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第67話 大河川の攻防①

 突風——否、暴風だった。


 突如として兵士たちを襲ったこの風を、自然現象によるものなどと考える者は、この中にはいなかった。

 違いようもなく、これは魔法。それも、超高度な。


 自分たちは、もしやとんでもない『なにか』と事を構えようとしているのではないか。

 兵士たちはようやく、それを悟り始めていた。


 しかし、それだけではなかった。


「なっ! なんだこれは!?」


 地面が揺れ始めたのだ。

 錯覚などではない。立っているのも困難な地震が、1000人以上の兵士たちを襲う。


 地震と風に呼応したのか。それともこれも魔法によるものなのか。川も荒ぶり、波を打っている。


 これが自然現象によるものならば、クルディアスはすぐさま撤退を命じただろう。

 しかしこれは紛れもなく魔法。

 再び来たとて、今回と同じ目に逢うだけだ。いや同じならまだいいが、あちら側がさらなる対策を練ってしまえば、今以上の苦境に立たされる可能性も低くない。


 チャンスは1回きりなのだ。


 だから今、クルディアスに出来る命令はひとつだけだった。


「撤退するな! 進め!」


 既に数名が橋から落ちてしまっているのを、クルディアスは見ている。

 川とはいえこの大波。助かる可能性は低いだろう。


 先頭の者たちが未だに続く風を受け止めながら進む。やがて耐えられなくなった者は落ち、新たに先頭になったものたちが風を受け止める。


 そんなループによって、徐々に、徐々に、兵士たちは歩を進めていった。


 クルディアスは辺りをぐるっと見渡す。


(術者は……)


 軽く見渡した程度では、術者を認めることはできなかった。

 まさか目視できないほど遠くから放たれているとは思いたくなかったから、クルディアスはもう一度見渡す。


(あいつか!)


 百足センチピートだった。


「くそっ! 百足センチピートにあれほど高度な魔法師マジックキャスターがいるなど……! 聞いていないぞ!」


 冷静なクルディアスには珍しい荒ぶりようだった。





「うまくいっているな」


 ゴトビキは次々と川へと落ちていきながら、それでも歩みを止めない兵士たちを見てそう言った。


「え、えぇ。久々にこれほどの魔法を使ったので……消耗はありますがね」


 ユーライはいつになく苦しそうな表情だった。

 そしてこうしている間にも、ユーライは魔力を消費している。

 〈ディザスタ〉は強力な魔法だが、同時に魔力の消耗も激しい。


「なに。これほどの効果だ。もう役目を果たしたと言っても過言ではない——さて、梟鸚鵡カカポよ。私にも魔法を」


 返事をすることもなく、ポポは2つの魔法を発動させる。


森林の力(フォレストパワー)特殊技能強化(スキル・ブースト)


森林の力(フォレストパワー)魔法力上昇(マジック・ブースト)


 ゴトビキはひとつ息を吐き、カエルの口をいっぱいに広げた。


「〈毒霧ポイズン・ミスト〉」


 ゴトビキ口から大量の液体が射出された。

 かと思えば、毒々しいその液体は地面に落ちることなく空気の中に霧散していった。


「〈気流操作コントロール・エア〉」


 今度はスキルを発動させる。


 ゴトビキの作戦は至ってシンプルで、気流を操作することで敵まで毒霧を届けるというものだった。

 とは言っても、それほど強力なものではない。強力なものほど広範囲に撒き散らすことは難しいのだ。

 ゴトビキがいま放った毒の効果は、少しのスリップダメージと、若干の悪心をもたらすというものだ。


 毒の霧は空気の中に消えたが、〈気流操作〉を使っているゴトビキにはそれが明確に見える。


 毒は順調に、大勢の兵士たちを蝕んでいた。





 犠牲は少なくなかった。だが、先頭の集団が対岸に足を踏み入れると、雪崩れ込むようにその後の集団も対岸へ辿り着いた。


「犠牲者はざっと100……いや、150と見積もるべきか」


 クルディアスが地面からの揺れと、正面からの暴風に耐えながら言う。


「え、えぇ。正直、想定外と言わざるを得ません」


 そんなクルディアスに答えを返したのは、クルディアスが自ら指揮する、精鋭中の精鋭が集う第一騎士団の団長、レリウスだ。

 50人からなる第一騎士団は、ストゥートゥにおける最大戦力である。


「だが、渡りきってしまえばこっちのものだ。多勢に無勢であるということを、教えてやる」


 クルディアスのこの言葉は、決して強がりということではなかった。

 いくら強大な魔法師(マジックキャスター)といっても、1000人を相手にしてどうこうできるというものではない。

 これは常識というよりも事実である。


「えぇ。想定より敵は少ないかもしれません。ここで攻撃を受けるのは想定外でしたが、百足人センチピートマンが複数体いるということはないのかもしれません」


「たしかにそうだ。いるのであれば、ここで出てこない意味がわからない」


 そんな会話をしているうちにも、兵士たちは順調に対岸に雪崩れ込んでいた。


「よし、私たちもそろそろ——」


 『行くぞ』と、クルディアスは続けるつもりだった。だが、続かなかった。


「——風と地震が、止まった……?」


 それは、却って不気味だった。

 

 論理的に考えれば、これだけの大魔法を連続的に行使していたのだから、魔力が尽きて当然。ならば今のうちに一気に全員が渡りきるべきである。

 感情的にいえば、どこか不気味だった。ただ、先ほどの理論を崩せるほどの根拠はなかった。


 クルディアスは冷静だった。

 窮地に陥ったとき、クルディアスを助けてくれたのはいつも、冷静な頭と、鉄壁の理論だった。


 だからクルディアスは今回もそれに従った。


「今のうちに全員渡りきれ!」


 クラディアスが促すと、これまでは隊列を作って順序よく進んでいた兵士たちが、橋に雪崩れ込んだ。


 次の瞬間。


 地面が再び揺れた。

 風はなかった。


 そして——橋が、崩落した。


 渡橋していた兵士、延べ200人の命は、ここで失われた。


 修羅場、或いは土壇場では、鉄壁の理論に勝る『直感』があるということを、クルディアスは初めて、心から思い知った。



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