表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/99

第77話 狂気の豚戦士④


 一部始終を見ていた魔法師たちに、もはや戦闘の意思はなくなっていた。


 戦意喪失。


 リーダーのあの死に様を見せられて、気力を振り絞ることができる者など、どこにいようか。


 絶望だった。


 この豚鬼オークは死なない。

 自分たちには、殺せない。

 そして自分たちは、殺される。


 せめて楽な死に方を、と思わずにはいられなかった。

 逃げるという選択肢はなかった。逃げられるとは露ほども思わなかった。


 魔法師たちの後悔は尽きなかった。


 このオークが仲間を殺した時点で、この異常さに気づくべきだった。

 羅刹天に協力などしなければよかった。

 〈飛行フライ〉の魔法などいらなかった。

 ギルドになんか入らなければよかった。

 魔法職を取るべきではなかった。

 こんなゲーム——やるべきではなかった。


 絶望はそれほど深かった。


「…………」


 いつのまにか、ガイルの笑みは消えていた。


 つまらないものを見る目で、人間たちを見つめていた。

 まだ敵は全滅していないのだから、〈狂気〉の効果は切れていない。

 にも関わらず、冷静な目に見えた。


 冷静に、作業のように、残党の排除を始めた。


 跳んでは潰し、跳んでは潰す。


 敵はいなくなった。


 残ったのは、地面に散らばる28のかつて人間だったものだった。

 オークの死体はすぐにポリゴンとなったが、人間の死体はそうならなかった。


「ぐ、ふ、ふぅ」


 ガイルは地上に降り立つと、事切れたように地面に倒れ込んだ。


「あぶな、かった」


 実を言えば、ガイルにとって、これはギリギリの戦いだった。

 あと数発で、死んでいただろう。

 〈狂気〉を発動している間は、『安全』よりも『愉悦』を優先してしまう。

 これは〈狂気〉の厄介な特性だった。

 

 もしも最後の残党たちが気力を振り絞って魔法を行使していたら、多分負けていただろうとガイルは思った。


「おれは、まだ、よわい」


 これはガイルの本心だった。

 高みはまだまだある。


「だが……いまは……」


 石畳の寝心地は、存外よかった。

 ガイルはゆっくりと、その意識を手放した。

 



 

 軍は澱みなく前進していた。

 当然警戒は緩めなかったが、邪魔は入らなかった。


 そうして遂に、何事もなく城門の前まで辿り着いた。

 

 門は閉ざされていた。

 当然だが、門を壊さないことには魔物の国には入れない。


「ワイン」


 クルディアスはワインという名の男を呼んだ。


 ワインは、物体破壊のスペシャリストだった。

 人を殺す魔法はほとんど有さない。

 使いようによっては殺人も可能なのだろうが、そんなことはワインには求められていない。


 物体破壊。これ一本で、ワインは誉高き第一騎士団の座を勝ち取った。


「もう、始めてよろしいのですか?」


「問題ない」


 クルディアスは辺りを一瞥してから言った。


「では、いきます——」


 ワインの集中力が高まる。


「〈破城槌ハジョーツイ〉」


 攻城兵器『破城槌』。

 殺傷能力はそれほど高くないが、対物体においては破格の破壊力をもつ。

 

 大きな丸太が現れる。

 寺院の鐘を鳴らすように、しかし驚愕の速さで、丸太は門に向かって放たれた。


 轟音が響いた。


 門はばらばらに砕け散った。


「……これほど高度な魔法を使える者が、魔法騎士団にいるか?」


 魔法騎士団は基本的には対人、対魔物に特化している。

 

(〈破城槌ハジョーツイ〉と同レベルの攻撃魔法といえば……フリムの〈氷の魔弾(フロスト・ブレット)〉くらいか)


 クルディアスは強化された氷の弾丸を次々と発射する、フリムの切り札を思い浮かべていた。

 そんな間に、ワインは次の魔法を準備する。


物体移動ムーブ・アイテム


 ワインの魔法によって、城門の瓦礫は両サイドに掃け、真ん中に道ができた。


「突撃!」


 クルディアスが叫ぶと、軍の面々とその後方にいたギルドの者たちも、魔物の国へ雪崩れ込んだ。





「まずいですね」


 岩の陰で身を潜めるユーライたちは、その視界に国の中へと突撃する人間たちを見据えていた。


豚鬼オークの方々がいれば対応できるかもしれませんが……」


「苦戦は免れないでしょうね」


「すぐに戻りますか? 私は元気いっぱいですけど、いかんせん速度が出ないので……」


 『抱えてもらうことになります……』と小声で続けたアリス。


「そうですね。僕もユーライさんもポポさんも、万全ではないですけど、戻らなくては国が崩壊します」


「ゴトビキ殿は、どうしますか?」


 ゴトビキの傷は未だ癒えきっていなかった。

 

「置いて、いけ。必ず、おいつく」


「……わかりました」


 ゴトビキの覚悟を受け取ったソーチが言う。


「それでは、参りましょう」


 ユーライがそう言ってアリスを抱えようとした、そのとき。


「行かせると思う?」


 背後から楽しげな声がかかった。


「探してたんだよー。ムカデに精霊エレメンタル


「なんだ、お前は!」


 ソーチが珍しく大きな声を出した。


「僕? 僕は『ギャングエイジ』のリーダー、ポルッカ。よろしくねー」


 ポルッカと名乗った子どもにすら見える男は、なおも楽しげだった。


「じゃ、始めよっか」


 ポルッカは言った。


「始める……? なにを」


「なにって、殺し合いだよ。こ、ろ、し、あ、い」


 ふふっ、と最後に笑って、ポルッカは言った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ