閑話 漆黒粘体採掘記
「しょごす……? 聞いたことないんだけど……」
真っ黒に輝くスライムのような何か。
その頭上にはアリスという文字。
「それにここはどこなの? 真っ暗だし誰もないないし」
もし人間であったなら、涙目になりながら言っていることだろう。
アリスが放り出された場所は、狭いトンネルか、さもなくば洞窟といったところだった。明かりもない。
ゲームの仕様と漆黒粘体という種族の特性から明かりがなくとも辺りは見えるのだが、見えたところで何もない。土の壁と土の天井。
「……すてーたす」
半分やけになりながら、アリスはステータスを確認する。
氏名:アリス
種族:漆黒粘体
職業:採掘士
レベル:1
HP:400/400
MP:20/20
筋力:120
防御:600
魔力:20
魔防:190
素早:25
器用:100
幸運:150
スキル:掘削lv1
種族スキル:融解lv1
キャラメイクのAIに勧められるがままに職業を採掘士にしたアリスだったが、実のところどう行動すれば良いかわかっていない。
「とりあえずここから出よ……」
この狭いトンネル。どちらに進むのか。右を見ても左を見ても、外の光は見えなかった。
「……こっち!」
根拠は何もない。こちらが外に繋がっていることを信じて、アリスは進むことにした。
「おそっ!」
歩き始めて気づいたが、相当遅い。素早さ数値25は伊達ではない。
そもそもがスライムに近い身体だ。この遅さも当然と言えば当然なのかもしれなかった。
アリスはランダムを選択した過去の自分を恨みつつ、歩き始めた。
*
歩くこと40分。アリスは絶望した。
「いき、どまり……?」
無心で歩いていたアリスは、壁にぶつかったのだ。
曲がり角ではない。正真正銘、行き止まり。
泣き出したい気分だった。
「来た道を戻るの? 40分かけて?」
しかしここでアリスに天啓。
「採掘師……掘ってみようか」
スキル〈掘削〉を発動。
土が削られていく。
「おー、これが掘削」
どんどん掘る。
「何か出てくるのかな? 宝石? 鉱石?」
とにかく掘る。
何かに当たる。
明らかに土とは違うなにか。
「鉄?」
鉄だった。手のひらくらいの鉄の塊。
「やっぱり出るんだ! 鉱石!」
これがわかるとだんだん楽しくなってくる。
「この〈融解〉ってスキルも、採掘に関係あるのかしら」
試しに使ってみる。
「おおー!」
発動させると、土がみるみるうちに溶けていく。
土を融解するってどんな成分だ、とアリスは思ったが、気にせず進める。〈掘削〉よりも速く掘れる。
掘っていくうちに、〈融解〉の欠点も見つかった。
〈掘削〉だと硬い鉱石は掘れないしすぐにその存在がわかるが、〈融解〉だと鉱石も簡単に溶かしてしまう。
だから〈融解〉で掘り進める場合には、土とは違う感覚を得たらすぐに掘るのをやめて、鉱石を取り出さないといけない。でなければ溶けてしまう。
難儀だなぁ。などと思いつつ、アリスは掘り進めていった。
*
アリスは元来、こういう単純作業が嫌いではなかった。
勉強もそうで、やればやるほど成果が出ることが楽しいと感じる性分だった。
〈融解〉の欠点も、ほぼ完全に克服したと言って良い。鉱石に当たれば、すぐにその存在に気がつくことが出来るようになっていた。
ゲーム内時間にして、3時間。アリスは掘り続けた。
鉄はたくさん、金もそれなり、白金なんかも取れた。
「やっぱり白金が1番レアなのかなぁ」
3時間掘っても、白金より上の鉱石は出てこない。
「ま、もうちょっとやってみよ」
そうして再び掘り進めてから10分と少々。
「ん? これは……」
見覚えのない鉱石に表示される文字を、アリスは読み上げる。
「……魔銀?」
それほどゲームに詳しくないアリスは、ミスリルという言葉を聞いたことはあるが、詳しくは知らなかった。
「でもきっと、すごいよね。3時間以上掘って、ようやく出てきたんだから」
〈レベルが5に上がりました〉
脳内に声が響く。
当然だが、鉱石を採掘するだけでも経験値は手に入る。そうでなければ、採掘師という職業に就くものなどいなくなる。
「お、またレベルが上がった」
アリスは、知らない。
自分が魔銀という鉱石を初めて手にしたプレイヤーであることも。
白金や金ですら、超レアな鉱石であるということも。
仮に自分が魔銀を取ったと証拠付きで掲示板にでも投稿すれば、プレイヤーたちの話題を掻っ攫うだけでなく、数多の勧誘を受けることとなっただろう。もしかすると、あの羅刹天ですら興味を持ったかもしれない
アリスは魔銀の説明を見ることにした。
魔銀
白金以上の硬度を持ちながら、装着者の希望に合わせて変形する魔法の鉱石。
魔力吸収率にも長け、魔法付与をする場合は、他の鉱石よりも強力な魔法を込めることが出来る。
「変形する鉱石って、さすがはファンタジーね……でも予想通り、相当レアな鉱石なのよ、きっと!」
アリスは威勢よく、さらに掘り進める。
今のアリスに、それ以外の選択肢はなかった。
これはアリスが最初に生まれ立った地点、ヌーメノール連峰での出来事であった。
次回から第2章に入ります。
ここから本格的に多くの人を巻き込んでいきます。
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