第5話 百足村
いざ、ビバ、夏休み。
今年の夏はセカライ漬けの予感。
早速ヘッドギアをセットする。
夏休み初日。現在午前9時。
今日はガッツリ進めるとしよう。
*
ガッツリ進めるとは言ったものの、やることと言えばひたすら西征すること。
あとはスキルの確認はしておこう。
斬撃lv1
相手に剣による斬撃でダメージを与える。またそのダメージが上がる。
まあ想像通りだな。戦士ネズミ戦でも使ったし、問題は無さそうだ。しばらくはメインのスキルになるだろうな。
「さて、行きますか」
スキルの確認もほどほどに、俺は伏せるようにしていつものムカデフォルムになって走り出す。
2時間が経った。
いやどんだけ広いんだこの森は。このスピードを持ってしても、出口どころかその気配すらない。
その間、ネズミを20匹くらい狩った。途中から数えていないので覚えていないが。
一対多の戦闘もあったが、問題なかった。前回の経験が活きたな。
そしてなんとなんと、狼を狩ることに成功した。
種族名も灰狼だった。下位とはついていなかった。
なぜ今回狼に挑んだかというと、最悪逃げられるということがわかったから。
一度狼に見つかることがあったのだが、その際追ってくる狼を苦労せず撒くことが出来たのだ。
いくら紙耐久とはいえ、一撃で死ぬことはないという希望的観測のもと、喰らったら逃げるというスタンスで挑んだのだ。
結果は拍子抜け、という感じだった。
狼の噛みつきを躱しつつ〈斬撃〉を2回喰らわせたら死んだ。
特に最初の一撃で足を斬りつけてからは、狼の攻撃はほとんど機能せず、動けなくなった狼を殺すという単なる作業と化した。
狼も見つけたら積極的に戦うべきだろう。
それに伴ってレベルも当然上がった。4レベルにまで。
「ステータス」
氏名:ミナト
種族:百足人
職業:百刀流
レベル:4
HP:80/80
MP:140/140
筋力:222
防御:75
魔力:140
魔防:75
素早:665
器用:390
幸運:180
スキル:回避lv1、隠密lv1、斬撃lv1
種族スキル:炎脆弱lv5、超マルチタスク、精密動作lv1
称号:ユニーク個体
とはいえやっぱり紙耐久。
これは恐らく攻撃をほとんど受けていないことに起因するのだと思われる。
というのも、ステータスはこれまでの戦闘方法や経験をもとに算出されるので、攻撃を受けない俺は防御系とHP、それから全く使っていない魔力とMP。これらはまず伸びない。
レベルアップの時のみ全ステータスが上がるので、それらのステータスを伸ばすにはレベルアップしかない。
……レベルアップ、神イベントでは?
あんまり恩恵がない、とか言っちゃってごめんね。レベルアップくん。
なんてことを考えながら疾走する朝——
「あなたは……」
背後から声がかかる。
「!?」
今までにないことだ。これだけ近くにいて気がつかないとは。
その声の主を捉えるため、俺はゆっくりと振り返り——
「ムカデ?」
ムカデだった。でかいムカデというべきか。
立っていないし、四肢にあたる足もない。ただただでかいムカデ。30センチくらいだろうか。
「そう呼ぶ方もいらっしゃいます。私、百足族のムンと申します。ま、まさか百足人の方がこのような辺鄙な森にいらっしゃるとは」
色々聞きたいことがあるな。
「こ、この辺りに住んでいるのですか?」
ムカデと話すのは初めてだ。慎重にいかなくては。
「わ、私如きに敬語はおやめください。お帰りになったのですね。我が……いや、我らが王よ」
うーん、なんか勘違いされてるのか? ムカデの王様になった覚えはないんだけどな。なりたいと思ったこともないし。
「失礼しました。先の問いに答えさせていただきます。我々はこの先にある『大岩』の下で生活しております。百足人様もいらっしゃいますか?」
ふむふむ。なんだかわからんが面白そうだ。行こう。
「では、案内してくれ」
*
「ここが大岩でございます」
『大岩』か。確かにその名に恥じない大きさだ。
大人の人間10人がかりでもまず持ち上がらないだろう。
「この下で生活しておりますが……ここまで族長をお呼びいたします」
ムカデは石の下が好きというのはなんとなくイメージがある。ひっくり返したらいるイメージが。
この世界のムカデは大きいからそれ相応の岩が必要だということか。
俺でも頑張れば潜り込めそうだが、呼んでくれるならそれに越したことはない。
少しだけ待つと、さっきの……ムン、だったか? よりも明らかに大きいムカデが来た。俺よりは小さいし、二足歩行も出来ないが。推定60センチというところか。
「おぉ……神よ」
開口一番これか。
いったい百足にとって百足人とはどのような存在なのだろうか。
「私は神ではありません」
うーむ、何から聞くべきか……
「あなた方は一体、百足人をどのような存在だと捉えているのですか?」
とりあえず順番に聞こう。
「神です」
断言しやがる。しかもそれだけ。
「なぜそう思う」
族長は少しの逡巡の後、話し始める。
「200年前、かの大悪魔と人間の戦争に、我々百足族は巻き込まれ、種の存続すらも危ぶまれる状況に陥ったことがあります。我々は大悪魔はもちろん、人間にすら太刀打ち出来ませんでした。人間どもは炎魔法を我々の暮らす草原に放つのです。多くの蟲系種族が暮らす草原でしたから、多くの村や種族が大打撃を受けました。滅んでいった種族も、知っています」
ほほう。『かの大悪魔』というのがそもそもわからんのだけど、まあいい。
族長は続ける。
「そんなときです。どこからともなく百足人様が現れ、人間に牙を剥いたのです。人間が形成した戦線を切り裂き、百足や他の蟲たちを逃す道を切り拓いたのです。百足人様がいなければ、今の我々はいません。我々にとって百足人様は、まさしく神そのものなのです」
なるほどなるほど。大体は理解した。
「それにしても、やけに明瞭だな。まるで自分が経験したような……」
「当然です。私が実際に経験した話ですから。200年経とうが、いくら老いようが、あの百足人様の勇姿を忘れることなどあり得ません」
「ちょっと待って、族長今何歳?」
200年生きる虫とか聞いたことがない。
「はて……220歳くらいになると思われます」
はえー。超長生き。
「他のムカデもそうなのか?」
「まさか。大抵の者は20年ほどで死にます」
それも大概長生きだが、少し安心した。
こういう逸話を聞く限り、こいつらはだいぶ百足人という種族を崇拝しているらしいので、俺も上から話した方がスムーズにいきそうだな。いろいろと。
220歳の上から喋るって凄い違和感あるけど……まあ仕方がない。
「あぁそうそう、族長、名前は?」
「私、ユーライと申します」
族長——ユーライは、もともと低い頭をさらに下げてそう言った。
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