第88話 市街地決戦⑦
〈絶対零度〉は、〈魔力探知〉によって確かに見えるゴトビキに放たれる。
完璧だった。
〈絶対零度〉は、完璧に形を成し、文句ひとつ付けられない軌道で、ゴトビキへと飛んでいく。
ゆっくり、しかし、確実に。
(勝った……!)
粒のように小さな結晶は、ゴトビキに触れて弾ける——
ことはなかった。
「ぇ……?」
間抜けな声だった。
完璧だったはずの〈絶対零度〉は、ゴトビキがいるはずの場所を通り抜け、地面にぶつかった。
不発である。
「な……ぜ……」
唖然とするフリムに——
「教えてやろうか?」
後ろから、声がかかった。
チクリとした、首筋の痛みとともに。
フリムはそれを払いのけることさえできなかった。
ただ唖然としていた。
そして、膝から崩れ落ちた。
「ぐっ、ぅぅ」
苦悶の声を上げながら心臓の辺りを押さえるフリム。
すでに〈魔蛙の死毒〉は体内を巡り切っていたのだ。
勝敗は決していた。
「教え……て、くれ、なにが、おこった……」
フリムは死を悟っていた。
最期に自分を突き動かしたのは、好奇心だった。
「冥土の土産だ。教えてやろう」
そう言って、ゴトビキは話し始める。
「お前は私の職業を、魔法師だと思っていたようだが……それが、最初の過ち」
「なん……だと……?」
〈魔蛙の死毒〉を使える戦士などいるはずがない、とフリムは思った。
「暗殺者……それが、私の基本職。厳密に言えば、魔法が使える暗殺者、ということになる」
なるほど、とフリムは思った。
実際、見事な隠形だった。
「ま、私は中でも特殊でな。暗殺者の中でも、忍者という職業を有している」
「忍者……だと?」
その職業に、フリムは聞き覚えがあった。
アサシンから分岐した上級職だ。
「まあ、忍者という職業を手にしたのも、元はと言えば全て、〈魔蛙の死毒〉という最強の魔法を最高効率で使うためだがな」
似ているな、とフリムは思った。
フリムも、自分が有する呪いの如き最強魔法〈絶対零度〉を使いこなすために、ここまで魔法師として歩んできた。
〈絶対零度〉は、フリムにとっての誇りだった。
どれだけ化け物と言われようが、蔑まれようが、これだけは失ってはならなかった。
それが、最強魔法を神に授かった者としての定めであり、矜持であった。
「忍者に就いていれば、そこに偽の魔力を作り出し、自分からは一才魔力の残穢を消すことなど、難しくはない」
ゴトビキの種明かしに、フリムは絶句した。
ストゥートゥのどのような暗殺者でも、そんなことはできないだろうからだ。
偽の魔力を作り出し、相手の〈魔力探知〉に反映させるなど、常人にできるものではない。
さらに、本体の一切の魔力を消し去り、あまつさえフリムに違和感を与えないとなると、尋常ならざる技量、御業である。
「……負けた、のだな」
ふと、フリムが呟いた。
「あぁ、負けたのだ。お前は」
「……そうか」
いつの間にか、吹雪も、酸性雨も、収まっていた。
〈吹雪〉の魔法を維持できるだけの魔力さえ、もうフリムには残されていない。
フリムは仰向けになって上を見上げる。
青い空だった。
「とどめを、させ」
「あぁ……」
フリムに促され、ゴトビキは再び針を取り出し、今度は心臓を刺した。
「〈魔蛙の死毒〉——解放」
フリムは死んだ。
*
「……見事だった」
絶命したフリムを見下ろし、ゴトビキは言った。
「あれほどの間、〈魔蛙の死毒〉を耐えるとは……まだまだ鍛錬が足りんかったか」
ゴトビキは言い終わると、フリムに背を向けた。
「さて、ガイル殿を見に行かねば」
ゴトビキはガイルたちの方へ向かう。
まだ決着がついていないようなら、助太刀をしなくてはならない。
数十秒歩けば、座り込んでこちらに背を向けるガイルが見えた。
「ガイ……」
『ガイル殿』と最後まで言い切ることはできなかった。否、しなかった。
そこには異様な雰囲気があった。
戦場には相応しくない空気だった。
戦闘は終わっていそうだった。
だが、まだ対話は続いている、そんな雰囲気はあった。
「食っている……のか?」
小声でゴトビキは言った。
勝者が敗者を喰らう。
自然界では珍しくないことだ。
だが、そこに入り込める空気ではなかった。
そこは、ガイルとクルディアスの、2人だけの空間であるように、ゴトビキは思った。
ガイルはボロボロだった。
だが、ゴトビキは踵を返した。
あれはきっと、彼なりの弔いなのだろうなと、そんなことをゴトビキは思った。




