第94話 美女とバッタ④
「〈聖なる壁〉〈聖なる壁〉〈聖なる壁〉」
ミリナは、完全に防御を固めることにした。
四方に壁を作り、一切隙間のない状態にしたのだ。
ミリナが描く勝利への道筋はふたつ。
ひとつは、このまま防御を固め、〈魔祓いの領域〉がレナを殺すのを待つこと。
もうひとつは、防御を固め、攻撃魔法を無力化し、痺れを切らして接近戦を挑んできたときに、〈蟲殺しの霧〉を発動させて殺す方法。
死角はなかった。
いくら幻術師だと言っても、幻術で肉弾戦は不可能。
接近戦になったときは、ダメージを受けてからその対象に〈蟲殺しの霧〉を撃てばいい。それで、十分に間に合う。このEXスキルの効果は、それほど強大。対蟲系魔物に特化した魔法なのだ。
〈天啓〉の特性上、EXスキルは一度使えば消えてしまうので、確実に当てる必要があった。
ミリナにはもう魔力はほとんど残されていないが、適宜回復をしていたことでHPは余裕があるし、いざとなったら回復魔法を数発放てるくらいのMPはある。
「〈強酸の投槍〉」
弱々しい声は、後方から聞こえてきた。
それと同時に、槍がミリナに向かい、壁によって霧散。散った酸がミリナに僅かなダメージを与える。
(〈無詠唱化〉を使わずに撃ってきた?……罠か?)
ミリナは声の方に魔法を撃つなどという軽率なことはしない。
魔力をさらに消耗させるための罠である可能性が非常に高いのだ。
ミリナからアクションを起こす必要は何ひとつない。耐え続ければ良いだけなのだから。
(私にダメージを与えられる魔法は〈強酸の投槍〉だけ……? だとしたら、接近戦に来るのも時間の問題でしょうね)
このミリナの推察は、完璧に的中した。
バリン、と音を立てて、〈聖なる壁〉が壊れたのだ。
それと同時にレナの〈透明化〉が解け、その姿が晒される。
(ダメージを受けたら、すぐに〈蟲殺しの霧〉を撃つ!)
〈超跳躍〉
レナは真上へ飛び上がると、『ライダーキック』の要領で、ミリナに向かって飛び蹴りをする。
ミリナはそれを避けない。
目の前のレナが本物のレナであることを確認するために、この攻撃を受け入れようとしているのだ。
〈後脚強靭〉
レナの脚はミリナの胸に直撃する。
(痛い! 間違いなく、本物!)
「〈蟲殺しの……」
詠唱は、最後まで紡がれなかった。
「ぐぅ!」
レナの脚と〈聖なる壁〉に挟まれて、声が出ないのだ。
後ろからはメキメキという音が聞こえる。〈聖なる壁〉にヒビが入る音だ。
(早く……割れて!)
この苦痛から解放されたい一心で、ミリナは願う。
そしてそれに呼応するように、パリンという音が鳴り、壁は壊れた。
やっと解放された、とミリナが安堵したのは、ほんの一瞬だけだった。
「ぐぁああっ!」
今度は結界——〈決闘の結界〉とレナの脚に挟まれたのだ。
結界は壁よりも強力だ。先ほどのようなことは期待できない。
内臓が圧迫される。
(このままじゃ……負ける!)
ミリナは目を見開き、目一杯の力で声門を開く。
そして——
「〈蟲殺しの霧〉」
何度も詰まりながらではあったが、それは確かに詠唱として認識された。
霧が広がる。
効果は覿面だった。
レナは苦痛に顔を歪め、脚の力も弱まる。
ミリナは勝利を確信する。
〈魔祓いの領域〉の効果に加えて特効性能を持つEXスキルを浴びてもなお死なないなんてことはあり得ない。
(あとはこの弱まりつつある脚を払いのけ、残った魔力でトドメを刺すだけ)
そう考え、ミリナは右手に持つ杖で脚を払いのけようとする——。
しかし、
「っ! なんでっ!」
込められた力が一気に強くなった。
叩いても揺さぶっても、レナの脚は微動だにせず、徐々に徐々に、ミリナを結界の方に押し込んでいく。
理解不能な現象だった。
「……けられない」
レナから弱々しい声が聞こえた。
「負けられない、のよ!」
今度ははっきり聞こえた。
「ぁあああああああっ!」
最後の、本当に最後の力を振り絞っているように感じる雄叫び。
叫び終わると同時に、レナは倒れ、ミリナはガクリと項垂れた。
〈決闘の結界〉は解けた。
「……教えて、あげる。こういう戦いで、最後に、ものを言うのは……根、性」
すでに聞き手いなくなったこの場所で、レナは最後にそう言って、意識を手放した。
*
「……ほぇえ?」
目が覚めると——
「へ?」
そこには脳みそが広がっていた。
「なかなか見事な戦いだった……感心した」
脳みその主——ドットルは、レナを膝の上に寝かせてそう言った。
「わたし、死んだんじゃ……」
「……うーん、半分正解?」
レナは落ち着いて辺りを見渡すと、多くの魔物たちがいた。
「死んじゃったから……蘇生した」
「そせっ! 蘇生?」
(たしかリスポーンする前に蘇生ができれば、死の代償はなかったはず……)
助かった、とレナは思った。
(それにしても、蘇生魔法を使えるなんて……一体何者なの?)
「あなたは一体……?」
「……ドットル」
「……本当にありがとうございます。ドットルさん」
膝枕をされながら、レナは感謝を伝える。
「……ドットル」
「へ?」
「ドットルさんは、知らない……僕、ドットル……」
「……えーっと」
先ほどまでとは打って変わったほんわかとした雰囲気に、レナは困惑してしまうが、ドットルが何を言いたいかは理解した。
「ありがとう、ドットル」
表情のないドットルだったが、機嫌が良くなったことは、なぜかわかった。




