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第二章 自分からは言い出せない ①

 勇太と別れた心陽は、ヒーロー庁からあてがわれた港区のマンションに戻った。

 ヒーローランク一位となった特別報奨で移り住んだ最上階は4LDKで、地上四十階の高さ。

 住み始めた頃は、ルーフバルコニーにブースターで飛んで帰った際、柵や床を噴射炎で焦がしてしまい、ヒーロー庁に修繕費を肩代わりしてもらったこともあるが、今では専用の遮熱版が取り付けられ、焦がすこともなくなった。部屋の値段は恐くて聞けていない。


 共に移り住んだ両親は今、心陽がプレゼントした海外旅行で不在だが、二人ともこの新居ではそわそわと落ち着かない様子だった。

 それは心陽も同じ。

 住む場所なんて、こんなに高価じゃなくていい。

 衣食住が当たり前にできる時点で、この国は恵まれている。


 わたしが欲しいのは、名誉でも、富でもない。

 心陽としては居住を辞退したかったが、世界的なスターとなってからは国内外から彼女をつけ狙うパパラッチも出現し、プライベートを覗き見られるリスクを少しでも減らす意味から、半ば仕方なく、政府の厚意を受け取っていた。


 実際、ブースターで飛んで帰るところを見られても、地上とは距離があるために身バレを防げるという点ではありがたかった。

 そんな心陽だが、今日の夕方は、河原で勇太と二人きりの時間を過ごした。

 千葉県市川市在住の勇太は、時折、河原に一人でいるところを目撃され、SNSに小さな背中の画像が投稿されていた。


 それを見て勇太の日常の一部を知った心陽は、ベヒーモスとの戦いで勇太の剣を()、とある確信に至り、ダメもとで(くだん)の河原を訪れたのだった。

 誰にも邪魔されず、二人で話がしたかった。

 ストーカーみたいだな、わたし。

 思わず手に力が入り、握っていたシャワーヘッドがギリギリと音を立てた。


 だが、一度強烈に抱いた感情はどうしようもなかった。

 あの子に会いたい。

 シャワーを頭から浴びて目を閉じれば、そこには勇太が立っている。

 河原での行為が意味することを、今改めて考えるとゾッとする。万が一第三者(パパラッチ)に目撃されてしまった場合のリスクは計り知れないからだ。

 それでも、リスクを無視してしまうほど、心陽にとっては大切な時間だった。


「…………」


 きゅ。

 シャワーを止め、濡れた髪を撫でるようにして水滴を搾り、外へ出る。

 ふわりと、柔軟剤が香るバスタオルで身体を拭き、部屋着を身に着ける。ショートパンツとTシャツという格好は、暑がりの心陽には最適だった。


 ホコリ一つないフローリングを歩く。

 トレーニング専用に使っている部屋に、円盤状のお掃除ロボットが入っていく。

 広いリビングには、高級感漂うモダンスタイルの家具が並ぶ。

 ふかふかとした絨毯の心地をきっかけに、心陽の脳裏に再び河原の光景が浮かんだ。

 窓に映るレインボーブリッジの夜景を、夕日に染まる川が塗り替える。


 勇太は前世のことも、剣のことも、触れられたくないような素振りを見せていた。

 理由はわからない。

 ただ、心陽は、勇太の表情が曇ったあの瞬間、自分が突き放されたかのような感覚に見舞わ

れ、胸が苦しくなった。


 本当なら、奇跡と思えるほど、待ち焦がれた時間のはずなのに。

 帰宅してから、まるで逃げるようにトレーニングに打ち込み、苦しみを苦しみで塗り替えたつもりだったが、いとも容易く、勇太との時間は蘇る。

 心陽は胸に手を当て、目を閉じる。温かい感情が、胸の中でふつふつと湧き上がってくる。


「――好き」


 胸の奥に押し止めたその言葉を、口にしてみる。

 ぎゅっと、シャツを握りしめた。


「どうしたらいいの?」


 心陽が小さくつぶやいたときだった。

 携帯に着信があり、部屋の隅で無線接続されたスピーカーから、呼び出し音が鳴った。


「応答を」


 短い指示をAIが認識。自動で電話がつながれ、通話開始を知らせる『ポン』という音がスピーカーから鳴った。


『心陽か?』

「アイルさん?」


 テーブルの上――カーリングドライヤーの側に置かれたマイクに向かって、心陽は話す。


「こんばんは。お久しぶりです……」

『やぁ。今平気か? 久々に話がしたくてな。ちょっと聞きたいこともあって――』

「はい……?」


 ソファに膝を揃えて座り、前屈みになる。


『お前がヒーローになって、もう四年か』

「そう、ですね。早いもので」

『新居の暮らしにも、もう慣れたか?』

「はい。おかげさまで、助かってます……」

『なら安心したよ。昔は私より背が小さかったのに、今じゃ抜かされて、大スターだもんな』

「アイルさんのおかげです。あなたに助けてもらえなかったら、今のわたしはいません」


 心陽は幼少期の出来事を思い出しながら話す。

 心陽も一般的な家庭に生まれた。父は漁師で、母は看護師。心陽が五歳の頃、彼女と両親を乗せた観光バスが魔物に襲われ、その危機を、当時ランク一位だったアイルが救ったのだ。


『私は務めを果したまでだ。まぁ、それが巡り巡って、最強のヒーロー誕生に貢献できたことは、光栄に思っているよ……』


 僅かに流れた沈黙から、心陽は違和感を覚える。


「あの、アイルさん?」

『ん?』

「わたしに聞きたいことって、なんですか?」

『その、ネガティブな意図はまったくないんだが――』


 通話の向こうで、苦笑が漏れる。


『心陽。お前は地球生まれで、転移人(てんいびと)でも、転生人(てんせいびと)でもないよな?』


 心陽は息が詰まった。


「どうして、そんなことを聞くんですか?」


 アイルはかつて、心陽とその両親の命を救っている。だからアイルは小さい頃の心陽を見ているし、両親の顔もわかるはずだ。


『即座に「うん」と言わないところからも察しがつくが、君は私が助けた頃から、そういう者(、、、、、)の目をしていた。同じ年齢の子供よりも格段に物分かりが良い、勇太と同じ目だ』


 この人には敵わない。と、心陽は改めて思った。


「――勘付いて、いたんですね?」

『まぁ、なんとなくだが。お前から口にしないのなら、その必要がないか、したくないかの二択。だから私も、そこに関しては触れないようにしていたんだ』

「なら、どうして今……?」

『前世と、剣のこと』


 まさかアイルの口からその言葉が出るとは思わず、心陽は手に力がこもった。


「勇太くんから聞いたんですね? ……アイルさんは、勇太くんの育ての親、ですものね」


 情報源が彼とは限らない――そんな可能性に甘えたい気持ちを振り払って、心陽は正面を見つめた。

 アイルさんは知っていて、わたしは知らない。

 拳に爪が食い込む。


『勇太にとって前世と剣は、かなりセンシティブなんだ。だから、お前があいつにそのことを聞いた理由が知りたい。……いや、知らなくちゃならない』


 やはり、彼が話していた。


「なにがどうセンシティブなんですか?」

『悪いが、それについては勇太から口止めされている』


 ぞわり、と。

 心陽は、自分がたった今考えた手段に怖気立った。


「なら、こうしませんか? わたしもアイルさんに聞いてもらいたいことがあります。たぶん、

あなたが望む答えがその中にあります。だから、わたしがすべてを打ち明けたら、勇太くんのことも、教えてください」


 勇太に直接聞くことは、結局できなかった。

 故に心陽にはもう、こうするしか手がない。


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