第一話 理解する努力
今話は色々と説明になってしまった部分が多いので、後書きに「まとめ」を用意しました。もしも本文の方を読むのが億劫な方は、そちらをご覧ください。
第一話 理解する努力
どうも、川内幸太朗です。歳は15で、高校1年生。
うん。記憶はちゃんとある。そして当然の様にあの意味不明な天使やら女体化やらもがっつり覚えている。いや本当に意味不明だが。
5分間の昼寝から覚め……いや、結局頭が混乱していて眠れなかったが、とにかくクールタイムを挟んでから情報収集に入る。
と言っても、ただスマホとテレビを見ていくだけだが。
両親は今買い物中なので相談できないし、巴君からは『母さんもそう言っていたから、病院行っとく。それでどうにかなる気しねぇけど』という通知だけきているだけだ。
他の友達はいないのかって?中学の頃は他にもいたし……。受験とか進学で疎遠になってあんま連絡しなくなったけど。
とにかく、テレビの電源をつけながらソファーに座ってスマホの方も見る。
『えー、先ほどの国会中継に関して政府は未だなんの説明もしておらず───』
『こちら国会議事堂前です!見えますでしょうか。屋根の上に白い羽が丸まる様に畳まれており、中に天使を名乗る存在がいる事が予測され───』
『ワシントンDCの吉田です!こちらのホワイトハウスでも天使を名乗る存在が演説を行っており、今もその内容はアメリカ全土に放送されています!』
チャンネルを変える手を止め、画面を見ながらスマホで『天使』『国会』と検索していく。
……どうも、テレビの方の情報だと天使を名乗る存在は日本だけでなく、「G20」に加入している国家、及び九つの地域に出現しているらしい。
それぞれの国家や地域で、現地の言葉を使いそれぞれ喋っているとか。翻訳が間に合っていない様で、詳しい内容までは日本だと放送されていないが。
ただ、説明が一番短かったのは日本だったというのは確定らしい。
画面に映るホワイトハウスの真ん前で警察やら何やらに囲まれながら、堂々と笑顔で話し続けている天使を見る。
日本の国会議事堂に出た者と違い、やや大人びていたがこちらもかなり中性的だ。
彼、または彼女は時折記者がする質問にまで丁寧に答え、それを止めようとする警察や謎の黒服をやんわりと宥め……いや、なんで軽く手で宥めるだけで落ち着かせられるの?
それに気づき、頬に冷や汗が流れる。現地の日本人リポーターも何やらおかしなテンションで『天使様は素晴らしいお方です!』とか『天使様優しい!』とか叫んでいるし。
……もしや、わりとヤバい存在なのでは?あの天使。
そう考えながら、スマホの方にも目をやった。
幾つもスレッドが立てられているも、やはりというか有力そうな情報はなし。長々と喋っている各国の天使たちの言葉が翻訳されるのを待った方が……。
「ん?」
書き込みの一つに、奇妙なものがあった。
『スマホに見覚えのないアプリがインストールされている』
それ自体は、ただのネット犯罪系の話でしかないはずだ。なのに、妙に気になった。
詳しくその書き込みを追っていくと、見知らぬアプリが入っていて試しに開いてみたら、オカルトじみた内容と天使やら『異能』とやらの説明が書いてあったとか。
……なんとなく。本当になんとなく、そのページを閉じてホーム画面に。
そして、普段使っているホーム画面から右にスライドする。
自分のスマホは、右側にこれ以上アプリは入っていないのだが。
「マジか」
あった。書き込みにあったのと同じのが。
縦に並んだ四対の瞳。そんなアイコンのアプリをインストールしたものがないものの、確かにそこにある。
設定画面を開いて確認しても、やはりインストールされていた。ただ、容量を一切使っていない。
……とりあえず、機内モードにしてみた。
さっきの書き込みだと、電波を切っていても使えるとあった。この状態で、試しにタップしてみる。
普段なら、こんな事はしない。怪しいアプリなどさっさと消してしまう。そうでなければ親に相談する。自分はそういう人間だ。
でも、今だけは違った。
5分間のクールタイムで、逆に自分は熱に浮かされた様に興奮している。ようやく理解が追い付いた脳みそが、この『非日常』に魅了されているのだ。
だってそうだろう。15歳の高校生が、こんな事態に陥って、どうして冷静でいられるのか。
もしも詐欺だったら、すぐに閉じて電源を切ってしまえばいい。そう思いながらアプリをタップする。すると、一切の淀みなくアプリが起動。
そして開かれたページは、やはりあの書き込みにあった通りだった。
『天界』『魔界』『天使』『魔物』『人間』『異能』『ダンジョン』『ステータス』『メジャーメント』
その他諸々。色んな項目とその説明が記載されていた。背景には、縦に並んだ四対の瞳と四枚羽が表示されている。
「は、はは……」
まるでスマホゲームだな。そんなアプリ内の表示に苦笑いしながら、そっと『ステータス』と書かれた部分をタップする。
理由は単純。その単語に心惹かれたからに他ならない。
『川内幸太朗』
種族:人間・異能者 状態:健康
LV:1 HP:21 MP:26 +1
筋力:16
耐久:25 +1 :26
敏捷:14
魔力:25 +1 :26
霊感:20
異能
・付与魔法
・守護騎士顕現
・魔力炉心
固有異能
・豊穣の祭儀
「ゲームかよ」
思わずそうツッコんだ僕は悪くないと思う。
もっとも、半笑いだったので『危機感が足りない』と言われたらそれまでだが。未知のアプリに自分の名前が表示されているわけだし。個人情報を抜かれているかもしれないのだから。
それでも、自分の顔が笑っている事が自覚できる。
何故なら、これらの文字を見た途端にあの頭痛がしてからあった『妙な違和感』が消えたのだ。
忘れていた事を思い出した様な、あるいは目隠しを取られたかの様な、本当に妙な感覚。
このアプリが『本物』なのか、それとも詐欺なのか。それを判別する手段がわかった。
立ち上がり、キッチンに行って割り箸を探す。確か、箸を忘れた時に備えて弁当箱に……あった。
割り箸を大切に握りしめ、少し迷ってから流しに。
そこに立って深呼吸。それでも心臓は五月蠅いぐらいに高鳴っている。
落ち着かない気分のまま割りばしの端を持って、頭に浮かんだ呪文を唱えた。
「『エンチャント:ファイア』」
少しだけ何だか気恥ずかしくて、呟く様に口にした魔法。
普通ならただの痛い記憶で終わるそれは、しかし、現実のものとなる。
「おわっ」
突如燃え上がった割り箸に、思わず声が出る。落としそうになるのを指に力を入れて堪えながら、まじまじと炎を観察した。
ゆらゆらと揺れる赤い炎は、偽物に思えない。だと言うのに割り箸の先端だけで燃えていて、それ以上燃え広がる気配もない。
試しに、キッチンペーパーを一枚抜き取って火に近づけて見た。すると、あっさりと燃え移る。
「と、とっ……」
少し慌てて水を流し、燃え移った火を消した。そして、改めて割り箸を確認する。
蛇口から流れる水の音を聞きながら、ゆっくりと『消えろ』と念じてみた。すると、まるでガスの元栓でも切られた様に『スン』と炎は消えてしまう。
割り箸には焦げ跡一つなく、指でつついてみても熱くない。
あれは幻だったのか。否。
流れる水を止めて、ボロボロのキッチンペーパーをつまみ上げる。濡れて分かりづらいが、確かに焦げ跡があった。
「本物だ……」
呆然と呟きながら、キッチンペーパーをゴミ箱に捨てて。
フラフラとソファーに戻り、すとん、と座り込んだ。
「……はっ」
やはりというか、笑いがこぼれる。
顔が熱い。心臓は未だ高鳴り続け、指先は震えてしまいそうだ。
あの火がついた時、確かに自分の中で『なにか』が動き、消費した感覚があった。もしかして、アレが『魔力』を使ったという感覚?
信じられない。でも、現実だ。現実なんだ。
ソファーに置きっぱなしだったスマホを手に取り、食い入る様に例のアプリを確認していく。
* * *
それから30分ぐらい黙読して、わかった事は以下の通り。
まず、このアプリは『天界』とやらで天使達によって作られた、今回覚醒した異能者専用のサポートアプリであるとの事。スマホがない場合、手鏡と共に配布されているらしい。
で、天界その他についてだが。
『天界』
天使が住んでいる場所。天使は体が魔力とやらで構成されている。その為、魔力を摂取してエネルギーにしている。また、天使は霊感のある人間か、あちら側が意図しない限り目視を含め干渉できない。
『魔界』
魔物と呼ばれている存在が住んでいる場所。体が魔力で構成されており、それを摂取する事でエネルギーにしている。また、魔物は霊感のある人間か、あちら側が意図しない限り目視を含めて干渉できない。
『人界』
自分達が住んでいる世界。生物は皆大なり小なり魔力を自己で生成しており、僅かにだが無意識に放出している。通常の生き物の中では、人間の魔力量が一番多い。
『異能』
人間が目覚めた魔力を使った力。物理法則や知識を超えて、本能のままに発動されるもの。生まれたての小鹿が歩きだせるように。孵化した魚が海を泳げるように。異能者もまた、その力を行使する。
色々と端折ったけど、だいだいこんな感じだった。
そこで気になったのが、天使と魔物の違いである。
ぶっちゃけ、名前しか違わなくない?とも最初思ったのだが、魔力の吸収方法が違う様だ。
例えばの話。人間が『樹木』だとしよう。
光合成をおこない、酸素を放出する。そんな存在。
そして、天使はその酸素を吸収するだけで済むのに対し、魔物はそれだけではなく、樹木を食べてしまう生物……みたいな?
ようは、天使は人間を殺さないけど、魔物は人間を殺して食べる。その違いだとか。
どうにか自分でも理解できる様に噛み砕くも、厳密には色々と違うと思う。ただまあ、今はこれでいいだろう。
次に『ステータス』について。
筋力とか耐久とか、そういうのは字面でわかる通りなので割愛。
『霊感』
第六感とも言える感覚。これが高くなければ、霊体である天使や魔物への干渉ができない。「16」もあれば接触には十分。
ただし、この数値が高い程に魔法やら何やらで隠蔽された物や存在に気づき易くなる。
……わりと大事な能力なのでは?
ちなみに、霊感を含めた筋力とかその辺の数値の目安は「10」が一般。「20」がドーピング等を含めた常人の限界だそうな。
その辺を考えると、自分のステータスはかなり高く感じる。筋力とか本来ならそんな高くないはずだけど、異能者になった影響で上昇しているのだろうか。
そして、異能者は『LV』が上がるごとにそれらが強化される。
その辺りは本当にゲームみたいだが、大前提としてステータスはあくまで『おおよその観測情報』と書かれていた。ようは、過信はするなとのこと。
ついでに、レベルの上げ方もコンピューターゲームとは少し異なる。
魔物や天使、そして生命を殺めた場合にその魂の一部を吸収して力を得る事は可能。だが、そういった行為をしなくとも修行で経験値的なものを溜める事もできるそうな。
具体的な例だと『筋トレ』『山登り』『滝行』『瞑想』とか。といっても、魂を摂取するよりも効率は悪いとも書いてある。
そして、自分がもつ『異能』と『固有異能』について。タップしてみたら以下の事が表示された。
『付与魔法』
自他、及び物品に魔力を用いて特殊な効果を与える。ただし、バフができる範囲が通常より広い分デバフの類は使えない。
『守護騎士顕現』
魔力を消費し、己を守る騎士を顕現させる。その能力は発動者で異なるが、変化する事はない。忠実な下僕として動く。
『魔力炉心』
魔力の器を広げ、またその回復を速める。
これらの能力はレベルが上がる事で上昇する。……と、アプリに書いてあった。
そして、『固有異能』。
これが……なんというか、よくわからない。
『豊穣の祭儀』
その血潮は信者の群れであり、その肉体は祭壇であり、その魂は己の為の神格である。
たった一人の祭は、柏手一つで完了する。また、外部に出力しないのであれば、その祭儀はただ生きているだけで魔力も消費されずに行われ続ける。
豊穣の恵みは如何なる病も呪いも傷も打ち払い、不老長寿を約束する事だろう。
そして、黄泉からの帰り道さえ示す事も。
……わかった様な、わからん様な。
とりあえず凄い回復魔法……的な?パッシブとアクティブを兼ね備えたタイプの。
ただ、『黄泉からの帰り道』って、まさかとは思うけど死者蘇生?確かに豊穣神で黄泉帰りとかの伝説は聞いた事があるけども。
これ、もしや使っちゃまずいやつなのでは?アスクレピオス、ギリシャ神話で死者蘇生をして冥界に落とされたお医者さんの伝説は有名だし。
今の所試したのは付与魔法だけだが、他の異能は家の中で突然試すのはやめておくか。
とにかく、このアプリを信じるのなら世界はゲームみたいなものに変わってしまったらしい。
現実に虚構が混じる、何とも奇妙な状況である。正直、実感が持てていない。
どこかふわふわと地に足がついていないというか、夢を見ている様だ。
どうにか、今起きている事を受け入れ、冷静に物事を判断する必要がある。こういう時、無暗に何かをすると事故るのが自分という人間だ。
思い出す。小学校の頃、自転車に乗れる様になって調子にまでのってしまい、派手に転んでアスファルトで膝を『ガー』っと。
……腰がひゅん、てして、少しだけ現実に戻れた気がする。でもこれ以上思い出すのはやめておこう。
それはそうと、アプリ曰く天使相手に周囲の人々がやたら好意的なのは、『存在の格』が問題らしい。
……いや、うん。説明を読んだけど、いまいちわからん。
何というか、霊的に強い存在は威厳と言うか、なんというか。そういうのがあるらしい。
その上で敵対関係にあるとかでもなく受け手側に魔力とかが一定以上ないと、ああして心酔したみたいな状態になる。……らしい。
となると、あの天使はそれをわかった上でやっている?
そう思い、今更になってつけっぱなしのテレビへと視線を戻した。
ちょうど、再びスタジオからホワイトハウス前に移る所だったらしい。中継が繋がる。
『吉田さん、そっちに何か動きはありましたか?』
『あ、はい。えっと……先ほど、英語でなのですが。天使を名乗る存在が謝罪をしていまして……。早口だったのでよく聞き取れなかったのですが、『わざとじゃないんです』とか『今後は魔力を抑えます』とか言って消えてしまいました』
『……それは、どういう意味でしょうか』
『それがこちらにもわからず……』
困惑した空気がスタジオと中継先の間で流れる。そして、リポーターは先ほどの様なハイテンションでもなくなっていた。
……え、まさかただのうっかり?
画面には何やら顔を赤くして恥ずかしそうに夜空へと消えていく天使の姿があり、それはまるで逃げていく様にも見えた。
……えぇ。
今の所、自称天使が『とんでもない面倒くさがり』と『洒落にならないドジっ子』しかいないのだが。
たらり、と。冷や汗が流れる。興奮で五月蠅かった心臓も、正常に戻り始めていた。
……世界は、どうなってしまうのだろう。
非日常に対する感情が、不安へと傾いた瞬間だった。
そのタイミングで、玄関から聞こえる両親の『ただいまー』という声で現実に引き戻される。
「幸太朗、ちょっと手伝ってー!なんだかスーパーでやけに人が多くって、疲れちゃった」
「あ、はーい」
……買い物と運転で、テレビやネットは見ていなかったらしい。天使の存在と国会で起きた事とか、両親にはなんと説明したものか。
自分と同じく小市民的な二人は天使の話を聞いて最初は冗談だと笑い、テレビを見て目を点にした後5分ぐらいフリーズした。親子である。ついでに似たもの夫婦だとも。両親が仲良しで息子として嬉しいよ、などとこちらも二度目の現実逃避をしたくなる。
とりあえず硬直してしまった二人をよそに、買い物袋から冷蔵庫や調味料置き場に物を移動していった。
異能とかその辺の話は、また後日にしよう。
そう後回しにした理由は、二人をこれ以上混乱させない為の配慮ではなかった。
もっと個人的な、ただの『我が儘』である。その事は、両親には秘密だが。
それはそうと、あれから連絡ないけど巴君の方はどうなったのだろうか?
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。本当にありがとうございます。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
まとめ
・世界中に天使を名乗る存在あらわる。
・日本の天使は面倒くさがり。米国の天使は天然はいってる。
・天使は人間が無意識に出す魔力で生存可能。魔物は人間丸かじり。
・4枚羽アプリ『私がインストールされました。活用してね』。
・レベル上げは魔物退治でも修行でも可。でも効率は前者。
・主人公こと幸太朗の能力は『バフ』『召喚』『MP増強』と『豊穣の祭儀』。
・死者蘇生……ワンチャンできちゃう?まだ未確定。
・両親との血の繫がりが濃い。でも二人は未覚醒。才能はある……かも?
・幸太朗。両親には異能者になった事を秘密に。
だいたいこんな感じですね!