第82話 市街地決戦①
どうしてこうなった、と思わずにはいられなかった。
圧倒的に有利なはずだった。
脆弱な不死者を蹴散らし、本陣で待つであろう百足人を討伐する——
計算外の犠牲はあったが、概ねうまくいっているはずだった。
しかし現状は違う。
騎士団員にも劣らない能力をもった魔物たちが四方八方にいる。
技能的には、当然騎士団員の方が遥かに高い。だが、埋めることのできない『種族の差』は確かに存在する。
身体能力が、生まれ持った才が、人間と魔物では違うのだ。
しかし、何事にも例外はある。
自分は例外であるという自負が、クルディアスにはあった。
だから——
「私に〈透明化〉を」
魔法騎士団の1人に命じる。
「りょっ、了解——〈透明化〉」
「〈無音〉と〈無臭〉もだ」
「は、はい! 〈無音〉〈無臭〉」
当然指示に従う。
「兵士大将、まさか……」
いつのまにか隣にいたフリムの声だ。
話し声を聞きつけ、今はもう姿が見えないクルディアスに向けて話す。
「その通りだ。これから私は、単身で百足人の討伐に向かう」
相手の方が数が多い以上、当初考えていた数で押し潰す作戦は取れない。
ならば単身または少数で戦線を突破するしかない。
「ならば、私も行きます。私ならば、足を引っ張ることはないかと」
その通りだった。
ストゥートゥで1番の実力者は言うまでもなくクルディアスであるが、1対1でフリムと戦って勝てると言い切れるだけのものではない。相性の問題もあるが、フリムはそれだけの実力者だ。
「……良いだろう」
重々しく、クルディアスは言った。
「では、私とフリムは敵の本陣に向かい、百足人を討伐する。全軍の指揮は、副団長のセイドルに任せる」
「はっ!」
傍で一連の話を聞いていたセイドルが気合いの入った声で返す。
今この間にも魔物と人間の戦いは続き、徐々に人間側が窮地に立たされてきている。
「行くぞ、フリム」
「はい——〈無音〉、〈無臭〉、〈透明化〉」
フリムは自分に魔法をかける。
2人は城へ向かった。
*
「ぐぅ……?」
パッ、と目が覚めた。
先ほどの戦闘の痕が残っている。
具体的に言えば、自分が殺した人間たち、約30人の死体が無惨に転がっている。
気力が充実している気がした。
戦闘を始める前よりもずっと。
「む?」
おかしい。
ボロボロだったはずの身体が、綺麗になっている。傷はひとつとしてない。
「なに……が……?」
ガイルは混乱していた。
〈狂気〉の効果が溶けた今、あの戦闘こそが実は夢だったのではないかと思える。
だがそれは、目の前に転がる無数の惨死体によって否定される。
ならばなぜ、自分はこんなにピンピンしているのか。
それほど良くないと自分でも自覚している頭で考える。
そして答えが出る前に、さらなる疑問が視界に入る。
「長蛇人……か?」
巨大な蛇だ。しかし、上半分が人間の。
呟いたつもりのガイルの声は、存外大きく響いたようで、長蛇人の視線はガイルに向いた。
「どうした、豚鬼よ。早く同胞たちの援軍に行くぞ」
「どうほう……?」
「なにを寝ぼけておる。仲間の魔物たちの助太刀に行くのだ!」
「……てきは、だれだ?」
「人間に決まっているだろう」
正直、ガイルは何が起こったのか全く理解していなかった。
だが事実として、魔物が増え、人間たちを討とうとしている。
ガイルはその事実だけを受け入れた。
「ぐふっ! たしかに、人間以外ありえない!」
そういうと、ガイルはひとりで歩き出した。
*
無数の魔物たちの側を通り過ぎ、城へと向かう。
(小悪鬼などは良いとして……樋嘴に大蠕虫だと?)
浮遊する怪物に、巨大なミミズのような魔物。
身の毛がよだつような醜悪な怪物たちの筵。
(地獄ではないか……)
都市の中で一生を過ごす平民などは、この光景を見ただけで卒倒してしまうだろう。
しばらくすると、今度は魔物の数がぱったり減った。
密集地帯は抜けたようだった。
城まではあと一息だ。
一気に通り抜けよう、クルディアスがそう思ったとき、1匹の魔物が目に入る。
(豚鬼か? だが……雰囲気が違う)
その豚鬼は、見る者が見れば明らかに異質とわかるオーラを放っていた。
「ぐぎ!」
そんなオークが、こちらを見据えているように見えた。
(偶然か?)
〈透明化〉だけでなく、〈無音〉と〈無臭〉も使っているのだ。
バレるわけがない、はずだった。
しかし、目の前のオークは真っ直ぐにクルディアスを見据えている。
オークはゆっくりと、クルディアスに歩み寄る。
そして、右手に持つ棍棒を振りかぶり——
〈回避〉
クルディアスに降りかかるその一瞬前に、スキルによって回避した。
クルディアスの姿が晒される。
「やっぱり、いた」
「……なぜ、わかった」
徹底的に身を隠したはずだった。だが、このオークに見破られた。
「ぐぐ……もれてる」
ガイルは少し言葉足らずな言葉を返す。
「漏れてる……?」
「強者のオーラが……ぐぐっ! もれてる! もれてる!」
〈狂気〉が発動していないにも関わらず、ガイルはは興奮していた。
「強者のオーラ……」
そんなものあるはずがない、とも、クルディアスは言えなかった。
現に、目の前のオークは異質なオーラを放っている。
「もうひとり、いる! はやく、でてこい」
フリムのことだ。
(こいつ、本当に見えるのか、オーラ、などというものが)
疑いは確信に変わる。
このオークは、強い。
自分以外の者に、勝ち目はない。
だから——
「フリム。結界を。まずはこのオークを討つ」
「了解——〈霜の結界〉」




