第80話 蘇る魂①
ユーライたちがポルッカに見つかったころ。
ワインの〈破城槌〉によって破壊された門から、多くの人間たちが雪崩れ込んでくる。
「くそっ! もう来たか!」
城の前にいたミナトとレナにも、その情報は伝わっていた。
「こうなった以上、私たちが相手をするしかないわね」
「……だな。どこまでできるかはわからんが」
ミナトとレナは、人間の軍勢に向かう。
国の中には多くの不死者があるとはいえ、戦力としては全く期待できない。
ストゥートゥの精鋭200人、そしてギルド『羅刹天』と『KK』のメンバーが合計60人。
260対2。
無謀な戦いが始まろうとしていた。
*
スケルトンは、いくつもある『魔法の眼』で全ての戦闘を観ていた。
それによって、すでに悟っていた。
この戦争、こちら側に勝機はほとんどないことを。
スケルトンが介入すれば、人間の軍勢を蹴散らすことも可能だろう。
だが、制約によって城から出ることが出来ない今、城内から魔法を行使しては、城が崩壊してしまう。
(王より預かったこの城……それだけはできまい)
ただ、スケルトンは思った。
城だけを守護して、果たしてそれは忠義なのか。
この国の魔物だった者たちを蹴散らして居座る人間たちを許して、果たしてそれは命令に従ったことになるのだろうか。
「王よ……」
わかっていた。
王が戻って来ないことなど、とうの昔にわかっていたのだ。
スケルトンの足は勝手に動いていた。
目の前には巨大な図書館が広がる。
ゆっくりと、歩を進める。
やがて、辿り着く。
手を翳せば、隠し扉が開く。
ミナトとレナにスキルスクロールを贈った部屋だ。
その中でも特に目立つ、分厚い本をスケルトンは手に取った。
「あぁ……王よ……」
これはスケルトンのかつての王が命懸けで手にしたスクロールであった。
王の物を勝手に使うなど言語道断。
だが……
「王よ……これが、これが私の忠義……」
スケルトンはあるはずのない涙を流しているような気分だった。
「お許しを……お許しを……」
スケルトンは、ゆっくりと、その分厚い本をめくっていく。
やがて、スキルはスケルトンのものとなり、スクロールは消える。
「ぁぁ……」
スケルトンは、自分がした行いであるにもかかわらず、小さくない絶望を味わった。
王が手にした1番の宝。
それを忠臣であるはずの自分が、無断で使ってしまった。
その事実だけで、ないはずの胸は傷んだ。
だが——
「決めた、のだ。私が」
この国を守らなくてはならない。
そして、守る手段はこれしかない。
スケルトンは焦ることもなく、ゆっくりと玉座の間へと戻る。
城下では、かつて魔物だった不死者が、人間たちによって次々と2度目の死を味わわされている。
だが、焦らなかった。
スケルトンは玉座に腰掛けた。
「私の、裏切りの証。そして私の、忠義の証」
スケルトンはゆっくりと、必要のないはずの深呼吸をした。
その一瞬後、立ち上がった。
大きく手を広げた。
そして——
「甦れ、魔の者たち——〈甦る魂〉」
*
固有スキル〈甦る魂〉。
範囲内の全ての生物を蘇生、回復する究極の回復スキル。
生物とあるが、生死は全く問わず、不死者としてこの世に降り立った者は不死者として甦る。
そしてその蘇生能力は他には類を見ない。
例え骨が一片でも残っていれば、完全な状態で復活する。
爪でも血でも、その者を構成する因子が少しでも見られれば、その者は完全に復活する。
固有スキルであるにも関わらず、一度使えばもう二度と使うことの出来なくなる使い捨てスキルでもある。
つまり、このスキルは世界で、そして歴史の中でたった一度しか行使されない。
一度きりの神の奇跡。
スケルトンが今使ったのは、そういうスキルであった。
*
そこにいた者で、何が起こったかを正確に理解できた者は1人もいなかった。
ただ、どれだけ鈍感な者にも、常軌を逸する量の魔力が一帯に降り注いだことはわかった。
尋常ならざる魔力に触れて、感受性豊かな者などは嘔吐をしているくらいだ。
「一体……なんだ……?」
そう漏らしたクルディアスに対する答えは、軍の者からではなく、目の前で起こった現象によって返ってきた。
「なん……だ?」
目の前の骸骨(媒介はおそらく狼系の魔物)に、徐々に肉がついていくのだ。
肉が付き、毛が生える。
やがてその骸骨は完全な灰狼となった。
後ろを振り返れば、倒したはずの不死者たちは、全て魔物に変わっていた。
「幻……覚……か?」
「百足人の味方に、幻術を使える者がいたというはなし——」
レリウスの言葉を最後まで聞くことは出来なかった。
5秒前まで非力なスケルトンであったはずの灰狼が、レリウスの首に飛びついたからだった。
「グルルルルル!」
幻覚ではない。幻術ではない。
現実。現実。これが、現実。
混乱と絶望。
しかし——
「惚けるな! 攻撃を! 魔物たちを滅ぼすのだ!」
やるしかないのだった。
お互いにとって、相手を殲滅する以外に、道はないのだった。




