第81話 蘇る魂②
混乱しているのは、なにも人間たちだけではなかった。
「なんだ!? 今のは!」
ミナトの声。
「わからない! でも……」
レナは城の方に目をやった。
「……なるほど。その可能性が最も高い。ならばどういう——」
『どういう魔法だと考える?』と続けたかったミナトだったが、目の前のあり得ない光景を前に、言葉を紡ぐことはできなかった。
骸骨だったものに、肉がついた。
死霊だったものが、実体となった。
動死体だったものは、全ての傷が治り、清潔な状態となった。
そして元に戻った魔物たちは、人間たちに向かって歩いて行く。
その目には理性が宿っていた。
同時に、憎悪も宿っていた。
「愚かな人間たちを討つのだ!」
ミナトの声ではない。レナの声でもない。無論、ロイでもない。
発したのは、ミナトの目の前にいた、人の形をしたトカゲ——蜥蜴人だった。
「あり……えるのか……? こんなことが……」
思わずミナトが言う。
理性も感情もない不死者は、理性と感情を持った魔物となったのだった。
「わからない。でも、これが現実……それに、私たちにとっては……」
「あぁ! 心強い援軍だ!」
何が起こったかはわからない。
あのスケルトンが超常の魔法でも使って、魔物を復活させたのだろう。
とにかく今は、そんなことはどうでも良い。
味方が増えたという結果だけが重要なのだ。
城の前で復活した魔物たちは、全員が人間がいるであろう場所に向かって駆け出した。
人間への恨みは、どうやら相当深いようだった。
「形勢逆転……だな」
「えぇ」
260対2で始まろうとしていた戦いは、いつのまにか2人だった方に魔物の群勢が付いて、人数の差は逆転した。
「どうする? 俺たちも行くか?」
ミナトの問いに、レナは少しだけ悩む素振りを見せる。
「……いや、残りましょう。〈飛行〉なんかを使ってここまで来られると厄介だし、城の最終防衛ラインとして、いておいた方がいいでしょう」
「……それが良さそうか」
レナの言葉に同意したミナト。
自分たちだけ何もやっていないという罪悪感は常にあるが、これも必要なこと。
ミナトは大人しく城を守護することとした。
*
しばらく、ミナトとレナは遠くで響く剣戟の音を聞きながら待機していた。
しかし、幸か不幸か、その時間はそれほど長くは続かなかった。
闖入者の声が響いた。
「カルティエでは世話になったな——ムカデ」
レオンだった。
白く輝く鎧を纏った人間が、いつのまにか目の前にはいた。
「へぇ。どうやってここまで来たわけ?」
怯むことなくレナは問う。
「それはお前らには知る必要のないことだ」
「それもそうだな」
返したのはミナトだ。
「ぐだくだ言ってても仕方ないし……早速始めましょう」
レナだ。
何を始めるかは無論、言うまでもないことだ。
「その前に提案がある」
意外にも、これはミナトの声だ。
「言ってみろ」
「2v2ではなく、1v1で決めようじゃないか、という提案だ」
「ほう」
ミナトの提案に、レオンは笑みを浮かべた。
「誰と誰が戦いかは言うまでもないことだと思うが……俺とレオン、そしてレナと……ミリナ! そう、レナとミリナだ」
ミリナの名前が思い出せなかったミナトに、途中、小声でレナから助け舟が出たことは、レオンたちには気づかれなかった。
「良いだろう。お前の提案を呑もう……ただ、1v1と言いながら邪魔が入っては興醒め……ミリナ」
「えぇ——〈決闘の結界〉」
この時のためだけにミリナが習得した結界魔法〈決闘の結界〉。
双方が同意した場合のみ、2人しか入れない結界を張る魔法である。
レオンたちにとっても、1v1で戦うというのは悪い提案ではなかった。
「意識の中で問いかけられるはずよ。それを受け入れなさい。レナ」
ミリナの言っていることを、一瞬後にレナは理解した。
確かに問いかけられた。
このような結界が張られることに同意するか……と。
レナは少なくない時間、迷う。
結局は同意することになるが、1度目を拒否することによってもう一度この魔法を使わなくてはならない状況にしてやろうかと考えたのだ。
だが、それならばそちらの提案を受けない、となるリスクを考えれば、それはできなかった。
レナとミリナを結界が包む。
〈決闘の結界〉の結界としての能力は非常に高い。
同程度の難易度であるとされる結界魔法〈御旗の結界〉などと比べて、格段にその効果は高い。
理由は単純で、双方の合意があるからだった。
対象を無理矢理閉じ込める結界と、対象も結界の維持を受け入れる——それどころか協力するような結界では、意味合いも効果も全く違う。
「ミリナ。俺たちにも」
レオンが言うと、ミリナはレオンとミナトにも〈決闘の結界〉をかける。
これで1v1での戦いは担保された。
「戦場はこっちだ。ついてこい、ムカデ」
癪だが、ミナトは従った。
単に、レナとミリナから離れようということだろう。
お互いに、準備は整った。
「俺は、今からお前を殺す」
レオンが感情の籠った声で呟くと、右手に持つ剣を構えた。
ミナトは肩を竦める。
正直、ここまで執着されるとは思っていなかったからだ。
(ま、いまさらそんなことを考えても仕方ないか)
「そうか。では、こちらも」
ミナトはアイテムボックスから蠢蟲剣を2本取り出した。
「うぉぉおおおおっ!」
レオンが駆け出した。
闘いが始まった。




