第74話 狂気の豚戦士①
ユーライたちが大河川で戦闘を繰り広げていた、ちょうどそのころ。
「ゾクチョ、キタ」
国の中央にある広場で待機していた豚鬼部隊。
見張りをしていたオークからガイルへ報告が入った。
「どこ、だ」
「あっち」
ガイルは答えることもなく、見張りのオークが指を指した方に向かって歩き出す。
オークの戦士たちもそれに従ってついて行く。
敵は、数分とかからず見えた。
当然というべきか、人間であった。
「豚鬼?」
人間のうち1人が声を発する。
数は30人程度。ほぼ同数と見えた。
「オークって……ぷぷ、私たちの格好の餌食じゃない」
最前線に並ぶ2人の男女。
その女の方が、笑いを堪えきれないといった感じで言った。
「まあそう言うなめろる。オークとはいえ、どんな手を打ってくるかはわからないんだから」
男はそう言いながらも、明らかにオークたちを下に見た態度だった。
そして、それはわざとかもしれなかった。
「グォオオオ!」
怒りに狂った1体のオークがその男女に向かって突進する。
「ちょろいちょろい」
男はそういうと、魔法を発動させる。
「〈飛行〉」
行使したのは、その男だけではなかった。
なんと、全員が〈飛行〉を行使したのだった。
4つのギルドの中で〈飛行〉の魔法が使える者だけを集めた部隊。
彼らは、飛行部隊と呼ばれていた。
リーダーはギルド『スカイアイ』でもリーダーを務めるハルカゼ。その隣には同じくスカイハイのめろる。
少人数な分、1人ひとりの能力は高かった。
対して、オークの中に魔法師はほとんどいない。数にして4人だ。
しかも、4人ともそれほど練度は高くなかった。
オークの中にも少なからず魔法の才を持つものはいるが、多くの者はそれを育もうとはせず、そうでなくともオークたちに魔法のノウハウはなかった。
空中から魔法を撃たれては、近接戦を得意とするオークたちでは全く歯が立たない。
「グググ、グギギギ!」
そのはずなのに、ガイルは笑っていた。
「あらあら、気が触れちゃった?」
めろるは半ば本気で言うが、無論、そんなわけはなかった。
「グギギ! グギ! ギギ!」
何が面白いのか、ガイルは笑い続けた。
それが終わると、今度は一転、真顔でハルカゼたちに背を向けた。
「ひとりずつ、こい」
何が始まるんだろうという、一種の好奇心。
そして、自分は空中という、この理解不能な魔物の手が届かないところにいるという安心感。
それが、彼らに攻撃を撃たせなかった。
ガイルの目の前に立った1体のオーク。
ガイルはそのオークに向けて右手に持つ棍棒を振り翳し——
——グチャ
力一杯、振り下ろした。
返り血がガイルにべったりと張り付く。
「グギ! グギギギギ!」
異様だった。
「つぎ!」
次の者を呼ぶガイル。
オークはなぜか、それに従った。
ガイルは同じように、そのオークも殺した。
呆気に取られたように見入ってしまっていたハルカゼだったが、ここで異変に気づく。
(心なしか……体格が大きくなっていないか……?)
気づくと同時に、行動に移した。
「みんな! 攻撃魔法を! あいつ、何か変だ!」
変なのはずっとだろう、などと言うものはおらず、飛行部隊の面々は攻撃魔法を放つ。
「グフッ」
ガイルは楽しげに、しかし俊敏に、数多の魔法攻撃を交わした。
攻撃魔法を放たれてもなお、ガイルは反撃に転じなかった。
「つぎ!」
ガイルはまた、オークを殺した。
ひとり。またひとり。
ガイルはオークの戦士を殺していった。
ハルカゼたちは攻撃魔法を放ち続けるが、なかなかヒットしない。
動き回りながら、オークたちを殺してまわっているからだ。
さらに、ヒットしてもそれほどダメージを落った様子がない。
「なんなんだ、こいつは」
しかし、ハルカゼたちにそれほどの混乱はなかった。
自分たちは空中にいるのだ。
見たところ、このリーダーのオークは魔法が使えないし、魔法を使えるオークも恐らく〈飛行〉などという高等魔法が使えるとは思えなかった。
ついにオークは5人だけとなった。
ガイルを除けば、全員魔法を使える者たちだった。
「おれに、まほうを」
ガイルが言うと、4人の魔法師は黙ってそれに従った。
〈外皮強化〉
〈筋力強化〉
〈小治癒〉
〈魔法防御向上〉
それが終わると、ガイルは4人の魔法師に歩み寄る。
これから何が起こるのかを、誰もが悟った。
そしてそれは裏切られなかった。
ガイルはその棍棒で、魔法師の脳天をかち割った。
4人全員をだ。
オークは、ガイル1人となった。
「狂ってやがる」
ハルカゼはそう漏らした。
「グググ、グギッ!」
不気味な笑い声だった。
「はじめよう、か」
ガイルは言った。
そして——
「ふんっ!」
その場で思い切り踏み込むと、ガイルは飛び上がった。
「なにっ!」
気がつけば、ハルカゼの眼前にはガイルがいた。
ガイルは棍棒を振り下ろす。
「ぐぁあああっ!」
苦悶の声。
頭蓋骨を叩き割ろうと降ってきた棍棒。
間一髪でそれは免れたが、棍棒は肩にめり込んだ。
ハルカゼは気合いで飛行魔法を維持する。
降りたら間違いなく、死ぬ。
〈治癒〉
〈治癒〉
仲間たちから回復魔法がかけられる。
これで、少なくとも痛みは引いた。
だが、脅威が終わったはずはない。
「あれは一体……」
魔法が行使される兆候はなかった。
それがあれば、ハルカゼの反応があれほど遅れることはなかった。
ガイルはハルカゼを見据えて笑っていた。
不気味な笑顔だった。




