第29話 首狩り馬
NPCを仲間にしたら、まずパーティに入れなければならない。
ということを知ったのは、たった今レナに聞かされたからだった。
なんでも、NPCは死んだとき、プレイヤーのパーティかギルドに入っていれば、死の代償を受けるだけで再び蘇るのだという。
パーティやギルドに入っていない場合はそれがなく、二度と蘇らないらしい。
そんなことを知らなかった俺は、慌ててパーティメンバーを確認する。
俺、レナ、ロイ。
ちゃんと3人がいることを確認し、ポポにも申請を出す。
〈NPC:ポポがパーティに加入しました〉
これで一安心。
「それじゃ、行こうか」
俺たちは安全地帯から出て、再び迷宮に身を投じる。
ポポは相変わらず俺の頭の上にいる。
そうして歩き始めて10分くらい経ってから、そいつは姿を現した。
「ゴブリンじゃない……」
「馬、ね」
そいつは馬だった。
現実の馬となんら変わらない。頭につけた角を除けば。
レイピアのように先端が尖った角だ。あれで首を狙ってくるってことか。
「首狩り馬か。レナの話にもあったな」
どうやら弱点は首のようだ。てっきり角が弱点だ、なんてことになるかと思ったが、思いの外、普通だった。
「角の形状からして、こいつも突進してくるんじゃないか?」
昨日の首狩り山羊との戦いを思い出しながら言う。
「そうね。うまく避けてよね。私も魔法で攻撃するから」
「オーケー。ポポ、レナの方に行ってな」
俺がそう言うと、ポポはパサパサと飛び立ってレナの頭に着地した。
〈疾走〉
スキルを発動させ、馬と間合いを詰める。立ったままの疾走だ。それでもそれなりの速度は出る。
馬の方も同じように突進する。
〈斬撃〉
俺は横にずれ、すれ違いざまに斬りつける。
予想はしていたが、死なない。
「ぐはっ!」
そして予想していないことが起こる。
首狩り馬は背後に回った俺に、強烈な後ろ蹴りをかましてきた。
「マジかよ……」
1/4以上のHPが削られる。
倒れ込んだ俺に、馬は追撃を与える。
角を俺の首目掛けて突き出してくる。
「〈致命傷の罠〉」
レナがなんらかの魔法を発動するが、俺にそんなことを気にしている時間などなかった。
〈回避〉
俺はなんとか馬の攻撃を交わす。
立ち上がると、目の前に見えたのは血だらけで倒れている《《俺》》だった。
これも幻術ということか。
「〈透明化〉」
再び魔法をかけるレナ。俺は透明になる。
〈森林の力・治癒〉
またしても俺に魔法がかけられる。回復の魔法だ。
発動したのはレナでもロイでもない。ポポだ。
俺のHPは満タンになる。
レナの幻術により、俺が既に死んだと勘違いしている馬は、俺に背中を晒してきた。
後ろ蹴りされた時とはまるで違う、無防備なものだ。
〈斬撃〉
俺は剣を振り上げる。
「〈二重魔法付与・炎〉」
振り下ろしてから斬りつけるまでのほんの僅かな時間で、ロイは魔法を付与する。阿吽の呼吸というやつだ。
既に標的をレナに設定している馬は、それに全く気が付かない。
剣はまともにヒットする。
「ヒヒィーン!」
あまりの激痛に声を上げたのだろう。それでも、死んではいない。
条件反射なのか、再び後ろ蹴りをしてくるが、さすがに二度も同じ失敗はしない。
斬りつけたのと同時に後ろに移動している。〈回避〉を使うまでもなく。
「〈土の矢〉」
レナが放った魔法により、勝負は決した。
馬の死体はしばらく残った後、迷宮に吸い込まれていった。
「危なかった……」
そうしてようやく、俺の口から安堵の言葉が溢れた。
「あの魔法は結局何だったんだ? たしか、リーサル、なんとか」
「〈致命傷の罠〉よ。自分や味方が死亡したっていう幻影を見せる魔法。ま、レベルの高い『死んだふり』ってとこね。結構使えるでしょ?」
確かに相当有用そうな魔法だ。勝てないとなったらそれを使って逃げればいいのか。
「それに、ポポの回復は凄まじかったな」
約1/4、数値にして100以上のHPを全回復してみせた。
完全無詠唱ということだったが、魔法の名称はなぜだか脳内で教えてくれた。従魔だからだろうか。
「〈森林の力〉って言ってたわよね。……聞いたことはないけど、いかにも祭司って感じの魔法ね」
「レナたちにも聞こえたのか。詠唱が」
「えぇ。脳内にね。同じパーティなら聞こえるとか、そういう感じじゃないかしら」
「そう考えるのが妥当だな」
そう言った時、微かに何かの足音がするのに気がつく。
「ちょっと静かに」
確かに足音がする。
「ぶるるっ!」
今度は声がする。
その主は、すぐに姿を現した。
「またお前かいっ!」
頭上には首狩り馬の文字。
「今度はもう少し上手くやろう」
何度も危ない橋を渡っているようでは、いつかやられる。
〈疾走〉
先程と同じようにスキルを発動させて間合いを詰める。今回も立ったままだ。
馬も同じように角を向けて突進。
さっきの戦闘では横に避けたが、今度は直前でムカデフォルムになることで、馬の懐に潜り込む。
〈斬撃〉
そしてスキルを発動。俺は馬の右にある足を2本とも斬り飛ばす。
足が無くなった馬ほど怖くないものもそうあるまい。
倒れ込んだ馬に、今度はスキルを発動することもなく斬りかかる。
単身で馬撃破だ。
馬は死に、そして迷宮に吸い込まれる。
「お!」
馬が吸い込まれた代わりに、何かが地面から湧き出てきた。
「宝箱よ、それ!」
「だよな!」
テンション爆上がり。俺は宝箱を開ける。
入っていたのは、黒い杖だった。
30センチくらいで、至ってシンプルな形状をしている。
「首狩りの杖」
レナがその杖の名称読み上げる。
兎にも角にも効果を見ないことには、喜ぶことも落ち込むことも出来ない。
首狩りの杖
首狩り種の角を素材として作られた杖。
攻撃魔法のクリティカル率上昇。
攻撃魔法のクリティカルダメージ上昇。
どれくらい上昇するのかは疑問だが、効果だけ見れば充分に使えそうだ。
「これはレナ用だな」
俺は魔法は使わないので、自然とそうなる。
「ありがたくいただくわ!」
レナは相当嬉しそうで、黒い杖を抱きかかえて喜んでいる。
それがひとしきり終わると、俺たちは再び迷宮の奥に向かって歩き始めた。




