第八話 自称美少女小学生総理
第八話 自称美少女小学生総理
「で、どうするよ」
コボルトのダンジョンを攻略した翌日、日曜日。
巴君の部屋にて、ジュースで乾杯をした直後の発言である。
「え……とりあえずポテ●の袋あける?」
「そうじゃねぇよすっとこどっこい」
「すっとこどっこい!?」
今日日聞かんぞそんな罵倒!?
「反省会は昨日もしたけど、疲労であんま出来なかったじゃん」
「ああ。それで今日のお疲れ会でもやろうと」
「そゆこと」
マジか。完全に今日は遊ぶ気分で来ていたのだが。お疲れ会というかもう祝勝会のノリで。
「まずアレだよ、アレ。オレとしては、手数が少なすぎて泣きたくなったぜ」
ポ●チの袋を開けながら、巴君がぼやく。
手数なぁ。僕も『豊穣の祭儀』について確認とかしなきゃなんだが、中々踏ん切りがつかないからなぁ……。
まあ、今は自分の固有異能より巴君の戦力事情である。
「呪術以外にも異能ないっけ?」
「ある。でも『占い』は戦いには使えないし、『魔女の軟膏』は今作れないんだよなぁ。材料がねぇ」
「材料……いもりの丸焼きとか蝙蝠の羽とか?」
「いや。『トリカブト』と『大麻』。あとは『ヒヨス』や『マンドレイク』、『ベラドンナ』とかだな」
「 」
後半はマンドレイク以外わからんけど、前2つは普通にヤベーやつでは?。
「トリカブトはともかく、他は流石に通販で買うのは難しくってなぁ……」
「当たり前だよ……」
正直ひく。ごりっごりに危ないお薬じゃん。一般人が扱っちゃ駄目なやつじゃん。
「……一応聞くけど、軟膏って何ができんの?」
「ん?色々できるぞ。『鍵開け』『変身』『飛行付与』『透明化』『幽体離脱』。あとはぁ……」
本当に色々出来るのだなと聞いていると、巴君がそこで区切った。
そして、ニンマリとエロ親父みたいな顔をしながら、内緒話でもするみたいに顔をこちらに近づけてくる。
「媚薬にもなるんだよ」
「なっ」
「いやぁ、夢が広がるよなぁ。清楚な美少女の首筋にすれ違いざまにスッと塗ってその後の反応を陰からこっそり見たい!!」
「は、犯罪はやめよーなー」
「流石に冗談だって。そういうのは妄想の中だけに留める理性はあるわい」
そっと目を逸らしながら一応注意する。
やべぇ。『媚薬』という単語で前屈みになった巴君の、チラリと見えた深い谷間に視線が釘付けになりかけた。
「……今度、君の分も武器に魔力を付与していく?」
「そうだなー。ただ、この体のせいか非力なんだよなー」
「嘘こけ絶対に前の体より身体能力高いぞ」
「は?元のオレは本気だしたら運動部にも勝てるはずだが?」
「思い出補正えげつねぇってレベルじゃねぇぞ」
君が中学の頃、文化部の女子に100メートル走で負けていたのを忘れていないからな?まあかく言う僕も中の下ぐらいだったけど、体育の成績。
「それでも無いよりはマシだろうし、なんか武器になる物用意してくれたら魔力付与するから」
「頼むわ」
「でもタダってわけにはいかんなぁぁぁ?」
爽やかな笑み(当社比)を友人に向ける。
世の中、『友達だからタダで』なんて事をしていたら友情があっという間に砕け散ったなんて話は腐る程にある。
それを避けるために、誠実な対応が必要だと思うなぁ僕は。
「くっ!オレの体が目当てか、この変態め!!」
「人聞きわっる!?僕がそういう要求する奴に見えていたのか!?」
「だってよくオレの胸とか尻みてるし」
「ナンノコトカワカラナイデース!」
全力で顔を背ける。
え、見てた?マジで?
……いや、認めよう。正直、自分は現在の巴君に性的な感情を抱く事がある。
しょうがないのだ。ほんと、見た目だけは超絶美少女なのである。そのうえデカ乳デカケツのドスケベボディ。エロアニメの住民かよ。あるいはソシャゲの女キャラ。
健全な男子高校生としては、中身が野郎だろうと肉体がコレだとムラッと来てしまうのは避けられない。
むしろ土下座して、『後生ですから生乳を揉ませてください!!』と頼み込まないだけ自分の理性が強靭だと褒めてほしいところだ。
言わないけども。それを口にしたらマジで友情が消えるぞ。
「じゃあ何が望みだよぉ」
「ストレートに金。あるいは物品。具体的に言うとなんか奢れ」
「えー。カップ麺でいい?」
「やっす。せめて祝勝会のお菓子代ぐらい出せや」
「ちっ、しゃーねーなー」
「はぁん?これでも安くしとるねんぞ!たぶん。相場知らんけど」
実際、武器や防具に魔力を付与するのがどれぐらいの価値なのか、さっぱりわからん。
材料なんて対象とする物品を除くと、でかいビニール袋とマジック、そして自分の血だけだ。技術には価値が、という点でも、降ってわいた力である。値段のつけようがない。
だからまあ、今はこれぐらいでいいのだろう。知らんけど。
ただまあ……天使曰く、『元々霊能力者やエクソシストはいる』という話だし、どこかに魔力関係の道具について相談できる所があればいいのだが……。
「で、後はアレだよな。経験値の分配」
「それな。つっても、どうするよ」
「さっぱわからん。止めだけお前から譲ってもらうのは鼬の最後っ屁のリスクがあるしなぁ。4枚羽になんか書いてあればいいんだが」
「これの解読、さっぱりできる気がしねぇんだけど」
割り箸でお菓子を食べながら二人してスマホを弄る。この後ゲームしながらだべる予定だったので、素手でスナック菓子とか食べるのは駄目かなと。
「なんだよ、必死に調べた結果12カ国語に加えて現代じゃ誰も使っていない昔の文字とか」
「スマホでどんだけ検索しても、大昔に使われていました、以上の情報出なかったからな。ま、そもそも12カ国語の段階で匙投げたけど」
いくら翻訳系のアプリやサイトがこの世に数あれど、限界はある。主に使い手側に。
便利な道具を用いるにしても、使う側にある程度の知識が必要になるわけか。それでも4枚羽は色々と不親切だと思うけど。
いや、タダで貰ったアプリをここまで悪し様に言うのも良くないか?でもなぁ、愚痴の1つや2つ言いたくもなる。
「しっかし……こうして『次』の対策を考えているけど、やっぱ他にもダンジョンがあるのかねぇ」
「そりゃそうだろ。アレが世界最後のダンジョンだったら、今頃天使たちから感謝状の1枚ぐらい出てるだろうさ」
口を『へ』の字にしながら巴君がそう言って、ジュースを一気飲みする。
「……ダンジョンがどういう場所に出来るのかは知らないけど、もしかして人死にがあった場所とかが多いのかもしれないな。たしかアレだろ?コボルトの所は」
「二十年前に火災で住民が亡くなった土地だよ。でも、一カ所だけで判断するのも」
「そうなんだよなー……。まぁじで情報が足りね。せめて次に新しく出来るだろうダンジョンの場所でもわかりゃあいいのに」
「そこはほら。占いでわかんない?」
「そこまで便利じゃねえんだよ。特に自分が関わる様な近距離の占いだと、余計になー」
そう言って、チョコクッキーを食べながら巴君が部屋のテレビに電源をつけた。
こいつの家、何気に金持ちだよな。リビングやキッチン以外にも部屋にテレビがあるとか。今時大抵の事はスマホ1台で済む事も多いけど、こういうの見ると少し羨ましくなる。
『これより緊急で総理からの記者会見があります。例の自称天使が国会に現れてから1週間。はたしてどの様な────』
画面には真面目な顔で喋るアナウンサーが映っていた。
そうか。世界が変わって、今日でちょうど1週間か……。
ちらり、と巴君の方を見る。友人が女性に変わってしまってそれぐらい経つわけだが、やはり違和感は拭えない。
でも、できれば今後もこの関係を維持したいものだ。他に友達がいないというのもあるけど、異能の事を気軽に話せる人が他にいないというのもある。
どこまで喋っても平気なのか。身内に異能者がいると認識する事が、どれぐらい魔物との遭遇率に影響を出すのか。そこらの事が、未だにわかっていない。両親に相談ができるのは、まだ先だろう。
その点、どうせ同じ異能者なのだからと。なんでも話せる相手というのは貴重だった。
『木下総理が入って来ました。彼はあの日以来少女の様な姿のままであり────』
そんな事を考えていたら、画面では木下総理が壇上に上がる所だった。
何というか、色々と小さい。元々は中肉中背の、60後半のどこにでもいそうなオッサンであった。
しかし、今の総理はどう見ても子供。というか幼女である。
長い銀髪にそこから覗く小さな角、先端がハート型になった尻尾と、漫画とかに出てくる小悪魔めいた特徴がある。
緋色の瞳は大きなアーモンド型で、小さめの唇は画面越しでも柔らかそうだ。
丸みを帯びた頬も血色がよく、誰が見ても総理の元の姿とは結び付かないだろう。
ただ……その……。服装というか、その辺りまでかけ離れてしまっているが。
なんだあのスカート。タイトスカートなのだが、やけに丈が短い。髪の毛もツインテールに纏められているし、靴にも低めだがヒールが付けられていた。
馴染んでいる。やけに女性物の服装に馴染んでいるぞ、この60代後半のオッサン。
「……すげーな、この人」
巴君がドン引きしながら畏怖していた。まあ、うん。君の境遇から見ると複雑だよね……。
子供の様な体躯なのに何故かそこだけ大き目なお尻を振りながら歩いてきた総理が、マイクを手にカメラへと向き直る。
『まずは皆さん。急遽この様な場所に集まって頂きありがとうございます』
舌足らずな、妙に甘い声。幼さの残る顔に蠱惑的な笑みを浮かべながら、総理が続ける。
『単刀直入に申し上げますと、私は本日。内閣総理大臣の職を辞するつもりでこの会見を開かせて頂きました』
画面の向こうのざわめきは、小さい。
それもそうだ。体があそこまで変わってしまった人物に、今後も総理という地位を続けられるかは疑問があると、どこのテレビ局も言っていた。
巴君を見る限り特に健康上の影響はなさそうだが、それでも不安はある。
この混乱する社会で、総理にそんな状態というのは危険だ。これが手術で変わったというのならともかく、超常の力で突然ああなったわけだし。
『理由は勿論、この体になった事です。長年苦しんできた腰痛や胃もたれから解放された事は喜ばしいですが、やはり不安もあるのです』
総理が、長い髪を揺らしながら首を横に振る。
『この愛らし過ぎる美貌が、国民の皆様全てをロリコンにしてしまわないか……!』
……これは、ジョークなのだろうか。
その時、この映像を見ていた全ての人間の心が1つになったと思う。
『ご覧の通り今の私は可憐すぎる!その上、エッチです!とても、エッチなんです!』
「流れ変わったな」
力説し始めた総理。
残念な事に、どうやらガチのようだ。
『そのせいで謎の黒服集団から『孕み袋になれ』と襲われる始末!撃退には成功しましたが、この様に人の道を踏み外させる存在が、これ以上国会にいては大変な事が起きてしまう!もうこれは、性癖の夜明けですよ!!』
あの世の坂本龍馬に詫びてこい。
というか普通に事件が起きている件について。やべーじゃん、その黒服連中。
『日本のセックスシンボルとなった私には、もうただの美少女になるしか道はない……!投票して下さった皆さんには、申し訳ない限りです……!』
たぶん投票した人達が求めている謝罪の方向性は違うと思う。
『ですが、ただの美少女、否!美少女小学生になる前にやるべき事がある!!』
なるな。小学校に入学し直そうとするんじゃねえぞ変態。
『私は、この日本に新しく『ダンジョン対策庁』の創設が必要であると思っています!!』
「……はい?」
あまりにもファンタジーな言葉に、思わず声が出る。
いや、そのファンタジーに直接触れていた身ではあるが、変態とは言え総理大臣がカメラの前で口にした発言とは思えなかったのだ。
巴君と顔を見合わせ、お互いわけがわからないまま画面へと視線を戻す。
『天使が現れ!私の様な美少女小学生が現れ!そして異能と呼ばれる特殊能力が存在する!何より、私は……内閣総理大臣である私は、知っているのです!!』
記者たちがざわつく中、総理はハッキリと続けた。
『政府には、陰陽寮がまだ残っています!名前を変え、場所を隠し、超常の力を扱う機関が存在しているのです!!』
画面の向こうの騒がしさが増す中、総理は薄い胸に手を当てながら記者たちを見回した。
『あるいは、この中にも既に霊能力者と関りのある方もいるかもしれません。彼らは1000年以上も昔から、日本の裏側にいました。海外にも、エクソシストや魔法使いの集団がおります。政治家や一部の特権階級は、彼らと繫がり続けていました』
とんでもない情報が出てきた。
いや、予想はしていた。天使が降臨したあの日から、そういう陰謀論とすら呼べない説が真実なのではないかと。
しかし、こうして現職の総理が公言するのは別である。
ただの予想が、事実へと変わった。政治とか経済とか素人の自分でもわかる。
荒れるぞ……間違いなく、全てが!
『彼らには、その知識や技術を国家の為に大々的に使って頂きたい!そして、先週天使の方々によって異能者となった国民の皆さんにも、協力してほしいのです!』
マイクを手に、木下総理が壇上から跳び下りた。
『私が美少女小学生冒険者となり、『支持率激低総理、異能の力で最強の冒険者に~今更国会に戻って来てと言われてももう遅い。私は美男美女な酒池肉林パーティーで第二の人生をエンジョイするので忙しい~』というプランを完遂する為に!!』
シャブやってんのかこいつ。
「シャブやってんのかこいつ」
友人と同じ事を考えていたらしい。
ざわついていた記者たちも固まっている。そりゃそうだよ。リアクションに困るってレベルじゃねぇぞ。
ドヤ顔でない胸を張っている木下総理だが、ドタドタという足音が画面の端から近づいてきている。
『おっと。例の私の魅力にやられ、ロリコンの暗黒面に堕ちてしまった人達が来たようです。それでは、質疑応答もできないまま申し訳ございませんが会見はこの辺りで』
そっと、総理がマイクを床に置く。
『私、普通の美少女小学生に戻ります☆』
戻るな、小学生に。せめてこのわけわからん空気どうにかしてからにしろ。
そんな思いなど画面越しに伝わるはずもなく、総理はわざとらしい女の子走りで駆けていく。そして、突然カメラにノイズが走りテレビには綺麗な花畑と『少々お待ちください』のテロップが。
眉間をもみほぐしながら、巴君に振り返る。
ダンジョン対策庁?総理が辞任?
日本には実はまだ陰陽寮があって、霊能機関が各国にも存在し権力者たちと繋がっている?総理の言っていたロリコンの暗黒面な人達は、まさかそれ関係?
いや。それよりもまず、巴君に聞かないといけない事がある。
「君も小学生になるとか言わないよな?」
「殺すぞ」
ごめんて。
読んでいただきありがとうございます。
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Q.「4枚羽」って例のアプリを呼称する理由は?呼びやすさならもっと他にあったんじゃない?
A.
幸太朗&巴
「「だってその方が格好いいから……!!」」
4枚羽と聞いてまずガン〇ムのクシャトリ〇が浮かぶ作者です。