第五話 いざダンジョンへ
第五話 いざダンジョンへ
「いやー、ダンジョンに行くのって緊張するなー」
「ゲームしながら言っても説得力ねーべ」
天使の記者会見があった翌日。放課後に巴君の家に遊びに来ていた。
訂正。ダンジョン攻略に向けて作戦会議をしに来たのである。ちなみに今回はちゃんとお土産持ってきた。コンビニのプリンだけど。
で、現在何をしているかと言うと。
「うおおおおおおお!」
「ボタン連打しても落ちる金は変わらんて」
『松尾クエスト8~受け継がれる酒代~』
国民的人気ゲーム、松尾クエストである。
平安時代、京都に住んでいた松尾は牛車に轢かれてしまい異世界転移してしまうのである。
何でも勇者召喚とやらに巻き込まれた松尾は、王様から木の棒と鍋の蓋を貰い魔王を討伐しに向かうのであった……というストーリー。
え、画面がどう見てもドラゴ●クエスト?ちょっと何言っているかわかんないですね……。
松尾シリーズは牛車で京の都でレースしたり、大江山で鬼の兄弟が大乱闘しているヒットメーカーですが、なにか?
「ちゅっちゅっちゅ。わかってないなー、幸太朗は」
「待って今『ちっちっち』て言おうとした?マジで?」
「うっせぇバーカ」
「は?馬鹿って言った方が馬鹿だが?」
「そこツッコムなよ。まさかお前、オレ様がただ単に遊んでいるだけだと思っているのか?」
「うん」
なんなら遊びに、もとい作戦会議しに来た友達を放ってコントローラー独占しているクズとも思っているぞ。
せめて対戦ゲームにしろよ。『大江山大乱闘』とか。復帰狩りしまくってやる。
「だからお前は童貞なんだよ」
「鏡みろやボケカス」
「今は異能とかレベルのある世界なんだぜ?鏡みてぇなのっぺりフェイスしやがって」
「OK、その喧嘩かった」
「上等だよ予備のコントローラー出すから待ってろ」
「二人ともー、お菓子もってきたわよー」
「あ、ありがとうございまーす」
「あんがと母さん」
閑話休題。
「で、なんでゲームやってんの」
「レベルとスキル、そしてモンスター。つまり、ゲームからダンジョン攻略のヒントが得られるんだよ!!」
「な、なんだってー!?」
驚愕に目を見開く自分に、巴君がドヤ顔で胸を張る。
おい馬鹿やめろ。乳を強調するな。胸の下で腕を組むな。ロケットボインで人の理性を攻撃するんじゃぁない。
「どうよ、この完璧な作戦」
「超ド級の馬鹿って事はわかった」
「なんだとぅ」
ちょ、爪先でこっちの脇をつつくな。無駄に関節柔らかいなこいつ。
「いや、だって敵も味方もこのゲームと違ってターン制じゃないし。まったくの無価値とは言わないけど、そこまで有用か?」
「………」
そっとゲームをセーブして電源を切る巴君。
「よし、別のゲームやっか!!」
「いや会議しろよ」
命かかってんねんぞ。
「まったく……いい加減真面目に話そうよ!!」
この後めちゃくちゃ格ゲーした。
* * *
そして、ダンジョンへの突入を予定していた土曜日に。
例の空き地の裏手。そこには、あの場所以上に雑草が生い茂った別の空き地がある。
自分が物心つく頃にはこうなっており、この前父さんに聞いてみたら二十年ぐらい前ここに建っていた家で火事が起き住人が亡くなったとか。
なんとも曰く付きの場所である。もしかしたら、その辺りもダンジョンの発生に関係しているのかもしれない。
「なあ」
「どったよ」
「なに、その恰好……」
紺のパーカーにジャージのズボン。フードを目深に被った巴君が、こっちを胡乱な目で見てくる。
やれやれ。これだから素人は……。
「見ての通り、ダンジョン探索に備えた装備だが?」
頭部を守る為に装着したヘルメット!
顔を守る布マスク!下にも布が垂れているタイプで、喉もちゃんとガード!
動きやすさを重視し上下ともに黒のジャージ!足元は登山用のブーツ!手は指を保護する軍手を装着!!
背中にはカロリーバー等の食料に、飲料水が詰まったペットボトルを入れたリュック!
そして何より、右手には観光地で買った長さ60センチの木刀!左手にはホームセンターで買ったポリカーボネート製防犯盾!
これが、僕にできる最善の装備……!
「どうだ。まさに始まりの街をでた勇者……!」
「いや。どう見ても学生運動の人だろ」
「 」
友人の心無い発言に心停止しかけた。
「というか、なんだよその盾」
巴君が指さすのは、自分の左手に握る縦40センチ、横30センチの盾である。ちなみに厚さは5ミリ。
「ホームセンターで買った」
「いや、せめてもっとでかいのを買えよ」
「近所にこれ以上のサイズは売ってなかったんだよ……。かといって通販は絶対に両親から事情を聞かれるし」
いかんせんこれまでの人生ネット通販をやった事がないので、マジでやり方がわからん。いやネットで調べればいいのだろうけども。
しかし届けられる時に、十中八九両親にバレる。そこから芋ずる式に異能やダンジョンの事が露見したら大変だ。自分は嘘がそこまで得意な方ではない。
「最近は物騒だからか、こういうのも売っていたりするんだよ。といっても、あんま需要がないのか隅の方に数個だけ置いてあるだけだったけど」
「マジか」
「マジだ。まあ、ブーツとこれで僕の財布はボロボロだがな……!」
来月発売のゲーム機の為に貯めていたが、背に腹は代えられない……!
「で、そっちの木刀は」
「中学の時に修学旅行で買った。ちゃんと重さと強度があるやつ」
「そういやそんな事もあったな」
偶にお土産用だからと異様に軽く柔い木刀があるが、こいつは十分な強度がある……はず。メイビー。
「……あのさ。幸太朗」
「なに?」
「言いづらいんだけど、普通の武器とか防具って魔物相手にはなんの意味もないぞ?」
冗談でも煽りでもない様子で、気まずそうに言う巴君。
その通り。魔物は魔力で構成された存在。重力にはある程度は引かれたりするが、基本的には幽霊みたいなもの。お化けには鉄砲も戦車も通じないのだ。特別な武器や防具が必要になる。
だが甘い。100均でついでに買ったチョコより甘い……!
「ふっふっふ。なぁにを言っているのかな君は。僕がその辺を忘れる様な間抜けだとでも?」
「おう!」
「元気に言うなおい」
後で殴り合いが必要かもしれない。
「武器や防具に一定期間魔力を付与する事は可能だよ。それこそ1カ月ぐらい」
「え、そうなの!?」
ぎょっとした様子で目を見開く巴君。
「そんな事できたのかよ。どうやって?」
「血を塗りたくった」
「え?」
「掌をズバッと切って、塗った」
遠い目をしながら答える。
まず大き目のゴミ袋をハサミで開いて、そこに魔法陣を描く。
絵は苦手なのだが、何故か魔法陣だけはフリーハンドで綺麗に書けた。たぶん、これも異能の影響なんだと思う。なんせ、これは『付与魔法』の領分なのだから。
その上に魔力を付与したい物品を置いて、自分の血を押し付けながら魔力を流し込む。これにより、約1カ月はその武器や防具は魔物相手でも有効な物になるのだ。
やり方をどこで知ったって?アプリに書いてあった。どうも、この前のアプデで各種異能の使い方についての説明が増えたらしい。
それにしても痛かった……。台所から持ってきた包丁で掌をがっつりやったのだが、痛みで泣いたのは久しぶりだった。きちんと切れるまで、かなり躊躇ったものである。
ついでに、『豊穣の祭儀』のパッシブも確認はできたけど。何もしていなかったのに傷口が瞬く間に治ったので。
……そのせいで、余計に切るはめになったが。
「そんな情報あるなら言ってくれよー。何の為の作戦会議だよー」
「お前がゲーム機取り出したのが原因だが?」
おい目を逸らすな。向き合え、現実と。
「ま、オレには武器なんて必要ないがな!なんせ魔法があるんだし!」
「そうだよ。巴君の魔法ってどんなん?」
「そぉれは見てからのお楽しみってやつよぉ!」
「うっぜ」
遊びじゃないんだが……大丈夫かこいつ。
なんとなく、巴君は魔物との戦いを楽観視し過ぎている気がする。まあ、自分も人の事を言えないが。
しかし、こっちはエクレールを知っているからこそである。
あの騎士の強さは、コボルト程度では止められない。
『エクレール』
種族:守護騎士 状態:——
LV:2
HP:26 MP:21
筋力:25 +2 :27
耐久:20 +1 :21
敏捷:25 +2 :27
魔力:20 +1 :21
霊感:25 +1 :26
異能
・雷撃魔法
・危機察知
・高速連撃
びっくりするほど戦闘特化。太刀筋も素人目ながら達人の様だったし、負けるはずがない。
戦闘はエクレールに任せて、自分はサポートに回ればいいのだから気が楽だ。
この戦い……既に勝利は確定している……!
「それより、準備はいい?」
「おう。早く入ろうぜ。……あんま外にいたくないし」
「あ、うん」
フードを被り直す巴君に、曖昧に頷く。
どうも、あの体になってから周囲の視線が恐くなったようだとおばさんが言っていた。
『見知らぬ誰かが、性別の変わった自分を馬鹿にしているのではないか?』
『誰かに気持ち悪いとか言われたり、珍獣扱いされるのではないか?』
そんな風に、不安になってしまうと巴君がおばさんに相談してきたらしい。
自分に話していいのかと思ったが、信用されている証拠だと受け取ろう。
こんなんでも友人だ。介護やカウンセリングとまでは言わずとも、配慮ぐらいはしてもバチは当たらないだろう。
「じゃ、行こうか……。それはそうと、やっぱ僕の恰好って騎士とは言わずともエクスワイアっぽくない?」
「真っ先に機動隊の放水で倒されてそう」
「ひどくない?」
そんなにか?そんなにこの恰好ださいか?
若干心に傷を負いながら、空き地に入る。周囲に人影はない。元々この辺りは人通りが少ないし、スーパーとかに続く道からも外れている。
雑草を足で掻き分けながら進めば、奥の方で放置された錆びだらけの車の裏にそれはあった。
「これが……」
地面から20センチほど浮かんだ、光の輪。その内側は真っ黒で、向こう側が一切見えない。
一度だけ巴君を振り返り、頷き合って盾を構えながら中に入る。
心臓が高鳴るのが自覚できる。不安と興奮がないまぜになった感覚が、脳を焦がす様だ。
やはり、自分はこういう『非日常』に憧れていたのだと思う。
特別な力を持って、社会では認知されていない怪物と戦う。そんなシチュエーションを、何度も夢見てきた。きっと、自分ぐらいの年頃なら珍しくはないと思う。
その度に、『そんな事起きるはずがない』と思っていたが……こうして、現実となった。
自然と鼻息を荒くしながら、一瞬だけ訪れた酩酊感に目を閉じる。
直後、自分の足裏から伝わる感触は雑草と土のものから、硬い岩肌へと変わっていた。
目を、ゆっくりと開ける。
「おおっ……」
そこは、テレビやドラマで見る様な鉱山の通路だった。
岩や地面を削ってできた、人工的な洞窟。木の柱や枠で壁や天井を補強し、壁にかけられたランタンの蝋燭が周囲を薄ぼんやりと照らしている。
5メートルほどの等間隔で配置されたその光は頼りないが、これならヘルメットにつけたライトを点灯させる必要はないかもしれない。
「すっげ、ここがダンジョンか……」
背後からの声に振り返れば、そこには周囲を興味深そうに見回す巴君がいた。
巴君だけが、いた。
「うんんん?」
「あん、どうした?」
変な声が出た自分に疑問符を浮かべる友人に答える余裕もなく、その後ろへと手を伸ばす。
突然のこちらの行動に眉をひそめながら体をよけた巴君が、背後を振り返って口元を引き攣らせた。
「なあ……さっきオレらが通った入口は?」
「ない、なぁ……」
伸ばされた自分の指先は、空をきる。
うそだろ……退路とか、ないの?あのアプリには『入った後も、出る事は可能である』と書いてあったのに。
より正確には────。
『ダンジョンの主を倒さずとも、出る事は可能である』
と書いてあった。それはつまり、あの入口がないのならダンジョンの主を倒すしか脱出手段はないという事になる。
血の気が引くが、まだだ。まだ自分にはエクレールがいる。
そうだとも。下位のダンジョンの広さは、せいぜい学校のグラウンド程度と書いてあった。それを信じるのなら、ダンジョンの主を探し出してエクレールに斬ってもらえば済む話である。
「え、エクレール!」
自分達の最強の札。圧倒的強さの騎士を顕現させる。
白銀の全身鎧に、同じく白銀の輝きをもった剣を携えた守護騎士。その身体が。
メリィ……。
天井と床に挟まれて嵌ってしまった。
「エクレぇぇぇぇル!?」
『………』
「ちょ、動ける!?それ動けます!?あ、無理?屈んでとか……待って?帰らないでください!ちょ、ちょっと?待ってくださ、待ってぇえええええ!?」
ゴリゴリ、と天井で頭どころか肩まで鳴らしながら、窮屈そうにしていたエクレールが虚空へと消えてしまった。
それに手を伸ばすも、やはり空をきる。
なんてこったい!?
完全に失念していた。というか、浮かれていた。
ここはコボルトの巣。だったら、天井や通路の幅だって奴らに適したもののはず。身長が2メートル50センチ前後もあるエクレールには、ここは狭すぎたのだ。
……あれ、まさかこれ、詰んだ?
「いっ」
「うん?」
そこで、巴君が変な声を出したのでそちらを振り返る。
「嫌だぁあああああ!?」
「うるさ」
無駄に良い声が通路に反響する。
「死にたくない!死にたくなーい!天罰か、天罰なのか!?」
「お、落ち着いて巴君!」
「中学の頃女神や美少女天使が触手やゴブリンに『ピー』で『ピー』や『ピー』されるエロゲをやっていたせいですかぁ!?それとも百合カップルに挟まるシチュが好きだからですかぁ!?ソドムとゴモラ案件って事ぉ!?」
「マジで落ち着け!友達のそういう話は聞きたくねぇよ!」
「最期がこんな妖怪『顔面真っ白なキャンバス』の隣とかいやだぁぁぁ!」
「ふんぬっ!!」
「あべしっ!?」
馬鹿の腰を膝で蹴る。
へたり込みこちらを睨み上げる巴君を見下ろし、木刀を肩で弾ませる。誰が真っ白なキャンバスだ。親から貰った面があるわい。
風呂上りに鏡とか見たら『中の上ぐらいじゃね?』と自分に評判な顔だからな?
「何すんだよぉ!?」
「うるせぇ。コボルトがこっち来たらどうすんだ」
「む、むぐっぐー!」
し、しまったー!って言ったのだろうか。
己の口を手で押さえる巴君にため息を吐いてから、周囲を見回す。
近くに自分よりパニックな人がいると逆に落ち着くと聞いた事があるが、どうやら本当だったらしい。
深呼吸を一回。鼻から吸って、口から出す。
冷静に……なれては、いないと思う。それでも、思考する事はできると思いたい。冷静であれと己に言い聞かせ続ければ、きっと本当にそうなれるはずだ。
「こうなったらやるしかない。やれる事を、やろう」
退路は無し。頼みの綱のエクレールにも大きな制限がかかった。
しかし、やり様がないわけではない。エクレールも、自分達も。
「僕達で、このダンジョンを攻略するんだ……!」
「むっむむー!」
「……普通に喋っていいから」
「おかのした」
「貴様さては意外と余裕あるな?」
テヘペロする馬鹿に木刀を叩き込まなかったのは、自分が冷静である証拠だと思いたい。
とりあえずここは、運命共同体である友人の肩を優しく叩いて冷静さをおすそ分けするとしよう。
「後で殺す」
「ファッ!?」
いかん、本音が。
読んでいただきありがとうございます。
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