第二章 ③
防衛省の門の前で、勇太は迷子の男の子に間違えられた。
「お兄さんこれ見てよ。ヒーローのユウタです」
勇太の見た目は三歳児くらいなので無理もない。勇太としても、間違えられるのはこれが初めてではなく、慣れたものである。
「こ、これは失礼しました! あのユウタさんですね!」
門の警備にあたっていた自衛官にヒーロー手帳を見せ、誤解を解いた勇太は、そのまま庁舎
の地下へと通された。
かつて防空壕が造られていたという防衛省の地下には現在、異世界からやってきた敵性生物が捕らえられ、監視されている。
師匠に指定された合流場所はこの地下二階、面会室。
LED照明が照らす通路はグレーのカーペットが敷かれ、白い壁と天井に反響する靴音が抑えられており、空調もしっかりと整備されているとあって快適だった。
「おはようございまぁあっぶ!」
ドアを開けた勇太の顔面に、繰り出された蹴り足――その草履が命中した。
「おはよう我が弟子! あと一分待たせたら殺していたところだぞ!」
先ほどの電話と同じ少女の声が聞こえた気がするが、蹴りで吹っ飛んだ勇太はそれどころではない。背中から壁に激突し、そのままうつ伏せに落下。
「蹴りが挨拶なんですか、あなたは……」
前から思っていたことを勇太は呻いたが、痛みは軽い。蹴りが命中する寸前に魔法障壁を展開し、ダメージを大幅に抑え込んだのだ。
「毎回普通に挨拶しただけではつまらんだろう?」
「師匠の今の蹴り、生身の人間なら死んでますよ?」
立ち上がりつつ、勇太は蹴りを放ってきた相手を睨む。
「お前だから問題なかろう? 昨日言った通りの半殺しだ」
「毎回、容赦のないオバサンだな」
勇太はボソリと言った。
「今、オバサンって言ったか?」
猫耳をぴくりとさせ、首を傾げるアイル。目元に影が差している。
「言ってません」
「モラハラは人間に限らず、私のような獣人の間でも問題になったりするんだぞ? 猫なのに豹って言われたりとかな」
「俺は事実を言っただけですよ。豹って猫科だし、似たようなもんでしょ。師匠は肉食っぽい性格だし、年齢だって――」
「年齢に触れたら食べるぞ?」
他人が見れば見惚れてしまいそうな笑顔で、アイルは言う。
「俺を食べてもちっちゃいからすぐなくなっちゃいますよ」
「そう自虐するな。こうして会うのも久しぶりなんだ。昨日は修行の成果を見られなかったわけだし、少しくらいジャレろ」
「やだ」
勇太は首を左右に振った。
「頭突き以外にも、剣技を磨いているんだろう? 回転斬りはマスターできたのか?」
「まだ若干目が回りますけど、かなりマシになったと思います」
「一を教えれば十まで自力で辿り着くのがお前の良い所だ。このお姉さんが見込んだだけのことはある」
アイルは控えめな胸を張る。
「お姉さんって……」
「なにか言ったか?」
アイルの殺気が漂う尋問室にもう一人、見た目四十歳くらいの男――川本五郎が入ってきた。
「いやぁ、急に呼び出して済まな――うわッ⁉」
川本は日に焼けた精悍な顔を引き攣らせ、たった今閉じたドアに背中から貼り付いた。
「アイルさん! 今にも人を食い殺しそうな目をしていますよ! なにをしようって言うんで
すか!」
「師匠に敬意を払わないバカ弟子に噛み付いてやろうというところだ。邪魔するな」
「ストップ! 暴力沙汰は控えてください!」
「川本さん、いいところに!」
ててて、と勇太は五郎の足元に縋りつく。さながら抱っこをせがむ子供のように見えた。
「久しぶりだね、山田くん。元気そうでなによりだが、急に呼び出して済まない」
五郎はサマースーツのネクタイを直して、勇太の両脇を抱えて持ち上げた。
「わー」
【高い高い】の要領で持ち上げられた勇太は、そのままパイプ椅子に座らされた。
「アイルさんも、協力に改めて感謝します」
「いつも忙しい五輪刈りのお願いなら断れん」
五郎を髪型で呼んで、アイルも勇太の隣の椅子に座る。
「山田くんは近頃、いろいろ大変みたいだね?」
と、五郎がテーブルの上で両手を組んだ。
アイルはそんな五郎に眉を寄せる。
「いきなりそこを衝くのか?」
「避けては通れないでしょう? 単刀直入に進めます」
五郎はそう返し、勇太の目を見る。
「君のヒーローとしての成績、SNSでの評価。僕としても、改善に協力したい思いでいる」
「川本、その顔だよ。同情しているみたいで、私は気にくわない」
眉を寄せた神妙な表情の五郎に、アイルが横槍を入れた。
勇太は、アイルとの一連のジャレ合いに、彼女なりの気遣いを見た。
勇太は六歳で養護施設を出、一人暮らしを始める十六歳までアイルと共に過ごした。
その頃から修行と称して、今の世では問答無用でハラスメント扱いの、殴る蹴るのスパルタ教育が行われていた。
先ほど勇太が入室した際にも起きた、当時と変わらぬやり取り。
アイルの振る舞いは、勇太に鍛錬の日々を思い起こさせた。
同情や憂慮を感じさせることなく、今までと変わりなく接する師匠の姿勢は、勇太が最も望むものだった。
「そういうつもりで言っているのではないと、先に断らせてほしい」
五郎は勇太の目を見たまま言う。
「これから話すことはある意味、君の成績に大いに繁栄できる可能性がある」
アイルからの反感も覚悟のうえであろう、五郎は勇太から目を逸らさず続ける。
「というのも、ある魔族に会ってもらいたいんだ」
「……はい」
勇太は頷くが、自然と両の拳に力が入った。
「山田くん。いや、この場合、ユータン・ライスフィールドくん。君はドリィと名乗る夢魔を知っているかい?」
前世での名を呼ばれ、勇太は身構えた。
つまり、そういう話ということだ。
「夢魔は知ってるけど、ドリィって奴は知りません。異世界人ですか?」
勇太の問いに、五郎は首肯する。
「そう。部類で言うなら、転移人に該当する。昨日の夜、アイルさんの夢を通じて、こっちの世界へやって来たんだ。それをアイルさんが捕らえて、隣の尋問室に拘束してある」
勇太は、部屋の空気が張り詰めたように感じた。
「昨日の夜、私が偶然見た夢に若い女が割り込んできて、夢の中で戦闘になった。そいつが自分のことを〝夢魔のドリィ〟と名乗ったんだ」
「この地球に夢魔が現れたという前例はない。今回が初めてだ」
「私が以前いた世界でも、夢魔という存在はいなかった。どんな奴なんだ?」
五郎とアイルの顔が、勇太に向けられた。
勇太は、掘り起こしたくないものを無理矢理掘らされているような気分に陥った。
「夢魔は魔王が生み出した魔族の一種です。魔族っていう括りだから、魔物よりも格上。直接戦うことはなかったですけど、人の記憶を読み取ったり、夢の中に入り込んだりして悪さをする、厄介な連中だと聞いていました」
「悪さをするというのは?」
と、川本。
「他人の夢の世界を自在に操って、心に傷を負わせると聞いたことがあります。それから、夢の世界を渡り歩いて、別の世界に行けるって噂もありましたね。まさか本当だとは思わなかったけど」
「なるほど、合点がいった。私は夢の中でドリィをボコボコにやっつけて、それから目が覚めたんだが、布団の中で、彼女がボコボコのまま気絶していたんだ。夢の主が目覚めると、その夢の中にいた夢魔も一緒に、現実の世界に出現する仕組みらしい」
師匠の言葉に、勇太は目を見開く。
「これは夢だと自覚して、しかも戦って倒したんですか……ッ!」
中には、自分が夢を見ていると自覚し、その夢を自在に操れる人がいると聞くが、夢魔が夢の中で仕掛けてくる攻撃は次元が違うのでは? と思う勇太。
夢魔が操る夢からは、よほど強い刺激が外部から与えられでもしない限り目覚めることはなく、当人が夢だと気付けたとしても抵抗できない。
「私がいつも護身用に施す【不可侵の結界】が功を奏しただけだ。夢の世界への侵入を防ぐという定義が曖昧で、結界の効き目がイマイチだったこともあって、夢に乱入されはしたが」
「さすがは、ヒーローランク元一位。生け捕りって殺すよりも難しいのに」
勇太が言い、
「夢魔の拘束を維持できているのも、アイルさんの結界魔法のおかげなんだ。他のヒーローにはできない芸当さ。現役を引退したとはいえ、衰えを知らない人だよ」
五郎の声に、アイルは鼻を鳴らす。
「変わらないのは見た目だけで、中身は衰えてるよ。ランキングも引退間際には六位だったしな。上位五人にも入っていない」
変わらないのは見た目だけ。
その発言に、勇太も五郎も、僅かな間、口をつぐむ。
【不老の呪い】という言葉が、勇太の脳裏を過った。




