第93話 美女とバッタ③
光の玉が弾けると、レナは膝から崩れ落ちた。
「勝った……!」
同時に、〈蝗害〉の効果も切れる。
「〈決闘の結界〉は解けていない……まだ死んでいないというの?」
足元に転がるレナを見てミリナは言う。
トドメを刺そうと魔法を準備するミリナ。
しかし——
「……なにか、ひっかかる」
それは、僅かな違和感。
しかし、非常に重要な何かである気がする。
そんな僅かな憂いを振り払うべく、ミリナは攻撃魔法を放つ。
「〈光の球〉」
光の球はレナに当たって弾ける。
だが、
「結界が解けない……! どうして!?」
どちらかが死ねば自動的に結界は解ける。
それが〈決闘の結界〉の性質。
つまり、レナはまだ死んでいないということ。
(なんてしぶとさ……)
ミリナは非常に慎重な性格だった。
「〈破裂球・聖〉〈聖なる光線〉〈光の槍〉——〈法王の怒り〉」
レナにありったけの攻撃魔法を放った。
それと同時だった。
——ミリナが自分の過ちに気がついたのは。
この状況に抱いていた違和感——憂いの正体にようやく気がついたのだ。
いつかの、誰かの声が反芻する。
『バッタの魔物は、幻術師であると考えられます』
失念していた。
対峙している魔物は、ただの魔法師ではなかった。
人を騙すことに長けた幻術師だったのだ。
なぜそんな単純なことを忘れていたのだと、ミリナは自分を責めずにはいられなかった。
「それを待っていたのよ、ミリナ」
そんなミリナの心中を知ってか知らずか、ミリナの耳元から声がかかった。
言うまでもない。レナの声だ。
反射的に、持っていた杖を振る。
だが、それが何かに直撃した感触はない。
「私は待っていたの。あなたが魔力を消耗するのを、ね」
今度は、至ることらから声が聞こえた。
発生源はわからない。
「〈聖なる壁〉!」
ミリナは案外冷静で、残り少なくなった魔力を防御魔法に使う。
それと同時に、魔法の槍がミリナの視界に入る。
レナのものだ。
槍は〈聖なる壁〉の間を縫って、ミリナに直撃する。
(〈無詠唱化〉が使えるのね……)
こうなると厄介だった。
いつどこから魔法が飛んでくるかわからない状況になったのだ。
「〈治癒〉」
ミリナからすれば、状況が悪化したことは間違いない。
しかしそれでも、〈魔祓いの領域〉の効果は未だ続いている。有利であることに代わりはない。
それに——
「ふふっ」
落ち着いて今置かれた状況を整理したミリナは、思わず笑みを溢した。
無理はないことだった。
そもそも、〈魔祓いの領域〉の効果によって、今のレナは良くて瀕死。普通ならとっくに死んでいる。
刮目すべき生命力だが、永遠に続くわけではない。
そしてミリナが笑みを溢した最大の理由。
それは、〈天啓〉によって授かったスキルにあった。
ミリナは、宗教にはあまり興味がない。
神を信じているかと問われれば、答えは間違いなくNOである。
この世界で神官として活動しているのも、あくまでもロールプレイの一貫であり、心から神を信じたことはない。
それでもこのゲームをプレイする上では不都合はなかったし、実際〈天啓〉という超レアスキルも獲得できた。
だが、この時——レナとの戦いで〈天啓〉を使ってEXスキルを手にした時だけは、神の存在を信じずにはいられなかった。
神は言っているのだ。
『汝、この魔物を滅ぼせ』——と。
ミリナは〈天啓〉によって、EXスキル〈蟲殺しの霧〉を手にした。
*
苦しい、苦しい、苦しい。
今すぐにでも意識を手放してしまいたい。
このまま死ねればどれだけ楽だろうか。
だが、それはできない。それだけはできない。
ミナトは間違いなく、レオンに勝つだろう。
苦戦すらしないだろう。
それだけ、あの2人には力の差がある。
レオンを倒した後、ミリナを倒すことだって可能だろう。
だから、心配はしていない。
この戦争は、どう転んでも自分たちの勝利だ。
だが、できないのだ。してはならないのだ。
ただでさえ、ミナトはひとりで突っ走っている。
名実ともに、最強のプレイヤーになろうとしている。
それに着いていくには、隣で冒険を続けるためには、こんな相手に負けてはならないのだ。
相性とか、そんなことは言い訳にもならない。
ミナトの隣に立ち続ける為に、なんとしても勝たなくてはならない。
だから、意識は手放せない。
レナは舌を思い切り噛んだ。
レナの計画は、最終段階に入ろうとしていた。




