第54話 カエルの村①
あのスケルトンがユニークモンスターであると知った……知ってしまった俺たちは、逃げるように城を出て、ひとまず魔銀を取りに山に向かうことにした。
たしかスケルトンは城の裏に坑道があると言っていた。
ただ、どうやらこの国の出入り口はひとつしかないようで、俺たちは来た道を戻って城壁の外に出た。
その間、スケルトンの話は出なかった。
触れてはいけない気がした。
それにしても、あのスケルトンがユニークモンスターだとわかる前にあの約束を取り付けられて良かった。
いくらレナとはいえ、ユニークモンスターを前にすれば気後れしてしまうだろう。
俺たちは巨大な門から外に出て、城壁をぐるっと回って城の裏の方へ向かう。
その途中。
丁度本格的に山の中に入ろうか、というところで、レナがあるものを見つけた。
「ねぇ、あれって……」
レナが指差した方を見る。
見えたのは、『沼』というのが似合いそうな、濁った水塊と、その周りにある木々だった。
ただ、それ自体はさっきから視界にあった。今更注視する意味がよくわからない。
「あれがどうしたんだ?」
「いいから見てて」
レナがそんなことを言うので、黙って沼を見つめる。
10秒とせずに、それは起こった。
木々の間からピョーンと何かが跳び、そして沼に飛び込んでいったのだ。
「あれは……」
「カエルよね。どう見ても」
「……カエルだな。どう見ても」
カエルだった。ただし、例によってデカい。
30センチくらいはあるのではないだろうか。
「……行くか?」
正直、面白そうではある。
ただ、行くメリットはほとんどない。
経験値もあまり稼げなそうな予感がする。
「……行きましょう」
少し悩んだレナだったが、俺たちはカエルに喧嘩を売りに行くことにした。
俺はアイテムボックスから蠢蟲剣を取り出す。
そして、沼に近づく。
沼をよく見てみれば、何十匹ものカエルが優雅に沼を泳いでいた。
「さて、狩りますか」
俺がそう言ったタイミングで、沼を泳いでいた1匹が地面に上がってくる。
そして、俺と目がばっちり合う。
最初の標的はこいつだな、と俺が思った、その時。
「百足人じゃないか!」
そのカエルは、言葉を発した。
カエルの言葉に応じるように、次から次へと泳いでいたカエルが陸に上がってくる。
頭上には魔蛙の文字。
「ムカデだ!」
「本当だ!」
「百足人だ!」
「初めて見た!」
「横の奴はなんだ!」
「飛蝗の魔物だ!」
「そうなのか!」
「あの鳥はなんだ!」
「わからない! わからないぞ!」
カエルたちは随分高い声で俺を歓迎(?)してくれている。
普通の魔物のように知能がないのかと思っていたが、あるなら話は全く変わってくる。
「えーっと、あなたたちは……?」
「しゃべった!」
「しゃべったぞ!」
「話が出来るタイプだ!」
「誰が答える!?」
「俺は嫌だぞ! 族長はどこだ!」
「族長を呼べ!」
「族長ー! 族長ー!」
「…………」
珍しくレナが圧倒されている。
随分賑やかなカエルたちだ。
しばらくすると、人(カエル?)混みの中から族長と思われるカエルがやってきた。
「……百足人とは珍しい」
そのカエルは、他と違って落ち着き払っていた。
さらに言えば声も低い。他のカエルが漏れなく高い声だったのに対して、このカエルの声は一般的な成人男性より断然低い。
大きさは変わらない。ただ、イボが圧倒的に多い。
「そしてそちらは……飛蝗人、じゃな?」
「え、えぇ」
「族長はバッタの人を知っているのか!」
「すごい! 物知りだ!」
「さすがは族長!」
騒ぐカエルたちを慣れた様子でスルーする族長。
「私はここに棲む魔蛙の族長、ゴトビキである」
そのカエルはゴトビキと名乗った。
「私はミナト、そしてこちらが……」
「レナです」
「ろ、ロイです」
「この鳥は私の従魔で、梟鸚鵡のポポです」
俺たちもひと通り名乗る。
「それで、一体何用で?」
カエルの魔物を見つけたから倒しに来た、とはさすがに言えない。
「魔銀を取りに行く途中で魔蛙を見つけたので、少し立ち寄っただけです」
「そうであったか。まあ、これも何かの縁。少し寄っていくと良い」
意外と好意的だな。面白そうだし、乗ってみよう。
「ではお言葉に甘えて」
俺がそう返すと、ゴトビキは踵を返して、『着いてこい』と、そのイボだらけの背中で語った。
ぴょんぴょん跳びながら進むゴトビキに着いていく。
ゴトビキは大きな木の前で止まった。木の根本には丸い穴が空いている。
これが巣であるということだろう。
ここのカエルは木の中をくり抜いて巣としているようだ。
ただ、俺では到底入れない。
ゴトビキも当然それはわかっていたようで、案内されたのは巣のすぐ近くだった。
そこには蓮か何かの葉っぱが敷き詰められており、なかなか居心地が良さそうな場所だった。
……これを『居心地が良さそう』などと評するようになったのは、まさしく俺が虫に近づきつつあるということだろう。複雑な感情だ。
ゴトビキは葉っぱの上に乗ると、話し始めた。
「で、本当は何の用なんだ」
ゴトビキの眼が一瞬ギラリと光った気がした。
とはいえ、本当に何の用もない。
「い、いえ、本当に用なんてありません。たまたま通りかかっただけです」
「もうよい。ここには誰もおらん。正直に話せ」
そんなことを言われても、ないものはない。
「ですから、本当に何も用はないんです。俺たちは魔銀を取りにきたんですから」
俺がそういうと、ゴトビキは目を丸くして、ひとつため息をついた。
「そうだ! でしたら話を聞かせてください」
「話?」
「そうです。何でもいいですから」
少々無茶振りにも思える俺の言葉に、ゴトビキは答えた。
「ま、いいだろう」




