第68話 大河川の攻防②
「なるほど。考えたな。ユーライ殿」
素直な感嘆を口にしたのはゴトビキだ。
「風と地震によって橋を徐々に脆くする。そして一度魔法を止めることによってより多数を橋の上へと招く。脆くなった橋はそれだけでもいっぱいいっぱいなのだから、再び地震を起こせば簡単に崩落する」
「ご慧眼、恐れ入る」
「にしても、貴殿の魔法力は卓越しているな。梟鸚鵡の支援があるとはいえ」
「伊達に長く生きてはおらんということです」
「おかげで、私の〈毒霧〉はほとんど効果を発揮していないがな」
ゴトビキのこの言葉に、嫌味に似たものは含まれていなかった。かと言って、恐縮もしていなかった。
ゴトビキ自身、自分がどのような状況の、どのような戦いを得意としているかを理解しているからだ。
それでいえばこの遠距離戦は、全くもってゴトビキのフィールドではない。
寧ろゴトビキの魔法は、近距離でこそ真価を発揮するのだ。
ユーライやゴトビキがいる場所からは、先ほどのように〈毒霧〉と〈気流操作〉を組み合わせるなどをしなければ敵まで魔法が届かない。
〈禍〉のような魔法は例外であると言っていい。
それは当然あちら側からも同じで、ここまで届く魔法があるとは考えづらい。
となれば一旦の休息に入るべきだと、ユーライたちは判断した。
ユーライ以外にはほとんど疲れは見えないが、ユーライが主戦力なのは言うまでもない。
〈透明化〉
だがらポポは再び2人を透明にした。
ユーライはしばしの休憩だ。
「さて、今度はお手並み拝見といこうか」
ゴトビキは前方に微かに見える茶色がかった陽炎を見て言った。
*
(さて、今度は僕の番かな)
決死の思いで大地に降り立った兵士たちを見て、ソーチは思った。
〈地盤泥化〉
まずは地面を泥にする魔法。全く身動きが取れないということはないが、訓練された兵士であっても、鈍化と消耗は免れない。
〈眷属召喚・小精霊〉
ソーチは最近取得した精霊使いという職業の専用スキルを発動させた。
このスキルは5体の小精霊を召喚するというもので、それぞれが手助けをしてくれる。
ソーチが土の精霊であるからして、召喚されたのは土の小精霊である。
〈砂嵐〉
次に視界を限定させる。
足元がおぼつかない中、視界も妨げられたとなれば、当然兵士たちの足はより一層重くなる。
さらに、〈砂嵐〉には別の効果もあった。
茶色がかった幽体をもつソーチにとって、砂嵐はこれ以上ない隠れ蓑だ。
ソーチの経験上、これをすればまず見つからない。見つからないとなれば、やられることは絶対にない。
これはソーチが編み出した、まさしく『必勝法』であった。
「くそっ! 今度は一体なんなんだっ!」
「近くに術者がいるはずだ!」
「とにかく砂嵐を抜けるんだ!」
兵士たちは口々に叫ぶ。
〈礫砲〉
今度は大量の礫を散弾銃の如く射出する魔法が兵士たちを襲う。
小精霊たちもソーチに倣って魔法を発動させる。当然ソーチのものより効果は低いが、それでも無視できない痛みを与え、場合によっては死に至らしめる。
〈礫波〉
それでもソーチは手を止めない。
地面が盛り上がったかと思えば、それが波の如く兵士たちに襲いかかってくる。
もはや兵士たちに打つ手はなかった。
*
「今度は砂嵐だと?」
まだ川を渡っていないクルディアスは、対岸で起こっている惨状を見て言った。
「問題は、術者が見当たらないことです。この魔法も先ほどの百足のものというのは考え辛いでしょう」
レリウスが言ったことは、まさしく正論であった。
「ヨークを呼べ」
クルディアスがそう返すと、レリウスは返事もせずに行動を開始した。
20秒と待たず、レリウスはヨークを連れてきた。
『鷹の目』のヨーク。
スキルと先天的な特性により常時底上げされた視力を持つ。偵察などの際には『鵜の目』のタイガと並んで重宝される、ストゥートゥの『目』である。
そしてその鵜の目のタイガは先の百足人との戦闘で殉職している。
互いに切磋琢磨してきたヨークにとって、これは弔い合戦でもあった。
「術者のことですか」
前置きも挨拶もなく、ヨークは本題に入った。
ここに呼ばれた時点でどのような話なのかは想像がついていた。
クルディアスは、ヨークのこういうところが好ましいと思っていた。
物事の優先順位を誤らない男なのだ。
「そうだ。見えないか?」
「えぇ。私の『眼』を持ってしても、見当たりません」
「そうか。砂嵐の中もか?」
通常であれば、決して近くはない砂嵐の中から術者を見つけるなど不可能である。
だが、ヨークにはそれを可能にする絶対的な視力があるはずだった。
「えぇ。間違いなく、肉体はありません」
含みを持たせたヨークの言い草に、一瞬首を捻りかけたクルディアスだったが、すぐに得心がいった。
「なるほど……術者は幽体、もしくは霊体の可能性がある、と言いたいんだな?」
「その通りです」
ヨークが持つ能力は、『どんなに遠くであろうと、小さくあろうと、見えるものを見逃さない』という能力であり、決して『見えないものを視る』能力ではない。
単純な視力を徹底的に底上げした能力が、ヨークの『眼』である。
それと対照的だったのが、タイガの眼であった。
タイガは、魔力の残穢を見逃さない。
そこに魔法的因子をもつ『何か』があれば、それを見逃すことはなかった。
クルディアスは奥歯をギリギリと噛んだ。
「今魔法師騎士団の中で1番高度な〈魔力探知〉を使える者は誰だ」
苛立ちを隠せずに問う。
ストゥートゥの軍の編成は、歩兵600に魔法師兵200。あとの200は第一、第二騎士団を合わせて150名と、魔法騎士団の50名。
最初に橋に突撃したのは魔法が使えない歩兵たちなので、魔法を使えるものたちの消耗はない。
だが、逆に言えば既に歩兵のほとんどを失っているということだった。
クルディアスの試算では、ここまでの犠牲は500。そのほとんどが歩兵のものたちなのだ。
いざとなったときにどの部隊を優先して生かすかといえば、優先度が高い順に、第一騎士団、魔法騎士団、第二騎士団、魔法師兵、歩兵となる。
つまりストゥートゥからすれば、雑に使っていい、いわば『捨て駒』がほとんどなくなってしまったというわけである。
クルディアスの問いに対する答えは、レリウスからでもヨークからでもないところから返ってきた。
「見ましたか!? 大将」
青髪の女だった。
「フリム」
クルディアスはその名を口に出した。
「『視えた』のか、フリム」
ヨークの言葉だった。
「はい。敵は幽体……それも、精霊である可能性が高いです」




