第16話 猛毒大蛇
「ミナト様! ご無事でしたか!」
大岩に戻ってきた俺たちは、外でユーライと落ち合った。
「あぁ、問題ない」
「そ、それで奴らはどうなったのでしょうか。一瞬で消えたように見えましたが……まるで幻のように」
奴ら、とはレナが幻術で出したバッタのことだ。
「正解。——紹介するよ。飛蝗人のレナだ。あのバッタたちはレナの幻術だ」
レナは君の悪い頭をペコリと下げた。
「ご迷惑かけちゃってたみたいで……ごめんなさいね。紹介にあった通り、レナと言います」
やけにお行儀のいい挨拶をする。
「い、いえいえとんでもございません。まさか、飛蝗人の血が絶えていなかったとは」
血とかそこら辺のことはよくわからない。が、まあわざわざ聞くことでもないだろうと判断。
「てことで、レナはもうバッタたちを出さないだろうし、出たとしても危害は加えないはずだ……だろ?」
レナに目をやる。
「えぇ。約束するわ」
「ありがとうございます」
ユーライはもともと低い頭をさらに下げて言う。
「で、俺たちが大岩に来た目的はまだあってな。ユーライに協力してもらいたいんだ」
「私に出来ることでしたら、なんなりと」
「別に戦闘に駆り出そうってんじゃないよ。ただ、情報が欲しくてね。前に話してくれた『森林の主』猛毒大蛇のことをさ」
「そのようなことでしたらいくらでも」
ユーライは笑顔(多分)でそう言ってくれた。
「まずはズバリ聞きたい。ユーライ、お前はサシで、その蛇に勝てるか?」
「そうですね、一対一で、邪魔が入らないという条件ならば、まず負けることはないでしょうな」
これを聞いて一安心。ユーライに勝てないとなれば、勝算のない戦いになるところだった。
「森林の主相手に『まず負けることはない』か。どっちが『森林の主』なんだか」
フォッフォッフォ、と愉快そうに笑うユーライ。
「まあ、捕食対象が違いますからな。我々の主食は蜚蠊ですから。あまり派手なことはする必要がないんですよ。その点、大蛇は派手な捕食者と言えるでしょうな。……この森にもいますよ。大蛇以上の強者は。私以外にもね」
一拍置いたかと思うと、ユーライは続けた。
「……実を言うと私にも、派手にやりたい思いがないわけではないんですがね」
「ほう。それは良いことを聞いたな。今回は俺たちだけでいくつもりだが、この先何か荒事があったら……」
「私を存分にお使いください」
ユーライの言葉には、期待と熱が篭っているのを俺は感じた。
「閑話休題、だな。とにかく今は猛毒大蛇のことが聞きたい。知ってることを話してくれると助かる」
「猛毒大蛇。この森の出口に塒を構えるこの森林の主です。毒蛇種は実は、この森の生存競争において弱者とされます。大人になれるのはごく僅かとも言われています」
意外だな。道中よく見たネズミたちは、蛇の格好の餌だと思うんだが……それ以上に毒蛇を捕食する物好きが多いのか?
「そんな中、森林の主は生き延びた。それには理由があります。単に運が良かっただけではありません。森林の主は、他の毒蛇が使えない『即死効果のある毒霧』を使うことが出来たのです」
「即死効果?」
「はい。その毒を浴びれば即死するか、さもなくば無傷というものです。その霧は弱者を確実に殺す武器となりました。……強者に捕食されなかったのは、森林の主の運でしょうな。あれは言うならば変異体。彼の毒霧は、毒蛇の完全上位種である死毒蛇のものと酷似しています。効果自体は遠く及びませんがね」
一息入れるユーライ。
「猛毒大蛇の厄介なところは毒霧ともうひとつあります。それが『毒牙』です」
「毒牙……牙にも即死効果が?」
「それならば、楽だったでしょうね」
「……というと?」
「彼の毒牙は即死効果を持たない単純な猛毒。もし即死効果があれば、その効果を受けない強者に太刀打ちできなかったでしょう。彼の毒牙は、強者に打ち勝つための武器というわけです」
「なるほど。警戒すべきは主にその2点というわけか」
「まあそれだけを警戒しておけば良いということではありませんがね。巻きつきや尾撃など、厄介な攻撃はあります。ですがそれらは、実際に受けてみた方がわかるでしょうね。事前に知っておいた方がいいのは、この2点かと」
「ありがとう、ユーライ」
ありがたい情報が盛りだくさんだったな。聞いておいて良かった。
「にしてもやけに詳しいわね。えっと、ユーライさん?」
静かに聞いていたレナがふと尋ねる。
「まあ、伊達に長くは生きていないということですよ。レナ様」
ユーライはニヤリと微笑むと、それ以上は何も言わなかった。
「てことでレナ。決戦は明日でいいか?」
「そうね。今日はもう遅いし、そろそろログアウトするつもり」
「オーケー。それじゃ、また明日な」
「えぇ。また明日」
ログアウトと書かれたボタンを押し、俺は現実の世界に戻った。
*
「……初めて会ったプレイヤー、バッタかぁ」
残念なような嬉しいような。
「まぁ、ムカデにはピッタリかもな」
俺は自分の口角が上がっていることを、ここで初めて自覚した。




