第72話 大河川の攻防⑥
「さて、休憩は終わりだ。再び魔物の国へ攻勢をかける。ここからは私たちのフィールドだ。決して遅れをとるなよ!」
クルディアスの檄に、多くの兵士たちが呼応した。
この短い時間で、少なくとも表面的には、兵士たちの精神を回復させたクルディアスの手腕は、やはり非凡であった。
兵士たちはクルディアスの指示に従い、隊列を組み、今度こそ魔物の国に向かって歩み始めた。
隊列は、最前線に第二騎士団の50人、その後ろに第一騎士団同じく50人、最後方に魔法騎士団、羅刹天、KKのメンバーと続いた。
*
「動き出したようですぞ」
ゴトビキが動き出したストゥートゥの軍を見て言った。
「そのようですね」
「ど、どうしますか? 私を囮にして逃げますか!?」
アリスが焦って言った。
「いや、まだその段階にはない。だが……フラットなこの平地で正面衝突となると……」
「勝算は薄いでしょうな」
先ほどのまでの大攻勢は圧倒的な地の利があってこそ。
それはここにいる全員が理解していた。
さらに言えば、主戦力であるユーライの魔力は未だ回復しきっていない。
「あの、もしかしてそこにいますか?」
そんなとき、ユーライの背後から声がかかった。
ソーチの声だった。
「素晴らしい働きだったな、ソーチ殿」
答えたのはゴトビキだ。
「あ、やっぱりいるんですね。声が聞こえたからもしかしてと思ったんですけど」
「それで、ソーチ殿はこれからどうするつもりだ?」
「……残MP量がかなり少なくなったので撤退してきたのですが……」
「そうか……ユーライ殿とソーチ殿は魔法での戦闘が厳しい、か」
「現実的に考えれば、一度城壁の中まで撤退すべきでしょうな」
ユーライの言葉は重かった。
そして、正しかった。
だが——
「撤退して……城壁まで逃げて、それでどうするつもりだ?」
ゴトビキは強い口調でそう言った。
そのカエルの目つきはいつになく鋭かった。
「ユーライ殿とソーチ殿、そして梟鸚鵡は、絶対にここで死んではならない。しかし私とアリス殿は、ここで死ぬことも許容範囲のはずた」
「はへぇ!?」
いきなりそんなことを言われたアリスは、思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
しかしそれを無視して、ゴトビキは続けた。
「いざとなれば、私が矢面に立つ。いざとなれば、盾になって死ぬ」
そこには確かな覚悟があった。
「アリス殿、あなたもここで死ねるな?」
「は、はひぃ!」
ここがゲームの中であることも忘れて、アリスは上擦った声をあげた。
しかしそんな返事とは裏腹に、アリスはこのことに納得していた。
というか、もとよりそのつもりでここにいるのだ。アリスに与えられた役割は他の4人を守ること。4人の盾となることと相違なかった。
「それでは、ユーライ殿とソーチ殿は離れていてください」
「……わかりました」
2人は素直に従った。
徐々に徐々に、敵兵が近づいてくる。
〈透明化〉がかかっているのでまだ存在は気づかれていない。
ゴトビキは、自身の魔法が最大限の効力を発揮する範囲に相手が踏み込んでくるのをジッと待つ。
そして——
(3.2.1……)
〈森林の力・魔法力超上昇〉
ゴトビキの脳内のカウントダウンに呼応するように、ポポが強化魔法をかける。
〈酸性雨〉
兵士たちを、大雨が襲った。
雨粒が皮膚を打つと、小さく『ジュッ』という音が鳴り、皮膚を溶かそうする。
ポポのバフの効果もあり、酸の効果は絶大なものとなっていた。
魔法を放ったことで、ゴトビキの存在はすぐに発見された。
「術者はそのカエルだ!」
人間の声。
「魔蛙か! 舐めやがって!」
怒りに狂う、人間の声。
〈魔法の槍〉
〈火の矢〉
〈水の球〉
人間たちが次々と魔法を放つ。
だが、感情に任せて撃った魔法は、上手くコントロールできていなかった。
ゴトビキは俊敏である。なぜならカエルであるから。
このような雑に放たれた魔法を避ける程度、ゴトビキには難しくなかった。
だが、1人……たった1人、毛色が違う魔法師がいるのをゴトビキは確認していた。
(多分……女の魔法師)
人間がカエルのオスメスを見分けるのが難しいように、カエルが人間の男女を見分けることも困難であったが、ゴトビキの推察は正解だった。
毛色が違う魔法師——フリムは、落ち着いた表情で、ゆっくりと右手を前に突き出した。
「——黙れ」
その声は、異様に良く響いた。多分、魔法によるものだろう。
声を通りやすくする、などの難易度の低い魔法であれば、高位の魔法師が無詠唱で発動できても全くおかしくはない。
だが、この状況下でその判断が出来るのは、ある意味異常だった。
フリムの一声により、魔法も声もなくなった。
(……面倒な)
ゴトビキのプランは、魔法と兵士から逃げ続けて〈酸性雨〉でじわじわと消耗させるという作戦だった。
だから、冷静にコントロールして魔法を撃たれるというのが最も嫌なことであった。
「〈氷柱砲〉」
大きな氷柱が形成され、その一瞬後、ゴトビキに向かって飛んでくる。
恐るべき速度だった。
〈回避〉
ゴトビキは自身が持つスキルを発動させて、なんとかその一撃を避けた。
間一髪であった。
ゴトビキの一瞬の安堵は、次の瞬間絶望に変わる。
眼前に、氷柱が迫っていたのだ。
フリムは、〈氷柱砲〉を連発していたのだ。
〈回避〉を使っても避けることはできない距離。
氷柱はゴトビキの胴を貫いた。




