第二章 ②
わたしは、卑怯者。
『はっきりとした答えではなく、断片的なものでも構わないか?』
「はい」
自然と、声に力が入った。
断片的でも構わない。
アイルから情報を聞いて、勇太に対する確信が揺らぐのかどうか。それを是が非でも確かめ
たかった。
『なら、お前から話してくれ』
アイルに促され、心陽は両膝を抱き抱えるようにして、ソファに深く埋まる。
髪を乾かすことも忘れ、心陽は、自分がずっと胸の奥底に抱えてきたものを、この世界で初めて、他人に打ち明けた。
☆
翌月曜の朝、勇太は眠い目を擦りながら、学校へと向かう。
昨夜は結局、心陽と過ごした光景が頭から離れず、ほとんど眠れなかった。
聞けば誰もが羨むであろう、ナックル・スターとの二人きりの時間。
だが、彼女が前世について口にした途端、空気は一変。
彼女は一体どういう意図で、勇太に前世のことを聞いたのか。
どういう意図で、剣の持ち主のことを聞いたのか?
そして、会いたい人とは誰なのか?
質問の真意をはっきりさせられないまま、勇太は逃げるように河原を去ってしまった。
「――山田くん」
理由は不明だが、心陽は恐らく、勇太に前世の記憶があるのを知っている。そうでなければ、あのような質問は出てこない。
心陽は勇太に、前世は本当にあると思うか、とも聞いた。
唐突で強引な質問だが、前世の記憶が残る勇太なら頷くと考えてのことだろう。
「山田くん」
肩を叩かれ、勇太は我に返る。
隣を見上げると、そこには院照誓矢こと、【サン・アロー】がいた。
「インテリ」
「いんてるだ」
いつものやり取り。
誓矢は変身していたときと同じ髪色、髪型、そして黒縁のメガネをしているが、それ以外の装いは学生服なので、街を歩いていても、サン・アローだと気付かれることは少ない。
「俺と一緒にいると、お前までハブられるぞ?」
「今更なにを言う? そんなことをしてくる連中は、こちらから願い下げだね」
勇太が口を尖らせて言うと、誓矢は肩を竦めた。
勇太は身体が異様に小さいこともあって、学校中の生徒たちに既に身バレしており、今も勇太を追い越していく生徒たちから視線を感じていた。
勇太と目が合うと、咄嗟に逸らす者。友達同士で顔を見合わせ、くすくす笑う者。
教室ではきっと、昨日起きたベヒーモスの件で話が持ち切りなのだろう。
心陽は称賛し、勇太を貶して。
勇太はそれ以上考えないように努める。
誓矢はそんな勇太の隣で、歩くペースを合わせてくれていた。
「眠れていない様子だな。平気なのか?」
勇太の目元のクマを見たか、誓矢が聞いた。
「ちょっと、いろいろあってさ。ベヒーモス戦のときの反省とか……」
ナックル・スターと会ったことは、言わないでおく。
「あまり深く考えすぎるな。君はお婆さんを助けたじゃないか。ベヒーモスを倒すことはできなくても、人助けだってヒーローの立派な仕事だ。誇っていい」
「俺の目標、知ってるだろ?」
「世界一のヒーローになるってやつかい? なぜ一番にこだわる?」
「それは――」
勇太は贖罪と言いかけて、呑み込む。
ここで誓矢にそう言っても、伝わらない。
「一人でも多く、助けられるヒーローになりたいんだ。そのための目標なら、高くしたほうがいいだろ?」
前世で助けられなかった分、今の世界で多くを助ける。それが、今の勇太の目標であり、願いだった。
「高く設定するのは勝手だが、君が理想と現実の差に苦しんで、それが足を引っ張って伸び悩んでいるように見えるのは、僕だけか?」
「こ、これから頑張って伸びるし」
「ちなみに身長の話じゃない」
「わかってる」
勇太の隣で、誓矢はまた肩を竦めた。
「言って良いものかわからなくて迷ったが、この際だ。君のためなら構わん」
「え?」
誓矢の意味深な発言に、勇太は振り返る。
「昨日の夜、川本さんから電話があったんだ。君のことで」
「俺のことで?」
「ああ。君の最近の様子はどうかと、心配しているみたいだったぞ。声の感じからして、ただ事ではない気がしたよ」
自民党を代表してヒーロー庁の運営に深く関わり、勇太を始めとする【異世界災害孤児】の養護にも積極的に参加した敏腕の衆議院議員で、勇太が養護施設にいたときから面識のある男――川本五郎。異世界災害(魔族・魔物が及ぼす破壊的行為)の痛みを、身を以って経験した者の一人。
彼は面倒見がよく、勇太が高校入学と同時に一人暮らしを始める際、わざわざお祝いに米を送ってくれもした。彼の仕事は激務らしく、長いこと直接は会っていないが、今も勇太のことを気に掛けているらしい。
「君に聞くのでなく僕に聞いたのは、他者から見た君の様子を知りたかったからだろう。君はいろいろ背負い込んで、こっちが聞いても、言いたいことを言わないときあるからな」
勇太は何も言い返せない。
現に今も、誓矢に話せていないことがある。
「なんて答えたの?」
「超がつくほど思い詰めているみたいです。と言っておいた」
勇太は誓矢の脛に裏拳をお見舞いした。
「余計な心配かけたらどうするんだよ」
「果たして余計かな?」
やられた。
川本は勇太にも連絡してくるかもしれない。
勇太の悩みは、成長できないこと。
不成長の呪いに掛かっているのは仕方ないとしても、成長のしようはあるはずだと勇太は信じて、師匠の下で修業に励んできた。
そうでもしないと、呪いがあるせいで絶望し、もうそれ以上先へは進めなくなるからだ。
しかし実際は、信じた通りには成長できていない。
かといって、誰かに頼って解決できるものでもない。
「自分で頑張るしか、ないんだよ」
勇太がそう言ったとき、電話が鳴った。
師匠からだった。
『勇太、今話せるか?』
「師匠? ――登校中なので、少しなら」
『年長者としてあまり言うべきではないが、今日は学校休め』
「え?」
『川本がお前に会いたがっている。わりと緊急だ』
「わりと緊急って」
『とにかく、今から防衛省に来い。私もいる』
言いたいことだけ言って、電話は切られた。
「師匠さんから呼び出しかい?」
誓矢が聞いた。
「今から防衛省に来いって」
「君もなかなか忙しいやつだな」
「ただでさえ緊急召致で休みがちなんだ。度が過ぎると勉強ついていけなくなるよ」
「それは僕も同じさ。まあそれでも学年2位の座はキープしているが」
「あとでノート見せてくれない?」
「いいとも」
「あと悪いけど、先生に急用で休むって言っといてよ」
勇太も誓矢も、先生には自分たちがヒーローであることを伝えてあり、例えば学生タレントがそうであるように、事情を説明すればわかってくれるのである。
「ああ。スーパーホワイトミラクルサマーモカチップフラペチーノで手を打とう」
「お前ほんと甘いの好きだな」
誓矢と別れた勇太は来た道を引き返し、駅から電車に乗る。
防衛省がある市ヶ谷までの三十分も、勇太の頭の中には心陽がいた。




