第35話 霜の大蜘蛛
あの後、各班に『首狩りの迷宮に近づいていないか』と確認をとったが、誰1人として近づいてはいないということだった。
これであの迷宮の入り口に百足人がいたことはほぼ確定。なのだが……
(一体何のために? あの迷宮はヴィプネンが張った結界によって入れなくなっているはず……)
「一応、確認しておくか」
ダロットは自身が使える数少ない魔法の中のひとつ。〈伝言〉を発動させた。
「リアリルか。私だ」
『リアリルです、隊長』
「ひとつ試して欲しいことがある。問題ないか?」
『えぇ、問題ありません。この辺りは山羊も少ないですから』
「そうか。では、迷宮の中に入ってみてくれ」
『で、ですがこの迷宮には結界が……』
「だからそれを試して欲しいと言っている。結界が張られていると言っても、その効果が不滅なはずはない」
『ですが……』
ダロットの言ったことはまさに正論だが、リアリルが渋るのにもまた、理由があった。
『結界』と一口で言っても、その効果は様々だ。
単に侵入を防ぐためだけであれば、透明な壁のようなものが出来るだけだ。
ただ、触れた時にダメージを与えるものや、状態異常にさせるものもある。というか、そういう場合の方が多い。
中には、触れただけで死に至らしめる結界もあるという。伝承に残るヴィプネンの結界であれば、そういったことも可能なのではないか、と思うのも自然なことだった。
「済まないがこれは命令だ——やれ」
有無を言わさない、そんな威圧的な声だった。
『わ、かりました』
リアリルはそう言った後、何度か深呼吸をした。
『では、行きます』
リアリルは首狩りの迷宮に足を踏み入れる——ことはできなかった。
リアリルは透明な壁にぶつかった。
ホッとした様子が、〈伝言〉越しにもわかった。
『やはり入れません。この迷宮の結界は、まだ生きています』
「そうか。それがわかっただけでも大きな進歩だ。よくやった」
(やはりまだ迷宮には入れない……となるとたまたま通りすがりに発見したということか)
ダロットは知らなかった。
ヴィプネンが作り上げた結界は、対人間に特化したものであるということを。
だから魔物であるミナトたちは入れたし、人間のリアリルは入れなかった。
考えてみれば当然である。
侵入を阻害する対象を人間だけでなく魔物にまで設定した場合、ヴィプネンといえども、これだけの強力な結界は張れなかった。
だがそんな当然の考えすらも、未知の前では浮かばなかった。
ダロットは再び魔法を発動させる。
今度は討伐隊全員に向けた〈伝言〉。
「全隊員に通達! 百足人は首狩りの迷宮を通って北へ向かったと思われる。これより合流し、北へ下山する」
ミナトたちは現在、迷宮をクリアして下山を終えたところだった。
人間万事塞翁が馬。
誤った情報と知識は、ダロットたちを百足人へと向かわせた。
*
目の前には5メートルくらいはあろうかという蜘蛛。その背中には氷山のようなものが生えている。
〈エリアボス:霜の大蜘蛛との戦闘を開始しますか? Yes/No〉
入りました。戦闘エリア。
目の前に表示されたウィンドウ。俺としては出来ればNoを押して、いつでも逃げられるようにしておきたい。
「どうする?」
ひとまずはレナに相談。
「まあ、Noで良いと思うんだけど……羅刹天もまだここには来ていないでしょうし」
「だよな」
俺はNoを押す。
戦闘開始だ。
アイテムボックスから蠢蟲剣を取り出す。
正式名称は『蠢蟲剣・黒』と『蠢蟲剣・白』。
黒はオスの蠢蟲が、白にはメスの蠢蟲が、それぞれまとわりついているという話だった。
黒を右手に、白を左手に携える。
「〈火の球〉」
初手はレナの魔法。
霜の大蜘蛛、と言うぐらいなので、おそらく弱点は炎属性。
急所は8つある目。
〈疾走〉
俺は一気に蜘蛛に詰め寄る。
蜘蛛はそれに反応して口から糸を吐いてくる。
だがそれも、俺が反応出来ない速度ではない。
俺に向かってくる糸を避けると、蜘蛛はすでに剣の間合い。
「〈三重魔法付与・炎〉」
ロイが剣に炎属性を付与。
〈斬撃〉
蜘蛛に斬りかかる。
剣は蜘蛛の顔を抉った。
だが、それだけでは終わらなかった。
斬りかかった面にいた蠢蟲は、蜘蛛の方へと移り、そして蜘蛛に攻撃しているのだ。
説明には、噛みつきとその際に出す酸で攻撃するということだった。
もちろん、蠢蟲は小さすぎてどういった攻撃をしているかまでは確認できないが、大量の蠢蟲が蜘蛛の傷口に、群れとなって襲いかかっているのはわかった。
剣で作った傷口に、すかさず酸を注ぐ。
「邪悪な剣だ……」
更に言えば、ロイが武器に炎属性を付与したが、どうやら蠢蟲の1匹いっぴきも武器扱いになっているようで、剣から離れても炎属性の攻撃をしているようだった。
蜘蛛へと移った分の蠢蟲は、どこからともなく補充され、すぐさま元の大きさ戻った。
蜘蛛は悶え苦しむ。
HPはまだまだ残っているのだろうが、この戦闘の大勢は決したような気がした。




