第二章 ④
「すみません。そういうつもりで言ったのでは――」
「わかってる。たとえ衰えようとも、私は私の目的のために進み続けるだけさ」
五郎の謝罪を片手で制して、アイルは話を戻す。
「勇太。お前がここへ呼ばれたのには、そのドリィという夢魔が深く関わっているんだ」
五郎が代わる。
「ドリィは、人類の存亡に関わる情報があると言ってきた。こちらがその情報の開示を求める
と、魔王というフレーズを掲げ、情報の交換条件として、君を指名してきたという話だ」
【魔王】と聞いた勇太の背筋に、昨日の河原で感じたものよりも強い悪寒が走った。
「俺の名前を、そのドリィって奴は知ってたってことですよね?」
五郎は頷く。
「正確には、君の今の名前だ。つまり、前世の君の名前や素顔は、ドリィも知らないと考えられる。僕が君に聞きたいのは、ドリィに会ってくれるかどうかだ。これには、君の前世の素性を知られるリスクがある。なにせ相手は、記憶を読む魔法が使えるようだからね。それを踏まえて考えてほしい」
自分の前世を見破ることのできる魔族が、この世界にやってきた。
勇太という名前はきっと、アイルの記憶を見たとき、その中にあったのだろう。
勇太が最も恐れ、起きないことを祈っていた事態が、現実のものとなっていた。
「勇太、事が事だ。不快かもしれないが聞かせてくれ。お前は、前世で魔王に殺された。にもかかわらず、異世界から魔族が来て、お前に会うことを要求するとしたら、どんな理由が考えられる?」
アイルに聞かれ、勇太は考えるが、結論は到底、ポジティブなものにはなり得ない。
「あくまで、俺が前の世界にいたときの話ですが、魔族は基本的に、自分たちが最も崇高な種族で、歯向かう種族は滅ぼして当然だと考えていました。今回現れたドリィについても、師匠と戦闘になったのなら、敵性がある存在だと思います。そいつが俺に会いたがっているなら、理由として真っ先に思い浮かぶのは、俺が持ってる剣です」
川本の目が細められた。
「君が変身すると召喚される、例の聖剣か。しかし、魔族がそれを狙うとしたら、魔王が絡ん
できそうだな」
勇太は首を縦に振って、付け加える。
「魔王はまさに、剣を欲しがっていましたから……」
ドリィと名乗る夢魔の力がどれほどの影響をもたらすかは未知数だ。油断は許されない。
「俺が一番恐れてるのは、魔王がこっちの世界に侵略の手を広げてくることです。今回のドリィって魔族に関しては、その危険性も孕んでいるかもしれない」
「ドリィ自身が、魔王という存在を交渉材料に使ってきているわけだからな……」
五郎は組んだ両手に口元を埋めた。
「あの女のふざけた感じは、平気で嘘を言うように思える。魔王という言葉が出たからといって、ぜんぶ鵜呑みにするのも考え物だぞ」
師匠の言葉に、勇太は頷く。
「俺としては、一度面会する必要はあるかと思います。ドリィがどんな魔族なのか、対面して出方を見ながら、話を掘ってみるべきかと」
五郎は顔を上げた。
「では、面会を引き受けてくれるかい?」
「……はい」
と、勇太は意を決した。
「面会には私も同行するから、お前はドリィの話に集中するだけでいい」
了承する勇太の小さな背中を、アイルが優しく叩いた。
☆
夢魔が捕らえられているという面会室は、ドアに白いお札が貼られていた。そのお札には何
やら魔法陣のような模様が墨で描かれてある。
「見てわかる通り、この部屋は私の結界で守ってある。夢魔が何らかの魔法で攻撃を企んでも、発動はしない」
と、アイルがドアを開け、勇太は彼女に続いて、面会室へ足を踏み入れた。
薄紫色の瞳が、勇太を見ていた。その瞳は、ハートの形をした輝きを湛えている。
「おっきい方が良いの? まぁ、確かに。そのリーチじゃ、あいつには届かないものね」
瞳の下で、弾むように快活な声が、脈絡のない言葉を奏でた。
瞳は次に、勇太の背後へと向けられた。
「政府とやらは対応が遅いのね? アイル」
テーブルの向こう側に、瞳の持ち主は座っていた。
頭の両脇から湾曲した角を生やす、十代後半といった容姿の少女だった。
五郎に要求したのか、対面に置かれたパイプ椅子ではなく、重厚感のある立派な赤いソファに身を埋めている。
少女の眉は吊り目の上で穏やかな広がりを見せ、素肌は全体的に白く、頬のあたりは薄くピンク掛かっており。鼻梁は西洋人のように高い。
身長差がある勇太からすると、見下されているような気分になる。
少女が纏う、黒とピンクを基調とした服装は、日本におけるゴシック・アンド・ロリータに似ている。
丈の短いスカートから白い太ももが見え、ストライプソックスに、靴は黒の艶やかなローファー。ローファーの甲部にはハート型の飾りがついていた。
『待たせたことは詫びよう。だが君の要求通り、彼を連れてきた』
天井に設置されたスピーカーから、五郎の声がした。彼は今、壁面のマジックミラ―を介した隣の部屋――定性調査室で、鏡越しに勇太と夢魔の対話を監視している。
夢魔は組んでいた足を解いて身を乗り出すと、勇太がパイプ椅子によじ登るのを眺めた。
「まぁ、かわいい。誰も手伝ってくれないのね? いじめられてるの?」
「これくらい、自分でできる」
勇太は答え、テーブルの上に頭と手を出した。
「アイルが手を貸さないのは、それをわかってるから?」
「勇太の面倒を見たのは私だからな。それくらいはわかっているし、私は同情が嫌いだ。身体が小さかろうが、できることは自分でやらせる」
アイルが答えると、夢魔は瞳を再び勇太に向けた。
「ふーん。あなたが勇太クンね? アイルに鍛えてもらったみたいだけど、うまくいってないみたいね。ドリィのことは、ドリィって呼んで?」
夢魔はベージュの長髪をさらりと撫で、胸に手を当て、ドリィと名乗った。
「あなたのことは、おチビちゃんでいいかしら? それとも底辺ヒーロー?」
底辺という言葉が、勇太の心に圧し掛かる。
「彼は私の自慢の弟子だ。舐めた口を利く権利はお前に無い」
勇太の斜め後ろ――壁際で腕を組むアイルが、目を光らせた。
「俺の名前は勇太だ。だからそう呼んでくれ」
勇太は今の名前を言った。
「元のあなたは、違う名前だよね?」
ドリィの嗜虐的な微笑に、勇太はゾクリとするが、
「俺の、前世の名前がわかるのか?」
平静を装い、ドリィの目をまっすぐに見返した。
「ユータン・ライスフィールド、でしょ?」
ドリィはケラケラと、乾いた笑い声をあげた。
「ドリィに嘘や隠し事は通用しないってこと、これでわかった?」
「ああ……」
「わかってくれるなら、そうね。おチビちゃんじゃなくて、勇太クンって呼ぶことにする」
記憶を見るとは聞いていたが、なぜこのタイミングで俺の元の名前がわかったんだ?
そのからくりは不明だが、ドリィの何らかの魔法だという確信めいたものがあった。
アイル曰く、この部屋では攻撃魔法が発動できないということだから、件の魔法は違う系統のものだろう。




