当てて見せた。
人が死ぬのは面白くないと、ドリィは考えているらしい。
「お前は、殺すのに参加しなかったのか?」
「やったのはぜんぶ魔王サマ」
ここでも飛び出した魔王という言葉に、勇太は拳をぐっと握りしめた。
「ドリィ。お前が望むなら、クイズを受けてやるよ。夢の世界だろうと、どこだろうと連れて行け。それから、お前が本当に面白いと思えるかどうか、勝負しないか?」
「勝負?」
ドリィは再び、きょとんと首を傾げる。
「そうだ。ドリィが俺にクイズを出して、予想通りでつまらないと感じたなら、俺の負け。俺
が負けたら、お前のお願いを一つ、なんでも聞く。逆に、俺が予想を裏切って、ドリィが面白
いと思ったら、俺の勝ち。そうなったらお前は、魔王のことも呪いのことも、わかることをぜんぶ、正直に話すんだ」
「ドリィにとっての面白いは、予想を裏切られることもそうだけど、裏切ることもだよ? どっちにも〝びっくり〟があるから。勇太の記憶は、そんなに予想外のことだらけなの?」
「その目で確かめてみるといい」
勇太は、ドリィから微塵も目を逸らさずに言った。
魔王と呪いに関する情報が手に入るなら、どんなことでも受けて立つ、という思いを込めて。
テーブルの端からちょこんと、小さな頭と手を覗かせる勇太だが、その眼差しと物言いからは鬼気のような凄みが放たれ、見る者、聞く者を黙らせる力があった。
「……そういう目をする子、初めて見た。なんというか、嘘がない感じがする」
ごくりと喉を鳴らしたドリィは、目を細めて笑う。
「勝負してあげる! あなたにもっと興味が出てきたから」
アイルが言った、【試練】という言葉の真意はわからない勇太だが、それについて考える余裕もないほどに、心を過去の光景が埋め尽くしていた。
目の前のひょうきんな魔族に、自分が味わってきた苦痛のすべてをわからせてやりたい。
そんな、煮え立つような怒りの感情が、今の勇太を渦巻いていた。
『話はまとまったようだね。双方、異論なければ、準備に移らせて頂きたい』
スピーカーから聞こえる五郎の声も、動画での答弁以上に引き絞められていた。
☆
東京異種族共同学院は創立二十五年と、悠久と呼ぶにはまだ日が浅い。だが、都内で名門と言われる共学の高校で、学力の高さはさることながら、心陽のように若くしてヒーローとなった者や異世界人を、積極的に受け入れていることでも著名である。
心陽はヒーロー業の傍ら、ここで学友の力を借りつつ、勉強にも励んでいた。
「高峰、サービス問題だ。二〇〇二年に、世界で一人目のヒーローとして、華々しいデビューを飾った人物の名前は? ヒーロー名もセットで答えろ。ヒントは、〝生きる伝説〟だ」
心陽は先生の指名で、すっと立ち上がって答える。
「アイルハトゥール・イヴエール。ヒーロー名は【雷拳のアイル】」
心陽は表に出さないが、勇太のことが脳裏を過った。
彼女は昨夜、アイルにすべてを打ち明け、勇太が前世を持ち、ユータン・ライスフィールドという名であったことを確認していた。心陽が勇太に抱いた確信は、間違っていなかったのだ。
『心陽、よく話してくれたな。おかげで、お前の悩みと勇太の悩みは、どうにかして解消しなければならないことが今わかった。そして恐らく、解消することさえ叶えば、お前も勇太も、さらに先へと進むことができるだろう』
電話の向こうで、アイルはそう言っていた。
「――正解だ。次はキリエ。彼女がいた異世界はなんと呼ばれている? それから、アイルのフルネームの意味は?」
「アイルの故郷は通称、【異世界アルファ】ですわ、先生。異世界アルファの言葉で、アイルハトゥールの意味は〝猫〟、イヴエールは〝キョウリョクな者〟。このキョウリョクには、力強いという意味と、協力的という二つの意味があります。ちなみにアイルの語源は古代ギリシャ語、ハトゥールはヘブライ語に似ていますわ」
クラスがざわついて、心陽も我に返る。
「さすがは学年首位だな。細かいところまでよく調べている。模範解答だ」
「これくらいは、ピンポイントで答えてみせますわ!」
心陽の隣の席――キリエと呼ばれたハーフエルフの少女は、手の甲で口を覆い、「おーほほほ」と得意げに笑う。
キリエは転移人のエルフと日本人のハーフである。一七〇センチと長身痩躯で、眉毛は細く、目はつり目。顎もスラリとして、肌は日本人よりも色白。耳は尖っているが、漫画で見るエルフほど長くはない。
心陽は、そんなキリエの耳の形が好きだった。
カツン、と、先生はヒールを鳴らし、メガネを光らせた。
「なら、これに答えてみろ。防衛大臣にして、ヒーロー庁の初代長官を務めたのは誰だ? ヒントはこの学校の初代学長。ちなみにこれ今度のテストに出すから、みんな覚えておくように」
「川本秀作ですわ。アイルとはヒーロー庁の設立で協力関係を築き、現代の軍事兵器に魔法の技術を結合。そうして魔法兵器を導入したことは有名で、後にアイルをヒーロー庁国際運動親善大使に任命した方ですの。ちなみに息子の川本五郎は、五年前に異世界災害でご両親を失った後、内閣官房副長官となって、ヒーローの支援に積極的な方と聞いていますわ」
この子の記憶力、ちょっとでいいから分けてほしいな。
と、心陽は羨望の眼差しをキリエに送る。




