第86話 市街地決戦⑤
〈疾走〉
〈疾走〉
互いにスキルを使って詰め寄る。
「はぁああああっ!」
〈斬撃〉
クルディアスが吠える。
「うがぁあああああっ!」
〈殴打〉
ガイルも呼応する。
剣と棍棒が交わる。
「〈限界突破〉!」
ガイルは再び〈限界突破〉を発動させる。
劣勢はクルディアスだった。
ガイルの棍棒を、なんとか受け止めているだけで、攻撃に転じることはできていない。
(このままではジリ貧だ……やるか? あれを)
最終手段はあった。
確実に目の前の敵を殺す方法。
しかしそれには、多大なリスクが伴う。
場合によっては、命すらも失う可能性があるのだ。
この豚鬼は、果たして自分が——ストゥートゥ最強の戦士が、命を賭してまで殺すべき相手なのか。
その答えは出た。
(確かフリムは〈蘇生〉の魔法は使えないんだったな)
クルディアスは、魔法騎士団に所属する〈蘇生〉を習得した魔法師を数人思い浮かべた。
「願わくば……命があることを……」
キッ、とクルディアス目が開いた。
「〈集中力向上〉〈集中力超向上〉〈大神官の加護〉」
考えうる限りのスキルと魔法を使い、
〈疾風〉
今まで使っていた〈疾走〉の上位スキルを用いて、再びガイルに突進する。
それを見て、ガイルもまた〈疾走〉を使って突進してくる。
「〈無痛化〉!」
走りながら、クルディアスは今までの〈痛覚鈍化〉の上位スキルを発動させる。
クルディアスは、〈無痛化〉というスキルがあまり好きではなかった。
痛みとは重要な反応であり、防御反応であり、肉体が挙げる悲鳴だからだ。
それを無視することは、生命として間違っている。
クルディアスはそう思っていた。
だが、今は違う。
乾坤一擲の大ダメージを与え、この一撃で殺す。
そのためには、痛みや苦痛などという感情と付き合っている場合ではないのだ。
今認識しなくてはならないのは、目の前にいるオークだけ。
頭が高速で回転するのを、クルディアスは感じる。
身体が死の危機を察知して、それを回避する方法を模索しようとしているのだろうが、クルディアスにその気はなかった。
「〈聖剣撃〉! 〈一閃〉!」
自身がもつ唯一のEXスキル〈聖剣撃〉、そしてストゥートゥにおける兵士副大将であったダロットとともに習得した〈一閃〉。
己がもつ2つの最強スキルを、クルディアスは発動させた。
「うぉおおおおおっ!」
最強の一撃。
だが、最終手段とはこのことではない。
クルディアスはガイルの棍棒を受け止める気はなかった。
つまり、防御を捨て、自身の攻撃のみに集中しているのだ。
これこそが最終手段。
ガイルの攻撃を受け入れる代わりに、確実に自分の攻撃を通す。
(オークは今まで通り棍棒で剣を受け止めにくるだろう……それを交わして、殺す!)
クルディアスの剣はガイルの脇腹から入る。
(決まった……!)
そう、思った。
だが——
〈搗ち割り〉
ガイルは切られながらもスキルを発動させる。
「ぇ?」
小さく困惑の声が上がる。
クルディアスが攻撃をした逆側から、棍棒が飛んできた。
棍棒は、側面からクルディアスの頭蓋をかち割った。
それでも、クルディアスに痛みはない。
〈一閃〉、そして〈聖剣撃〉による斬撃は続く。
ガイルの腹は引き裂かれていく。
ガイルにも、痛みはなかった。
両者にとって、それは致命的だった。
カラン、と音がなった。
クルディアスの剣が地面に落ちた音と、ガイルの棍棒が地面に落ちた音が重なったのだ。
力が入らない。
根性とか気合いとか、そういう次元をとうに通り越して、果たしてどちらの方が長く生命活動を維持できるかという、そういう勝負になっていた。
クルディアスの中に『気』はもうない。
回復の術はないのだ。
クルディアスとガイルが膝をついて倒れたのは、ほぼ同時だった。
辺りは静寂に包まれていた。
ゴトビキとフリムの戦闘はもう終わったのだろうか。それともまだ続いているのだろうか。
そんな考えを巡らせることができる者は、この場にはいなかった。
しばらく、両者はピクリとも動かなかった。
十数分の時間が経った。
ようやくその時、ボロボロの勝者が起き上がった。
勝者はゆっくりと、敗者へと向かった。
クルディアスは死んでいた。
ガイルはクルディアスの鎧を剥ぎ取る。
「いただく——」
鎧を、ではない。
ガイルはゆっくりと、クルディアスの手を引きちぎり、それを口へと運んだ。
ガイルはしばらく、クルディアスを食い続けた。
満足するまで食べると、どこか哀しげな雄叫びをあげ、再び眠った。




