第87話 市街地決戦⑥
ゴトビキはゆっくりと、女の魔法師——フリムに近づく。
ゴトビキは〈透明化〉が使えない。ならばどうやって身を隠しているかというと、魔蛙の種族スキルのひとつである〈保護色〉を使っている。
ゴトビキは知る由もないことだが、これが逆に良かった。
フリムほどの魔法師であれば、〈透明化〉を使う敵の存在に気づくのはそれほど難しいことではない。
至近距離まで近づかれれば、少なからず魔力の接近も感じられるからだ。
だが、〈保護色〉のような、珍しく特殊な技能を使う敵を発見するのは容易ではない。
〈保護色〉はあくまでも自分の色を変えるだけのスキルであり、そこに魔法的因子は存在しない。
透明でない状態で接近してくるはずはないだろう、という精神的な盲点を、結果的にゴトビキはつくことができていたのだ。
ゴトビキはゆっくりと、しかし確実にフリムへと接近する。
自分が持つ最強の魔法の、その間合いに入るまで。
フリムは前方のクルディアスとガイルに注目している。
ゴトビキの存在に気がつく様子はない。
クルディアスの剣とガイルの棍棒が衝突する。
フリムはクルディアスを援護するための魔法を準備し——
「〈氷の魔——」
詠唱の途中で遮られる。
首筋に、チクリとした痛みが走った。
「っ!?」
そこにいたのは、あのときの魔蛙だった。
ゴトビキは、細い細い針のようなものを、フリムに刺していた。
そして——
「〈魔蛙の死毒〉——解放」
ゴトビキがもつ最強の魔法を発動させる。
針の先端から、フリムへと毒が流れていく。
「離れろっ!」
フリムはゴトビキを振り払うが、針は刺さったままだ。
「お前は……あのときの……!」
フリムは言いながら、慎重に首筋から針を抜いた。
「あぁ、あの時は世話になった」
ゴトビキの返事に、フリムは大きな舌打ちをした。
クルディアスを援護したいが、今このトードから目を離すわけにはいかない。
「〈解毒〉」
フリムは解毒の魔法を使うが、治ったとは少しも考えていない。
(〈魔蛙の死毒〉……)
博識なフリムは、その魔法を知っていた。
高位の魔蛙しか使うことができない、至ってマイナーな魔法だ。
きっとクルディアスも知らないだろう。
〈魔蛙の死毒〉。
魔蛙の切り札とでも言うべき魔法。
八種あると言われる『龍を殺せる毒』のひとつである。
普通の人間であれば、1秒ともたない。そんな猛毒である。
「〈解毒〉」
再び解毒を試みるが、効果がほとんどないことをフリムは悟った。
身体の変調も、感じる。
(心臓が痛い……平滑筋が、収縮を始めている、というの?)
〈魔蛙の死毒〉の効果が現れ始める。
(時間がない。早くこいつを片付けなくては……兵士大将の『気』と騎士団員の回復魔法があれば、なんとか死を免れることはできるはず)
当然だが、毒は時間が経てば経つほど体内に巡る。
「〈氷の魔弾〉!」
氷がゴトビキに迫る。
〈回避〉
スキルを使うが、全てを避けきることはできない。
数発の弾丸がゴトビキに直撃する。
「〈酸性雨〉」
結界の中に雨が降り始める。
それを防ぐ方法を、フリムは持っていた。
しかし——
「〈氷の魔弾〉! 〈霜の槍〉!」
フリムは攻撃魔法を選択した。
それはフリムの心中を物語るようだった。
もはや百足人と一線交えることは現時点では不可能。
早く仲間のもとに戻り、回復魔法をかけてもらわなければ、フリムは死ぬ。
フリムも〈治癒〉を始めとする回復魔法に多少心得はあったが、このレベルの毒から身を守る魔法などない。
魔法騎士団には、各魔法のスペシャリストが集っている。器用貧乏にはなれない。
支援魔法のスペシャリストに、防御魔法のスペシャリスト。中には呪術魔法や召喚魔法を得意とする者もいる。
そして団長たるフリムは、精密かつ破壊力のある攻撃魔法——中でも氷魔法を得意とする。
フリムは決着を急いでいた。急がざるを得なかった。
それが相手の狙いだと、わかっていたとしても。
「〈吹雪〉!」
フリムを起点として、雪の嵐が起こる。
視界は一気に遮られる。
「〈魔力探知〉」
フリムは、ゴトビキの魔力を見ることで、ゴトビキの居場所を確認する。
(これで相手は、私の場所がわからないはず)
さらに、吹雪は常に相手の体力を奪う。
一方フリムは、〈吹雪〉という魔法の特性上、その影響を受けない。
〈無詠唱化〉
フリムはスキルを発動させる。
次に使用する魔法が無詠唱で発動できるスキル。
(不意打ちは、一撃で決める)
フリムは自信が持つ最大火力の魔法を準備する。
その名も、〈絶対零度〉。
〈氷の魔弾〉が汎用性最強だとすれば、〈絶対零度〉は火力最強。
対象の温度を0K——摂氏にしてマイナス273度まで瞬時に落とす魔法。
血液や内臓に至るまでの全てが凍り、絶命する。
命中すれば最強の魔法となり得るが、命中する確率は著しく低い。
そして使用する魔力量も桁違いである。
だから普段使いはできないが、こういう時には絶大な効力を発揮する。
命中したら最後。対象は『死』という運命から逃げられない。いや、『死』の危機を自覚する前に、対象は氷塊へと成り果てる。
フリムはこの魔法の存在によって、異例の若さで魔法騎士団長となった。
ストゥートゥでは、誰もがフリムを恐れている。
曰く、人外の魔法。
曰く、国を滅ぼせる魔法。
悪魔の子と蔑まれたこともあった。
それでも、フリムは国のために戦った。
唯一、フリムを対等に見てくれていたのが、クルディアスだった。
この人になら、自分の魔法を、力の全てを、捧げられると思った。
だから——
フリムは集中力を高める。
〈絶対零度〉が命中するための条件は3つ。
ひとつは、術者が極限まで集中力を高めていること。
それが出来ていなければ、その絶大な力と魔力により、術者自身が死に至ることもある。
ふたつめは、対象が不動であること。
少しでも動けば、直線的かつ低速でしか放たれない〈絶対零度〉は命中しない。
そして最後に、周囲の気温が0度を下回っていること。
上回っていた場合、魔法は発動すらされない。
そこまでしても、命中するかは運だ。
ふとした拍子に、魔法は消滅する。
フリムは静かに息を吐いた。
そして——
〈絶対零度〉
絶死の一撃が、ゴトビキに放たれた。




