第85話 市街地決戦④
「〈爆裂〉」
今ので4回目。
〈爆裂〉という魔法は、魔力の消耗が激しい。いくらフリムとて、そんなにポンポン撃って良い魔法ではない。
家屋は轟音をあげながら弾け飛ぶ。
「……出てきたぞ」
弾け飛んだ家屋を観察していたから、それに気がつくのはクルディアスより遅かった。
豚鬼が家から出てきたのだ。
「ぐぐぐぐ……」
不気味な声を上げる。
「あいつ……回復している……だと?」
一目瞭然だった。
傷はほとんど塞がっている。
「回復魔法が使えたとは……いや、俺と同じ『気』の類か?」
クルディアスはガイルに向かって語りかけた。
「どうでも、いい。どうでも」
ガイルからの返事はこれだった。
「たしかにその通りだ。俺たちにも時間はない。そんな無駄話をしている時間は——な!」
言い終わると同時に、クルディアスは〈疾走〉を発動させる。
「んがぁ!」
ひとつ吠えると、ガイルも〈疾走〉を使う。
やがて2人は交わる。
棍棒と剣が再び交わる。しかし、今度は互角に見えた。
ガイルの少なくない傷と、クルディアスにかけられた〈筋力超向上〉がそうさせているのだろうが、それでも人間としては桁外れの筋力だった。
クルディアスたちにとって、1対1の状況で互角というのは、すなわち勝ちを意味する。
なんの負荷もないフリムがいるからだ。
「〈筋力弱化〉」
フリムは弱体化魔法をガイルにかける。
それを見て、クルディアスは剣を押し込む。
(勝負あったな)
この戦闘において、何度目かわからないこの考えがよぎる。
だが、その考えは裏切られてきた。
これまでも、そして、今回も。
「〈限界突破〉」
ガイルのスキルによって、クルディアス優勢だった2人の力比べは、一転してガイルが押し込む形となった。
〈限界突破〉。
このスキルは、高位の戦士が、生死を彷徨う修羅場においてのみ獲得できる。
ガイルはそんな修羅場を幾度となく超えてきた。有していても不思議ではない。
〈限界突破〉は、肉体の様々な機能を限界を超えて高めるスキルだ。
筋力はもとより、視力、聴力、集中力などを一気に高めてくれる。
クルディアスが知っている中でこのスキルを持っている者は、たったひとりだけだった。
当然、クルディアス自身も持っていない。
(少し侮っていたか……)
だが、なおも続く拮抗状態は、クルディアスにとっては好機だった。
クルディアスは自身から『気』をガイルへと流し込む。
ガイルは自身の中にある『気』が、クルディアスの気によって侵されるのを感じる。
痛みはない。しかし、直接生命力を削られるような感覚がある。
なおもクルディアスは手を止めない。
「〈生気吸収〉」
武闘家の主要スキルである〈生気吸収〉。その名の通り、相手の生気を吸収してそれにより自分の生気を回復する魔法だ。
「ふんっ!」
劣勢とみたガイルは後退する。
「〈氷の魔弾〉」
フリムの魔法がガイルに降り注ぐ。
避けようとはしない。避けられないことを、ガイルはわかっていた。
〈疾走〉
代わりに、ガイルは再びクルディアスに突撃していく。
「〈無痛化〉!」
先ほど切れてしまっていた〈無痛化〉を再びかける。
魔弾がガイルに着弾する。
ガイルは止まらない。
クルディアスは動かない。ただ、ガイルを待つ。
(俺が受け止めている間に、フリムがトドメを刺す)
「ぐぉおおおおおっ!」
〈一刀両断〉
〈斬撃〉の上位スキルを発動させ、大上段からガイルは棍棒を振り下ろす。
フェイントなどない、真正面からの一撃を、クルディアスはその剣で受け止める。
(重い……!)
「ぐぅっ」
思わず声が漏れる。
剣が折れそうなほどに、重い、重い一撃。
しかし、クルディアスはそれを受け止めている。
(今のうちに、フリム!)
振り返る余裕などないが、フリムであればこの状況で判断を誤るようなことはない。
きっと一瞬後には、氷の弾丸がガイルを撃ち抜く——
クルディアスにはそんな確信があった。
だが、現実はそうではなかった。
(なぜ!?)
クルディアスの腕はもう限界だ。
(なぜ援護がないのだ!)
「うがぁああっ!」
ガイルが声をあげながら、一層の力を込めた。
クルディアスの腕はそれに耐えられなかった。
棍棒は、クルディアスの肩口にめり込んだ。
「ぁああっ!」
苦悶の声をあげる。しかし、ガイルから距離を取りながら。
そして、クルディアスはフリムの方を向く。
フリムの視界に、クルディアスは入っていなかった。
フリムはクルディアスに、そしてガイルに、背を向けていた。
敵に背を向けるなど、戦場ではあってはならないことだ。
そんなことを意味もなくフリムが行うはずはない。
フリムは、別の敵と対峙していたのだ。
「あいつ……! あの時の魔蛙!」
あのとき逃したトードだった。
「くそっ!」
嘆かずにはいられなかった。
「……おまえのあいては、おれ」
そんなクルディアスに、声がかかる。
ガイルだ。
こうなった以上、1v1の戦いを受け入れるしかない。
クルディアスは『気』によって傷を回復させる。
完全なものではない。応急処置的なものだが、痛みは概ね引いた。
「……そのようだな——〈痛覚鈍化〉」
クルディアスも、ようやく覚悟を決めた。
今まで、あくまでも最終目的は百足人だった。
しかし、こうなった以上、この戦いで全てを出し尽くさなければ勝算はない。
〈痛覚鈍化〉を使ったのは、その覚悟の現れだった。




