第84話 市街地決戦③
〈結界〉系統の魔法の効果は、大きく分けて3種類ある。
ひとつは、結界内から出るのを禁じる結界。
ひとつは、結界外からの侵入を禁じる結界。
最後のひとつは、その両方を兼ね備えた結界。
今回、フリムが使った結界に付与した効果は三つ目の、両方を兼ね備えた結界。
当然だが、同じ量の魔力を注いだ3種類の結界があれば、両方を兼ね備えた結界は、他と比べて脆くなる。
出ることだけを禁じる結界や、入ることだけを禁じる結界に比べて、両方兼ね備えた結界は両者に注ぐリソースも半分なる。
いくら一流魔法師のフリムといっても、その常識を覆すことはできない。
*
「フリム! もう一度結界を!」
クルディアスはさすがに焦っていた。
ここであの豚鬼を逃すわけにはいかない。
「ぐふっ」
〈跳躍〉
ガイルはそんなクルディアスたちを見てひとつ笑うと、再び〈跳躍〉を発動させ、今度は建ち並ぶ家屋に向かって突進した。
土煙が舞う。
「〈突風〉! 〈霜の結界〉!」
フリムがそれを払ったときには、もうガイルの姿はなかった。
いずれかの家屋に身を隠したのだろう。
「くそっ!」
クルディアスは苛立ちを隠せない。
「……しかし、再び結界を張りました。念の為今回は範囲を広くして張りましたので、確実に結界の中には閉じ込めています」
「……そうか」
こんなところで時間を使っている暇はない、というのがクルディアスの本音だったが、それはこの際仕方がない。
(今はあのオークを確実に殺すことを考えるべきだ)
クルディアスは悩む。どうするべきか。
(しらみ潰しに家屋を破壊して回るか? だがそうなると、百足人と対峙する前にフリムの魔力が尽きてしまう……)
「〈蝙蝠の耳〉」
フリムは増幅させた聴力で発見しようとする。
「どうだ?」
「……結界外の音がうるさくて聞き取れません」
「そうか」
「この際、出し惜しみをしていても仕方がないと思うのですが……どうしますか?」
クルディアスの心中を読んだかのようなフリムの問いで、ようやくクルディアスは決心した。
「フリム。攻撃魔法で全ての家屋を破壊し尽くせ」
「了解」
*
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ」
痛みはない。頭も覚醒している。だが、疲れはどうにもならない。
諦める気など毛頭ない。逃げる気も。
だが、休息は必要だ。
このまま無為に死にに行くようなことはしない。
ガイルはゆっくり目を閉じた。無論、睡眠を取ろうというのではないが。
そのまま数十秒が過ぎた。
そのとき。
「ガイル……殿、ですな?」
声がかかった。
敵対的なものではない、至って友好的な。
見覚えはあった。
「……魔蛙殿、か」
名前は覚えていなかった。
だが、あの会議室にいたことは覚えていた。
「ゴトビキという。それで、状況は? ……ああ失礼、まずは——〈治癒〉」
ゴトビキにも回復魔法は使える。と言っても、〈治癒〉と〈小治癒〉だけだが。
それでも、今のガイルには沁みた。
「かんしゃ、する」
「不要だ。それで?」
ガイルはここまでの一部始終をゴトビキに語った。
ゴトビキもゴトビキで、いきなりこの状況に放り込まれているのだ。
アリスと共に城壁内の戦いの援軍にきたら、なぜか魔物たちが復活していて、それならばと城を守っているはずのミナトとレナの援軍に行こうと思ったら、途中で濃密な殺気を感じ、なんなのかを確認しようとしたらゴトビキだけが結界の中に閉じ込められ、そうこうしているうちにガイルを発見したのだ。
「それならば話は早い。私とともにその人間を討つのだ」
ガイルの話を聞いて、ゴトビキが最初に言ったことがこれだ。
「その、つもりだ」
ガイルがそう返したとき、数軒先の家屋で爆発音がした。
「あいつら、しらみ潰しに家を破壊していくつもりか!」
すぐにゴトビキは察した。
再び爆発音が鳴る。
音は近づいてきていた。
「仕方あるまい。出るぞ、ガイル殿!」
「あぁ」
ガイルの傷は完全には癒えていない。
クルディアスに引き裂かれた傷は、まだ生々しく残っている。
「これからの戦闘のことを考えれば、これが限界だ——〈治癒〉」
それを見かねたゴトビキは再び回復魔法を放つ。
「いくぞ、ガイル殿!」
ゴトビキが促すが、ガイルは未だに立とうとしない。
「いや、まて」
「なんだ? もう時間はないぞ!」
「おれが、ひとりでいく」
「何を言っている! 今の状態では、すぐにやられてしまうぞ!」
「そうは、ならない。だからトード殿は、きしゅう、を」
「奇襲?」
「そう、だ。厄介なのはあのオンナ。あのオンナを、トード殿に、まかせたい……おれは、あの剣士を殺して、食う!」
まわりの空気が一気に殺気だったのを、ゴトビキは感じた。
そして、ガイルが言いたいことも理解した。
「わかった……あの女は、私に任せろ」
ゴトビキはほんの数時間前のことを思い出す。
あの女の——フリムの魔法によって、戦線離脱を余儀なくされたことを。
(借りは、返させてもらおう)
カエルの目は、毒々しく光っていた。




