第77話 狂気の豚戦士④
一部始終を見ていた魔法師たちに、もはや戦闘の意思はなくなっていた。
戦意喪失。
リーダーのあの死に様を見せられて、気力を振り絞ることができる者など、どこにいようか。
絶望だった。
この豚鬼は死なない。
自分たちには、殺せない。
そして自分たちは、殺される。
せめて楽な死に方を、と思わずにはいられなかった。
逃げるという選択肢はなかった。逃げられるとは露ほども思わなかった。
魔法師たちの後悔は尽きなかった。
このオークが仲間を殺した時点で、この異常さに気づくべきだった。
羅刹天に協力などしなければよかった。
〈飛行〉の魔法などいらなかった。
ギルドになんか入らなければよかった。
魔法職を取るべきではなかった。
こんなゲーム——やるべきではなかった。
絶望はそれほど深かった。
「…………」
いつのまにか、ガイルの笑みは消えていた。
つまらないものを見る目で、人間たちを見つめていた。
まだ敵は全滅していないのだから、〈狂気〉の効果は切れていない。
にも関わらず、冷静な目に見えた。
冷静に、作業のように、残党の排除を始めた。
跳んでは潰し、跳んでは潰す。
敵はいなくなった。
残ったのは、地面に散らばる28のかつて人間だったものだった。
オークの死体はすぐにポリゴンとなったが、人間の死体はそうならなかった。
「ぐ、ふ、ふぅ」
ガイルは地上に降り立つと、事切れたように地面に倒れ込んだ。
「あぶな、かった」
実を言えば、ガイルにとって、これはギリギリの戦いだった。
あと数発で、死んでいただろう。
〈狂気〉を発動している間は、『安全』よりも『愉悦』を優先してしまう。
これは〈狂気〉の厄介な特性だった。
もしも最後の残党たちが気力を振り絞って魔法を行使していたら、多分負けていただろうとガイルは思った。
「おれは、まだ、よわい」
これはガイルの本心だった。
高みはまだまだある。
「だが……いまは……」
石畳の寝心地は、存外よかった。
ガイルはゆっくりと、その意識を手放した。
*
軍は澱みなく前進していた。
当然警戒は緩めなかったが、邪魔は入らなかった。
そうして遂に、何事もなく城門の前まで辿り着いた。
門は閉ざされていた。
当然だが、門を壊さないことには魔物の国には入れない。
「ワイン」
クルディアスはワインという名の男を呼んだ。
ワインは、物体破壊のスペシャリストだった。
人を殺す魔法はほとんど有さない。
使いようによっては殺人も可能なのだろうが、そんなことはワインには求められていない。
物体破壊。これ一本で、ワインは誉高き第一騎士団の座を勝ち取った。
「もう、始めてよろしいのですか?」
「問題ない」
クルディアスは辺りを一瞥してから言った。
「では、いきます——」
ワインの集中力が高まる。
「〈破城槌〉」
攻城兵器『破城槌』。
殺傷能力はそれほど高くないが、対物体においては破格の破壊力をもつ。
大きな丸太が現れる。
寺院の鐘を鳴らすように、しかし驚愕の速さで、丸太は門に向かって放たれた。
轟音が響いた。
門はばらばらに砕け散った。
「……これほど高度な魔法を使える者が、魔法騎士団にいるか?」
魔法騎士団は基本的には対人、対魔物に特化している。
(〈破城槌〉と同レベルの攻撃魔法といえば……フリムの〈氷の魔弾〉くらいか)
クルディアスは強化された氷の弾丸を次々と発射する、フリムの切り札を思い浮かべていた。
そんな間に、ワインは次の魔法を準備する。
〈物体移動〉
ワインの魔法によって、城門の瓦礫は両サイドに掃け、真ん中に道ができた。
「突撃!」
クルディアスが叫ぶと、軍の面々とその後方にいたギルドの者たちも、魔物の国へ雪崩れ込んだ。
*
「まずいですね」
岩の陰で身を潜めるユーライたちは、その視界に国の中へと突撃する人間たちを見据えていた。
「豚鬼の方々がいれば対応できるかもしれませんが……」
「苦戦は免れないでしょうね」
「すぐに戻りますか? 私は元気いっぱいですけど、いかんせん速度が出ないので……」
『抱えてもらうことになります……』と小声で続けたアリス。
「そうですね。僕もユーライさんもポポさんも、万全ではないですけど、戻らなくては国が崩壊します」
「ゴトビキ殿は、どうしますか?」
ゴトビキの傷は未だ癒えきっていなかった。
「置いて、いけ。必ず、おいつく」
「……わかりました」
ゴトビキの覚悟を受け取ったソーチが言う。
「それでは、参りましょう」
ユーライがそう言ってアリスを抱えようとした、そのとき。
「行かせると思う?」
背後から楽しげな声がかかった。
「探してたんだよー。ムカデに精霊」
「なんだ、お前は!」
ソーチが珍しく大きな声を出した。
「僕? 僕は『ギャングエイジ』のリーダー、ポルッカ。よろしくねー」
ポルッカと名乗った子どもにすら見える男は、なおも楽しげだった。
「じゃ、始めよっか」
ポルッカは言った。
「始める……? なにを」
「なにって、殺し合いだよ。こ、ろ、し、あ、い」
ふふっ、と最後に笑って、ポルッカは言った。




