閑話 魔女の献身
閑話 魔女の献身
サイド なし
『『グシスナウタル』!』
迫るイナゴ人間の群れ。もはや塊と言えるほどの密度となったそこに、回転する矢が撃ち込まれる。
螺旋を描く鏃が周囲の魔力までをもかき乱し、空間その物を巨大なミキサーにして周囲の魔物を引き裂いた。
たった一矢で数十の怪物が死に、しかしそれでは終わらない。
数十が死ねば、数百の魔物が空を飛ぶ大鍋に襲い掛かる。
『『アンサラー・アサルト』!』
近づいてくるイナゴ人間共から全速力で距離を取りながら、巴がサーベルを自身の周囲で縦横無尽に回転させた。
組み付こうとする魔物が切り裂かれ、大鍋から集団が距離をとる。
『いくら何でも多すぎ!どんだけいんのよ!』
矢を回収する間もない猛攻に、大鍋の中で巴は絶叫した。
いかに『魔女の軟膏』が低燃費とは言え、限度がある。こうも使い続ければ、魔力切れはそう遠くないだろう。
───『アレ』を使おうかしら。
一瞬巴はそう考えるも、それこそ魔力切れのリスクが高い。広範囲、そして大群を殲滅する手段を魔女は持っているが、しかしそれで仕留めきれなければ撃墜されるのは自分だ。
鍋の中でそう考えながら、必死に回避軌道をとる。だが、イナゴ人間共から距離を取り過ぎる事もできない。
なんせ、奴らは魔力を放出し『囮』となった豊穣神を狙っているのだ。巴が道を開ければ、すぐさま川内幸太朗の元へと群がるだろう。
『なんで私がこんな苦労を……!あの馬鹿太朗!』
正直言って、巴が守りたいのは自身と家族、そして友人だけだ。
その友人も、幸太朗と梓、そして如月家の巫女達程度。10人にも満たない彼ら彼女らを引き連れて、この町から離脱するというのが個人的な最適解だった。
赤の他人の為に命を懸けられないというのは、薄情ではなく普通の事である。この思考は、決して間違いなどではない。
だが、肝心の守りたい対象が何をとち狂ったか自らを囮にしているので、魔女も逃げられないだけである。
『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!後で泣かす!』
怒りのまま絶叫をあげた、その時。
バキリ、と。嫌な音が鍋の外から響く。
『げっ』
鍋とその蓋の隙間にある、外を確認する為の小さなスリット。そこから、巴はサーベルの刀身が真ん中で折れているのを目撃した。
元より、普段から散々魔物を斬っている剣である。素人がネットから仕入れた知識頼りで手入れしていた所に、こんな激戦に放り込んだのだから無理もない。梓や葛城からの助言は、格好つける為に聞いていなかったのである。
当然の結果ではあるが、当時者からすれば最悪としか言いようがないタイミングであった。
『ギチギチギチ……!』
歯を打ち鳴らし、イナゴ人間達が大鍋へと距離を詰める。
薄い羽を高速ではためかせ、魔力による推進力もあり急接近する怪物達。彼らはまず巴を食い殺してから、豊穣神の元へと向かうつもりである。
同族が数百ほど殺されたが、彼らにそれをどうこう思う感情はない。恨みでも怒りでもなく、生物としてあまりにも単純な欲望だけでイナゴ人間共は動くのだ。
食欲。ただそれだけをもって、彼らは生まれた。
迫る怪物共に対し、巴は鍋の蓋を勢いよく開ける。
「しゃーない!こうなったらいっそ!」
鍋の淵にヒールを履いた左足をかけ、瑞々しい唇で弧を描きながら。
「私も楽しんでやろうじゃない!!」
その両手に、それぞれサブマシンガンを構えて。
「レッツ、ショータイムッ!!」
響き渡る破裂音。止まることなく連続して放たれる鉛玉が、接近していたイナゴ人間を蜂の巣にする。
乱射による反動を異能者としての膂力で強引に抑え込み、巴は哄笑をあげた。
「あははははははは!なにこれ、癖になりそう!トリガーハッピーになっちゃう!なった!!」
大鍋でバック飛行しながらマシンガンで弾をばら撒いた事で、再びイナゴ人間共との距離は多少開いた。
しかし、すぐに弾丸は尽きる。
「ふぅ……私ったら百発百中ね!」
命中率は10%未満であった。
弾切れになった銃を鍋の中に放り捨てるなり、魔女は続けて別の銃を取り出す。
「さあ、次いってみましょう!」
軽機関銃である。それもあろう事か、米国陸軍正式装備とされる物だった。
華奢な肩に紐をかけ、脇に構えた機関銃から盛大に弾丸が発射される。どこでこんな物を手に入れたかと言えば、当然如月一族がヴァイオレットの店から買った物であった。
「FOOOOOOO!!試射とか色々適当に言いくるめて、一部貰っておいて大☆正☆解!だったわ!最っ高ねこれ!銃は趣味じゃなかったけど、やっぱりこっちも浪漫があるわ!」
一発一発が魔力付与され、重機関銃相当かそれ以上の破壊力を出している。
かすめただけでイナゴ人間共は外骨格を打ち砕かれ、赤い血飛沫をまき散らしながら落下していった。
しかしこれもまた、すぐに弾切れとなる。
真島巴は銃に関してまったくの素人であり、基本的な発砲と装填方法を葛城から電話で聞いただけだ。弾の節約や撃ち分けなどと言う考えは、引き金を引いている間は頭からすっぽ抜けている。
「ふっ……もしかして私、天才なのでは?命中率100割でしょこれ!」
100割などという言葉は存在せず、現在の命中率は1割程度である。
「さーて次は……ひょ?」
そこで、ノリノリで次の銃を出そうとした巴に影がさした。
考えるより先に鍋の中に引っ込んで蓋を閉めた魔女に、イナゴ人間が強襲する。
高度をとって死角に入り込み、曇天を背にしてほぼ真上から2体のイナゴ人間が飛び蹴りを繰り出したのだ。
『みぎゃあああああああ!?』
グルグルと回転して落ちていく大鍋から絶叫が響き、それを追いかけて2体のイナゴ人間は降下した。
迫る彼らに、大鍋が急停止。蓋が勢いよく開かれ、中から黒光りする銃口が突き出される。
「いきなり飛び蹴りとか、なってないのよマナーが!!」
怒声と共に引き金が引かれたのは、イタリアの傑作とさえ呼ばれるショットガン。
セミオートで放たれた散弾が、イナゴ人間を襲う。
対魔物戦闘では相手をノックバックさせる力が重要と考えられ、使用を見送られるはずだった散弾。
しかし、小型かつ高速な魔物対策で試験的に購入された物を巴はちょろまかしていたのである。
そして、この場では最適解とさえ言える弾丸であった。
ばら撒かれた鉄球が、見た目よりも脆いイナゴ人間の外骨格を粉砕。バラバラに四肢を弾け飛ばさせた。
「HAHAHAHAHA!天才ガンマン巴ちゃんに勝とうなんて、百年早いわ!」
なお、全弾撃ちつくしてカス当たりであったが、それでも倒せる程に魔力付与された弾とイナゴ人間に性能差があっただけである。
「さて、と。……多くない?」
ひと段落して『グシスナウタル』の矢を回収しながら、巴は上半身だけ外に出して空を見回した。
既に、数千を打ち倒した事だろう。武器の性能があったとはいえ、一騎当千と言える活躍だ。あるいはそれ以上と言っても良いだろう。
しかし、それでもなお──イナゴ人間の影は消えていない。
弾丸を惜しみなく消費して倒した数と、同数かそれ以上と思える程の魔物共が、今も豊穣神の血肉を求めて飛行していた。
その光景に、思わず巴が頬を引き攣らせる。
「やだもー。あのモブ顔。なんで魔物にはこんなにモテるのかしら。人間にはモテないのに。……人間にはモテないのに!!」
大事な事だからか2回も言った後、うさ耳を風に揺らして魔女は天を仰ぐ。
「……しょうがない。乗り掛かった舟よ。私に一生感謝しなさい、モブ太朗」
そう言った直後、巴が硬直した。
「ち、ちがああああああう!『オレ』!私ちゃう、オレ!飲まれるな!心のオチ●チンを勃起させろ!取り戻せ益荒男ハート!世界中の美女がオレの帰還を待っている!はず!!」
長い銀髪を振り乱して発狂する魔女の耳に、とんでもない轟音が届いた。
「今度はなにぃ!?」
涙目で河川敷の方に振り返れば、大きな橋の一部が崩落して盛大な水しぶきと土砂をまき散らしていた。
その光景にドン引きしながら、未だ垂れ流される友人の魔力に彼の生存を感じ取って巴は安堵する。
豊満な胸に手を当てて息を吐いた後に、魔女は碧眼を鋭くさせた。
「あれだけ派手にやってまだ、決着がついていないわけよね……」
視線を正面に戻せば、やはりイナゴ人間共は巴の方に、更にその向こうの幸太朗へと向かってきている。
その事実が、戦闘は終わっていない事を教えてくれた。
「まだまだ時間稼ぎは必要、かぁ。いっそ『ここから先は通行止めだZE』とかキメてみようかしら……」
大鍋の中でバッグを漁り、サブマシンガンの予備マガジンを引っ張り出す。
その際に、巴は魔法の鞄の中でかなりの面積をとっている邪魔くさい銃に……便宜上、『銃』と呼んでいる物に気づいた。
「あー……そう言えば、これ預かっていたんだっけ」
自分が使うかと考えた後、巴はすぐにその考えを否定した。こんな化け物銃。己が使おうものなら鍋ごとひっくり返るのは間違いないと思ったのである。
では、やはり本来の持ち主に押し付けるのが正しいか。
そう考えて、魔女は軟膏を銃身に塗りたくる。
「……今回、まるでパシリみたいな事をさせられているわね。これはもう、後であの馬鹿をパシらせるしかないわ」
弓に矢を番え、折れたサーベルの代わりに山刀を傍に浮かせながら。
魔女は、ニヤリと微笑んだ。
「そうね。それがいいわ。どうせだから、あの童貞のメンタルが死にそうな物……女性物下着でも買わせましょう!どういうのか指定せず、売り場に1人で行かせて選ばせてやるわ!」
名案だとばかりに吠えながら、巴は『届け物』を送り出す。
買わせた下着をどうするかは、未定であった。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつもありがとうございます。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
Q.堕ちてない?
A.それにつきましては、大本営から発表があります。
大本営
「真島巴。奴はメス堕ちなどしていない。一時的に女性口調が出る事もあるが、大局的に見れば未だ心に逸物を残しているのは確実である」
大本営付き特別軍師の海のリ●クさん
「然り。私の目をもってしても、メス堕ちの傾向は見られない。断言しましょう。真島巴はメス堕ちなどしていないと!」




