第89話 三帝①
かつて、魔物の国が最も栄えた時期のこと。
過去最強の魔物と名高い魔王の部下に、『四天皇』と呼ばれる最高幹部がいた。
『神速』のダール。
『悪夢』のドットル。
『災厄』のヂュラル。
『鉄壁』のネヴィア。
彼らは、魔王を守る最後の砦であり、魔王を除けば魔物の国における最高戦力であった。
しかし、4人は互角ではなかった。
『鉄壁』のネヴィアは、他の3人を大きく凌ぐ実力を持っていたのだ。
魔王はそれを取り立て、ネヴィアを魔物の国のNo.2に指名した。
それに伴い、残った3人は『四天皇』から『三帝』へと名を変えた。
そして今、魔物の国のNo.2、骨人であるネヴィアの魔法により、『三帝』は蘇った。
*
城の入り口から、大きな何かが顔を出した。
3メートルはあろうかという大きな扉から、窮屈そうに『それ』は出てきた。
巨大なミミズのような魔物。
のっそりとした動きで、堂々と、そのミミズは姿を現した。
『災厄』のヂュラル。
種族は大蠕虫王。
それに続いて出てきたのは馬のような魔物だった。
頭には角が生え、脚が8本ある、筋骨隆々な馬。
『神速』のダール。
魔馬の上位種、騏驥驊驑である。
そして最後に出てきたのは、なんとも形容し難い魔物だった。
人間の頭の3倍はあろうかという剥き出しの脳みそに、人間の身体がぶら下がっているのだ。
首から下は子どもくらいの大きさのもので、地面からは浮いている。
『悪夢』のドットル。
脳啜りという、珍しい種族であった。
「この地は、人間などには相応しくない。そう思わないか? ヂュラル」
騏驥驊驑、ダールの言葉だ。
「むう……おもう……」
ヂュラルは大きすぎる口を開いて返事をする。
「脳みそ、いっぱい、うれしい……」
ドットルも加わる。
脳啜りは脳みそを喰らうことで成長する。
とはいえ、それは微々たるもので、そんな理屈よりも単に脳みそを好きで食べているという者の方が多い。ドットルも例に漏れず、脳みそが美味しいから食べている。
3人が城から出てきた理由はシンプルだ。
人間の殲滅、蹂躙、鏖殺。
3人は人間たちに向かって踏み出す——
「む? あれは……百足人か?」
その一瞬前に、ダールは戦闘中の魔物を見つけた。
「いや…… 百足人にしては大きい……多分、百足公」
小さいが、しかし聞き取りやすい声で、ドットルは言った。
「ふむ。確かにそうかもしれん。それなら尚更、珍しい種族だな」
「……それで、介入はするの? 結界が張られてるみたいだけど……多分、決闘の結界」
ドットルの推察は正しかった。
「……いや、必要ないだろう。わざわざ結界を破ってまで介入する価値を、あの人間からは感じないな」
ダールは、レオンは自分たちが赴くに値する強者ではないと判断した。
「それに、あの百足公は負けないさ。あの程度の人間にはな」
ダールはそう付け足すと、人間たちが多くいる地点へ向けて歩きだした。
*
人間と魔物の戦闘は、若干魔物側が優勢に進めていた。
軍の指揮をとるセイドルも、そろそろ限界と悟っていた。
(兵士大将はまだ戻らないのか! こうなったら……)
撤退の二文字は常に過っていた。
クルディアスとフリムが戻ってきたらすぐに撤退できる体制を崩さないようにしていた。
だが、それもそろそろ限界だった。
(今が最後のチャンス……今撤退の指示を出さなければ、全員死ぬ!)
セイドルは馬鹿ではない。
撤退の指示を出せば、クルディアスとフリムはまず助からない。
百足人を殺せたとしても、この数の魔物たちの間を縫って逃げ出すことなど不可能。
撤退を命じれば、クルディアスとフリムを見捨てることになる。
しかしこのまま戦闘を続ければ、ここいる全員を殺すことになってしまう。
セイドルは至って理性的であった。
「撤退だ! 撤退しろっ! 第二騎士団を殿に、後方へ撤退だ!」
セイドルは撤退を命じた。
せめて、少しでも多くの命が助かるように。
——しかし、遅すぎた。
「副、大将……」
セイドルを呼ぶ弱々しい声。
振り向くと、そこにいたのは先までの魔物たち——自分たちが矛を交え、『戦闘』が成立する魔物ではなかった。
巨大なミミズ、尋常ならざる威圧感を放つ魔馬、そして悍ましい『なにか』。
怪物、化け物、悪魔。
そこにいたのは、決して矛を交えてはならない類いの阿修羅たちだった。




