第91話 美女とバッタ①
ミリナとレナが正対する。
(私の今のレベルは39。ミリナのレベルは推定……35、くらいに置くべきでしょうね。街でのみ手に入る魔導具なんかを考えれば、互角とみて進めるべきか)
レナは心の中で互いの戦力差を分析する。
(話には聞いていたけど……気持ち悪い魔物)
ミリナがレナを見るのはこれがはじめてだ。
『あのとき』も、ミナトの姿しか確認できなかった。
「決着をつけさせてもらうわ。あのときの悪夢を、私は振り払う!」
ミリナはレナに向けて宣言する。
当然だが、もう後戻りはできない。
確かな覚悟が、ミリナの中にはあった。
「そう……」
対するレナは、落ち着き払っていた。
静かに、ただ真っ直ぐにミリナを見つめていた。
怒りもなく、かといって悲しむでもなく。
レナがミリナに向ける感情を敢えて言い表すなら、それは『憐れみ』であろう。
「レオンは必ずあのムカデを殺す……彼は最強のプレイヤー。決して負けないわ。だから私の仕事は、あなたを殺すことだけ」
ミリナのこの言葉に、レナは微笑みで返した。
馬鹿にしているわけではない。
バッタの顔面ではあるが、まるで聖母かのような優しい微笑みであった。
しかし、ミリナはそれを挑発と受け取った。
「何がおかしいの!?」
激昂するミリナを見てもなお、レナの感情は動かなかった。
「……ごめんなさい。何もおかしくないわ。信じるというのは、大切なこと……でもごめんなさい」
レナはその瞳をゆっくりとあげて、ミリナを見据えた。
「信じるとか信じないとか、そういうことではないの。私はただ『知っている』のよ」
その語り口は、ミリナを威圧するには十分なものだった。
「信じてなどいないわ。私はただ、『知っている』……ミナトは、レオンに勝つ」
「……ッ!」
感情は昂るが、反論は出来なかった。
レナの言っていることが本心であるとわかってしまったからだ。
レナはただ、ミナトが勝つ、ということを知っているのだ。
太陽が東から昇り、西へ沈むのと同じように——これから必ず起こる事象のひとつとして捉えているだけなのだ。
「そしてもうひとつ知っていることがあるわ……私はこれから、貴方を殺す」
今度は、自分に言い聞かせるように言った。
自信はあった。だが、確信はなかった。
「ぐだぐだ言っていても仕方ないし、早速始めましょうか」
そう言いながら、レナはアイテムボックスから黒い杖——首狩りの杖を取り出す。
「そうね……それが良いわ」
ミリナもアイテムボックスから杖を取り出す。
ミリナの身長の半分くらいはありそうな純白の杖だ。
ミリナは神官で、どちらかと言えば回復や支援魔法を得意とするが、戦闘ができないというわけではない。
特に対魔物では、戦闘職にも劣らない。
(やっぱり魔導具はかなり充実していそうね)
ローブ、杖、指輪。
そのどれもが意味のあるものだろう。単なる装飾品であるはずがない。
ミリナは続いて、アイテムボックスから瓶に入ったポーションを取り出し——
「〈魔法の矢〉!」
それが開始の合図だった。
魔法の矢はポーションを持った左手に直撃し、瓶は音を立てて割れた。
のうのうとポーションを飲むことを、レナが見逃すはずはなかった。
だがミリナも、この程度で動じるタマではない。
落ちたポーションには一瞥もくれず、次の行動にうつる。
「〈大神官の加護〉」
ミリナはなおも攻撃には転じず、自身に強化魔法をかけた。
自分の得手不得手を理解しているからこその行動だ。
決して自惚れることなく、自分の攻撃魔法を相手に通じる水準まで押し上げるには、得意とする支援魔法の助けが必要だと、理解していたのだ。
しかし今回はいつものボス戦とは違う。
事前に魔法を仕込む時間もなければ、前衛として出てくれる仲間もいない。
レナも黙って見ているわけではない。
「へぇ、それがあんたの『土俵』?」
ミリナは答えない。
「いいわ、付き合ってあげる——
〈泥化の地雷〉〈爆裂の地雷〉〈幻影たちの加護〉〈祓魔師の加護〉〈致命傷の罠〉〈魔法精度向上〉」
(昨日徹夜で使える魔法を暗記して良かった)
レナは効果がありそうな強化魔法をかけ、地雷も設置する。
それはミリナも同じだ。
「〈対魔物の結界〉〈慈雨〉
〈天国の鐘の音〉〈天使の福音〉」
ここまで言い終わると、ミリナはひとつ深呼吸をした。
そして——
「〈天啓〉」
唯一のEXスキルを行使した。
その効果は、戦闘中のみ使えるランダムなEXスキルを術者に与える、というもの。
どんなスキルが手に入るかは、全くの運である。




