第69話 大河川の攻防③
「精霊だと?」
「はい。〈魔力探知〉で魔力の波長を視ましたが、あれほど整った、綺麗な波長は精霊以外には考えられません。むしろ、精霊でなかったときの方がまずいかと思われます」
23歳という若さにして魔法騎士団の団長を務めるフリムの言を手放しに信じない手は、この場面ではなかった。
「そうか。それで、討伐は可能か?」
クルディアスは単刀直入に聞いた。時間がないということもあったが、そもそもクルディアスはそういう性格であった。
「……全くの不可能というわけではないと思いますが、この距離ではまず間違いなく兵士たちを巻き込むことになります。それも10や20ではなく……」
「歩兵の全滅もあり得る……と?」
「その通りです」
一瞬の逡巡。しかし、本当に一瞬。
「そうか——やれ」
一瞬の間にクルディアスが考えたこととは、決して罪悪感や正義感に駆られてのことではなく、ここで捨て駒を使い切っていいものか、というものだった。
「了解。準備ができ次第、攻撃を開始します」
「徹底的にな」
*
ソーチの作戦は想像以上に順調だった。
(このペースなら、渡りきった人たちは全員殺せるかも)
自分の残MP量と睨めっこしながら、ソーチは思った。
ソーチの試算では、ギリギリMPを使い切るくらいのタイミングでここにいる者たちは全て殺せそうだった。
ただ、そう都合よくはいかなかった。
砂嵐の中から突如として現れた火の玉。
これを避けるのは流石に困難だった。
(これがダメージを受ける感覚……)
それはソーチが思っていたよりも不快なものだった。
(魔法を撃ったのは……あいつか!)
砂嵐で視界が遮られているのはソーチも同じだ。
だが、ソーチは〈魔力探知〉を使わなくても魔力のありかがわかった。
これは精霊にもともと備わっている特性のようなものだった。
(あいつら……全員僕を狙ってるのか!)
相手はおおよそ50人。
自分の正体がバレているとならば、正直勝算は少ないと言わざるを得ない。
ソーチは開戦前のミナトの言葉を思い出していた。
(『全員、生きて帰って来い』、か)
決断は早かった。ソーチはすぐに踵(ないのだが)を返し、拠点に向かって猛ダッシュした。
正真正銘、『戦略的撤退』であった。
*
「逃げた……?」
「そのよう……ですな」
あっけに取られたのはフリムだった。
対岸にいる歩兵凡そ100人の命が失われなかったのは良いことだが、精霊を取り逃がしたのはかなりの痛手だった。
とはいえ、あの場での最善策を打ったのも事実。受け入れる他ない。
「魔法騎士団、もう一度橋を」
精霊が逃げたのを見て、(恐らく)クルディアスの命令を伝達にきたレリウス。
「了解。規模は?」
「とにかく短時間で、とのことだ。最低限の安全が担保されていればそれで良いと」
『最低限の安全』というのが難しいんだよな、とフリムは内心毒づいたが、当然口には出さない。
「了解」
フリムは素直にそう言うと、魔法師を8人集めた。
発動させる魔法は〈道具創造〉という高位の魔法だ。
ただでさえ高位の魔法を使って大きな橋を作ろうとしているのだから、必然、9人(フリムを合わせて)くらいは必要だった。
「準備はいいな? いくぞ……〈道具創造〉」
発動させると、ゆっくりだが、徐々に徐々に橋が形成されていく。
3分くらい待てば、橋は完全に仕上がった。
「……ふぅ。完了です」
3分間絶え間なく魔力を注入。当然常に集中力を切らしてはならない作業だ。精神的にも肉体的にも消耗は少なくなかった。
その後、渡橋はすぐに始まり、今度は滞りなく終わった。
犠牲は歩兵が400人。
比較的価値のない歩兵だけが犠牲になったとはいえ、大河川を渡った時点でこの数は全くもって想定外だった。
ここにいる人員は200人に減った歩兵と魔法騎士団、第一、第二騎士団、ここまでがストゥートゥの軍で、プレイヤーからは、KK、そしてレオンとミリナを除く羅刹天のメンバーだった。
「ここまでの劣勢はあちらに地の利があったからだ。フラットな条件であれば、十分数で押し潰せる」
クルディアスが全員に向けて言ったこの言葉も、全く気休めというわけではなかった。
クルディアスのこの言葉もあり、ここから自分たちの攻勢が始まるのだと、誰もが信じて疑わなかった。
そんなときだった。
黒い風が吹いた。
一瞬後に、白い風が吹いた。
それと同時に、残った200人の歩兵と全ての魔法師兵、合計400人の命が、即座に奪われた。




