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第71話 大河川の攻防⑤


 あからさまにパニックを起こしたものはいなかった。

 しかし、明らかに通常とは違う様子の者たちも少なくなかった。

 息が荒くなったり、目の焦点が合っていなかったりと様々だが、年齢が若いほどその傾向があった。

 歴戦の魔法師であるフリムは別として、比較的若い者たちは皆、怯えているようだった。

 

 『死』に怯えているのではない。この者たちはこれまで、自分の命を省みず国のために戦ってきた者たちだ。

 そんな者たちを心の底から震え上がらせているもの。それは『理不尽な死』への恐怖であった。


 死ぬのは怖くなかった。

 だが、虫けらのように、唐突に、自分という生命を蹂躙されるのは恐ろしかった。


「皆の気持ちはわかる。だが落ち着け。ここは戦地だぞ」


 冷徹で、しかしどこか情の籠ったクルディアスの声で、多くの兵士たちは意識が現実に戻った。

 

「戦地において、過ぎたことを考えすぎるのは御法度。これからのことを話すぞ」


 クルディアスが言い終わる頃には、ほとんどの者が(表面的には)落ち着きを取り戻していた。


 内心にはまだ大きな怯えがあるのはクルディアスも理解していた。だが、今はそれでいいとも思っていた。


「まず、状況を冷静に捉えろ。我々が失った戦力は全ての歩兵と魔法師兵だ」


 自分で言っていながら、クルディアスは軽い頭痛を起こした。


「確かにこの犠牲は痛い。しかし冷静になるんだ。ここまで、敵は僅か3体しか姿を表していない。これは間違いなく、敵陣営は数——つまり戦力が足りないからに他ならない」


 数の話を戦力の話としてすり替えたが、それに気付いた者はいなかった。


「お前たちは紛れもなく精鋭だ。それに、羅刹天やKKの方々も援護に来てくれている。正面からやり合えば、決して負けることはない! 俺が保証する」


 クルディアスの言葉に、場は湧いた。

 残った者たちからすれば、希望の光を見せてくれたようなものだった。


「フリム、敵の気配は?」


 話の途中も探知系魔法を行使し続けていたフリムに、クルディアスは問う。


「ありません。どうやらあちら側も、今攻勢をかける気はないようです」


「そうか」


 安心したように呟くクルディアス。


 魔物と人間、両者にとって、この20分余りの短すぎる休戦は、しかし大きな意味を持つ休息となった。





「思った以上に上手くいったようだ」


 ミナトは満足げにそう言った。


「そんな気はしてたけど、やっぱり成功させちゃったのね」


 対するレナは、どこか呆れたような口調になっていた。


「これって実質、即死魔法が通用する雑魚相手であれば、どれだけの人数差があろうと一蹴出来るってことでしょ?」


「まあ、そうなるな」


 なぜか責めるような口調になったレナにミナトは歯切れの悪い返事しかできなかった。


「なんだか不公平って感じがしちゃう……あぁいや、一般論から言えば十分私も優遇されているそうなんだけど……」


 もはやレナは、容姿が醜いという最大の欠点すら無視できるようになっていた。それほどまでに、自分の今の姿に慣れてしまっていた。


「ま、俺たちは例外中の例外だろうからな」


「……そう思うことにしとくわ。それにしてもあんたはチート級だと思うけど」


 後半はボソボソと小さな声で言ったので、ミナトには届かなかった。


「あ、あの」


 見兼ねたロイが口を開く。


「なんだ?」


「な、なぜミナトさんとレナさんは戦闘に加わらないのかなと思いまして」


 ロイの疑問はもっともだった。

 これは会議の段階でもゴトビキに突かれたところだ。

 ただ、特段隠しておきたいことでもなかった。


「そうだな。理由は2つある。ひとつは、あのスケルトン——つまり、ユニークモンスターの存在を知られたくない。多くの者にとって、ユニークモンスターの討伐は目標であり夢だ。存在がバレたら、この戦争に勝ったとしても、止まることなく敵が押し寄せてきてしまう。それはある意味で、長期的な敗北を意味する。敵襲にいちいち対処していたのでは、身動きも取れなくなるだろう。理想は、『あいつらには関わらないほうがいい』と思わせることだ」


 つまりミナトとレナは城に入らせないための最終防衛ラインというわけだ。


「な、なるほど」


 正直、ミナトにとってはこれだけでも十分な理由だったが、それでも説明を続けた。


「もうひとつは、多分、『奴ら』が俺たちを狙ってくるであろうという予想……いや、確信があるからだ」


「奴ら……ってまさか」


「あぁ。羅刹天のレオンと……あの女の子だ!」


「ミリナよミリナ」


「そう、ミリナだ!」


 じとーっとした目でミナトを見るレナ。


「つ、つまりだな。奴らがやって来たときに、万全の体勢でないといけないというわけだ」


 ひと通りの説明を終えたミナトの耳に飛び込んできたのは、ロイの声でも、ミナトの声でもなかった。


——ドーン!


 轟音は左前方から聞こえてきた。


 家屋が倒壊した音だろう。


 それを聞いてもなお、ミナトとレナは冷静だった。


「やっぱり、奇襲はあるわよね」


「だな。だが、俺たちが手を出すわけにはいかない。この役割は豚鬼オークに一任したのだからな」


 ここで下手に介入でもしたら、豚鬼オークたち——というよりガイルの機嫌を損なわせることとなるだろう。

 そして何より、ミナトとレナは最後の砦である。こんなところで消耗するわけにはいかないのだった。


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