第79話 無邪気な魔法剣士②
満身創痍であった。
ソーチもユーライもポポも、そして言うまでもなくポルッカも。
そんな中、
(私がどうにかしなくちゃ……!)
1人、意気込んでいる少女(?)がいた。
未だ〈透明化〉がかけられているアリスは、今か今かとときを伺っていたが、その『とき』が来る気配は一向になかった。
なにせ、ポルッカとアリスではスピードに差がありすぎるのだ。
アリスは頭を悩ませていた。
*
「はぁ……はぁ、はぁ」
ポルッカの息は上がっていた。
ポルッカはアイテムボックスからまたガラス瓶を取り出す。
今度はポーションのようだった。
当然、簡単に飲ませるわけにはいかない。
〈泥弾〉
泥の弾丸がポルッカに直撃するが、その一瞬前にポーションを飲み干していたようだった。
〈疾走〉
〈超加速〉
ポルッカは再びソーチたちの周りを回旋し始めた。
(これでは狙いが定まらない!)
ソーチの〈地盤泥化〉によって、既に地面はドロドロだったが、それでも瞠目に値する速度だった。
それが突如として止まり——
〈刺突撃〉
一気にソーチに向かってくる。
回避の余地はない。
ポルッカの刺突は確かなダメージとなった。
ソーチは精霊。
HPはもとより低い。魔防もそうだ。
(次の一撃で終わる……!)
やるしかない、とソーチは思った。
〈土津波〉
〈泥弾〉
〈土の球〉
残った魔力の限り、ソーチは魔法を乱発した。
しかし——
〈回避〉
〈回避〉
〈超回避〉
全ての魔法が宙に消えた。
〈回避〉の上位スキル〈超回避〉。
ポルッカがもつ1番のレアスキルである。
一度の戦闘で3回しか使えないという制限はあるが、それでも〈回避〉を大きく凌ぐ効果を持っていた。
尚も回旋を続けるポルッカ。
ソーチにまた刺突が入れば、終わる。
そんな緊張感の中、ポルッカはソーチ周りをグルグル回る。
そしてポルッカは、急旋回する。
準備をしていたソーチは、すぐに回避すべく行動を始める。
しかし、その短剣がソーチに向くことはなかった。
〈刺突撃〉
短剣はユーライに刺さった。
そしてユーライやソーチが反撃に転ずる前に、ポルッカは短剣をユーライから抜き、再び回旋を始める。
(あまりにも隙がない……)
回旋している間は、魔法を放とうにも〈回避〉によって避けられ、電光石火の〈刺突撃〉は準備していようとも避けようがない。
ユーライにとっても、今の一撃は痛かった。
HPもMPも、ほとんど残されていなかった。
ポルッカは回る。
命を刈り取る死神が、次の標的を品定めするがごとく、回り、回る。
(逃げるか? 逃げたとして、最後まで逃げ切れるのか?)
答えは否。
絶対絶命。
もはや逃れる手はないように思えた。
それをポルッカも悟っているのだろう。
ソーチたちの絶望を楽しむように、何周も何周も回り続ける。
(そろそろ、かな)
ポルッカは内心、そう思う。
(まずは精霊を殺して、この次にムカデだね)
そして、そのときは来る。
(…………今だ!)
ポルッカは急ブレーキをかけ、同時にソーチへ突進——しようとした。
が、それは叶わなかった。
足に、何かが絡みついている。
決して泥などではない。
「スライムッ!?」
足元に目をやれば、そこにはスライムがいた。
「離さないっ!」
アリスはガッチリとポルッカの両足をホールドしながら叫ぶ。
〈斬撃〉
スキルを発動させて、アリスを斬ろうとするポルッカ。だが——
「うそっ!」
折れたのは剣の方だった。
「ユーライさん! 今のうちに!」
「えぇ!——〈黒薔薇の棘〉」
ユーライが詠唱すると、その眼前に小さな棘が現れる。
たったひとつ現れた棘は、ゆっくりとポルッカに向かう。
ユーライが持つ強力な魔法のひとつである〈黒薔薇の棘〉だったが、このように動かない相手にしか的中しないところは難点であった。
暴れ回ってアリスの拘束を解こうとしていたポルッカだったが、どうやらそれも諦めたらしく、これから待ち受ける運命を受け入れようとしていた。
棘はポルッカに迫る。
ポルッカはここにきて、無垢な笑みを浮かべていた。
「ははっ、楽しかったよ、ムカデさんに精霊さん」
心の底からの声に聞こえた。
棘がポルッカに突き刺さる。
「また遊んでね!」
そう言うと、ポルッカはポリゴンとなって消えた。
「今度は時間があるときがいい、な」
ソーチは幽体でできたその身体を地面に投げた。
闘いは終わった。
*
ソーチとユーライは、既に満身創痍だった。
HP、MPともに、ほとんど尽きている。
「国の中は、どうなっているんでしょう」
結果的には、城壁の中にまで進行していた軍を放ってこちらの戦闘をしていたのだ。
「最悪のケースも、考えられるでしょうな」
ユーライが言う。
「城壁内にいるのは、ミナトくんにレナさん。それと豚鬼の人たちか……」
「オークの方々は別動隊と一戦交えた可能性もありますし……最悪の場合、あれだけの軍勢をミナトさんとレナさんの2人で対処しなくてはならないということも……」
それは十分に考えられることだった。
ソーチとユーライは様々な可能性を模索するが、勝利するビジョンは見えなかった。
「結局、数か……」
わかりきっていたことだった。
結局、あれだけの歩兵を殺した大河川での戦いも、勝利ではなかったということだ。
現実的に勝利を手にするためには、もっと多く殺さなくてはならなかったのだ。
勝利に見えていた戦いは、実は敗北だったのだ。
ソーチは願わずにはいられなかった。
あの城壁の中で、奇跡のような攻防が繰り広げられていることを。
ユーライは願った。
あの城壁の中で、神の如き力が、人間たちに降りかからんことを。
2人に余力はなかった。
もはや城壁に向かうこともままならないだろう。
「私は、城壁の中の戦いに加わります」
アリスが言う。
「アリスさんの足では、辿り着くのも……」
無理だろう、とソーチは言いたかった。
そしてそれは正しかった。
言葉に詰まるソーチだったが、思わぬところから声がかかった。
「私も行こう」
ゴトビキだった。
「大丈夫なんですか、ゴトビキさん」
「何もせずに帰るわけにはいかんのでな」
それ以上、ソーチは何も言わなかった。
「乗りな」
ゴトビキはアリスに言うと、アリスもそれに従った。
「行ってくる」
ゴトビキとアリスは魔物の国へ向かった。




