藤色の王子
なんか、よく分からん説明ばかりの話ができあがったが、自己満です。
第七王子ショーヤは今日もお腹を空かせていた。
運動が大好きで、今日も学園の剣術授業もその次のマナー授業のダンスも女の子を相手に踊るのはちと恥ずかしいが楽しかった。けれど、いつもいつもお腹が空いていた。
小さい頃からお腹が空くと動きも思考も停滞してしまう質で乳離れが大変だったと母であるミライヤ妃も乳母も言っていた。
数日遅れで生まれたショーセはショーセでショーヤに全ての食欲を奪われたのではと揶揄する程少食で病弱だった。
食べ物さえ与えていれば手の掛からない子供であったショーヤは自然と家族から忘れられ……、などと言うことはなかった。
彼には構いたがりの兄が六人とショーセを含めた弟が四人いたからだ。好き嫌いのないショーヤに自分の嫌いなモノを食べてもらう兄もいたが、ショーセは幸せだった。
「母上、どうしてボクはこんなにお腹が空くのでしょう。お腹が空くと動けなくなっちゃいます。兄上が言ってました。使い魔が現れたらマシになるかもって。でも、ボクの使い魔はまだ現れません。ボクもいつか、王族として魔物と戦う時が来るかも知れないのに空腹で足手まといとかなりたくありません。」
ショーヤ七歳。涙を溜めて言う彼に母ミライア妃はキュンキュンした。
七歳になっても使い魔がいないのは今のところショーヤだけ。
王族としての血を受け継ぐ者は大抵生まれた時に使い魔の卵を得る。第四王子ジュンリルとショーヤを除く王子達は乳離れ後には卵を得ていた。
幼いながら、第四王子ジュンリルの卵については特殊な事情があったためと納得していたショーヤは、使い魔が来ないのは、人よりもある食欲が色々と悪影響を与えているからではなどと思うようになっていた。
第一王妃であるミライア妃は妖精界出身のダークエルフ因子の濃い美女で、夫であるラインハルト国王はハイエルフの因子の濃い見た目をした美丈夫である。
二人の間に生まれた王太子ショーンは、ラインハルト国王の顔付きに母親の色合いを受け継いだ。ショーヤの数日後に生まれたショーセはハイエルフの全てが色素の薄い見た目をしている。しかし、ショーヤは二人には余り似ておらず、肖像画で見たことのある父方の曾祖母に似ていた。曾祖母は優しい人であったが愚王と呼ばれた祖父を生んだこと以外、今一つ影の薄い妃でどんな人物であったのかなどの記載が極端に少なかった。
「ショーヤの因子は曾祖母様譲りなのかもね。」
魔族の因子が濃いならば生まれて直ぐ訪れる変成期により大抵の因子は判明するが、妖精族の因子や血が濃い場合、何故か因子は分かり憎い。
ほぼ見た目で因子を判断できると言うのもあるが、妖精族の中に魔族の因子が何処かの時点で混ざると途端に因子が見えなくなる。ラーネポリア王国に住む妖精族の因子を持つ者は混血が多いため使い魔が現れるまで因子が不明であることが多い。王太子のショーンもショーセも見た目こそ妖精族であったが、使い魔がいなければ正確な因子は不明だった。
見た目が妖精族特有のものでもないショーヤとしてはこの食欲に何らかのルーツを感じてはいるもののどうすれば良いのか不安だった。
「曾祖母様が暮らしてた離宮に行っていいですか。曾祖母様の残したものがないか見てきます。」
ある日、母ミライア妃と兄ショーンの前で言うショーヤ。
「行ったところで、ショーヤはまだ読み書きが十分ではないだろう?」
一刀両断である。
ショーヤは俯く。母ミライア妃はショーンを小突く。
「あ、えーっと、レ、レンリルかルキリオと一緒に行くといいよ、兄様は悲しいかな勉強の時間で一緒に行けないから。」
本当は付き添いたかったのだろうが、十歳にして多忙な王太子である。ハッキリ言うと四男までスケジュールはみっちりなのだが咄嗟に出た名前は便りになる弟の名前だった。
「レンくんとるっくんは、一緒してくれる?」
「レンくん、るっくん、ごめんよ。」
ショボボンとしているショーヤの頭を撫でるレンリル。
最近、変成期を抜けてきて調子が良いらしい。
「息抜き出来て丁度良かったよ。で、曾祖母様の離宮かぁ、初めて行くなぁ。」
王都の外れにある藤離宮。
「今、庭園は公園になってて、離宮の一部は保養所となってるんだっけ。」
ショーヤは兄二人の間で手を繋がれ歩いている。移動に使う馬車舎まで歩いている途中だ。
レンリルもルキリオも使い魔を得ているので彼らを使えば移動は楽だが小さなショーヤもいることや有事以外で気安く使い魔を騎獣扱いしてはならないと決められていた。
「曾祖母様は息子である先代国王の教育を誤ったことを悔いておられたそうだ。」
この国ラーネポリア王国王族の汚点とさえ言われている祖父。
彼の無茶な政策のせいでラインハルト国王の兄二人は命を落とすことになった。
父曰く、王に相応しい兄だったと言う。兄王子二人の死は気楽な三男だったラインハルトの運命を大きく変えた。
「陛下、父上は曾祖母様を嫌っていたのかな。あまり、曾祖母様のことは歴史書に載ってないよね。」
「どうかなぁ、愚王を育ててしまった責任をとって離宮に引っ込んだとしか歴史書には載ってないんだよね。」
ラインハルト国王は、自分の祖母とは面識が数える程しかなかった。
なので、肖像画の姿が本物であることは知ってはいるが、彼女がどんなことを思い、生きて来たのかは知らないとのことだった。
「愚王と呼ばれる祖父とその愛妾は、父上が国王になる前に離宮に蟄居させられたんだよね、」
ショーヤは二人の兄の会話を懸命に聞いていた。
「国を混乱させた人だからね、いずれ毒杯を与えられる予定だったけれど、二人はその存在を消してしまった。二人の気配が王都から、国から消えてしまった。そして、その数日後に曾祖母様がお亡くなりになっているのが見つかったんだ。曾祖母様に忠誠を誓っていた侍女は、曾祖母様がご病気だったと言っていたらしい。そして、侍女は行方不明になっている。」
曾祖母アルテイシアが居を構えていた場所は非公開エリアで空気の入れ替えや掃除などはしているらしいが、ラインハルトと王妃達と僅かな者しか立ち入りが許されていない場所だ。
そのラインハルトもアルテイシアの持ち物などには手を振れていない。
『曾祖母さんの遺品整理を忘れてたな……。丁度いい、博物館級のお宝が眠ってるかもしれん、行ってこい。』
父の言葉を思い出す。
王族とそれ以外許可のないものは入ることの出来ない結界の張られた扉の前に立つ。
《開門。》
レンリルの声にキンっと言う音が弾けた。
「曾祖母様の私室はこの奥だね。」
少し古めかしい絨毯の敷かれた廊下には数匹のスライムがウロウロしていた。
「兄上、スライムがいる。」
「あぁ、ここは、立ち入りに制限があるから、お掃除スライムを配置してるんだと思うよ。」
「自室にも是非欲しい魔物だよね。」
綺麗好きの兄二人が頷き合っている。
部屋の片付けは各王子の担当だが掃除は侍女等の使用人の仕事である。使用人達は仕事にあたり、使える魔法は限られており、魔術陣が描かれた符に自身の魔力を流すことでしか力を行使できない仕組になっている。警備に当たる騎士などには更に複雑な誓約が課されている。
曾祖母の私室に足を踏み入れた三人。
ここにもスライムがいた。
そのスライムは何故かショーヤに擦り寄って来た。
「曾祖母様、こんにちは、初めまして。曾孫のレンリルです。今日は曾祖母様のことを知りたくて来ました。弟のショーヤが曾祖母様に似てるって話になって、ショーヤの使い魔とか、魔力とかについて、何か知ることが出来たらって思って来ました。」
「曾孫のルキリオです。ちゃんと出したものは元の所に返すので暫くの間、お許し下さい。」
二人の兄が頭を下げたのでショーヤも見習った。
部屋を見渡して手分けして物色していく兄二人を他所にショーヤは付いてくるスライムと追い駆けっこをしていた。
ショーヤは動物が大好きで使い魔と絆を深める兄達が羨ましくて仕方なかった。
だから、お掃除スライムだと分かっていても自分になつき付いてくるスライムが愛しく思えた。
便利で厄介で弱い魔物代表のスライムはショーヤの前で色んな形に姿を変えてみせた。
「ルル?どした?」
自分の頬をつつく使い魔に物色の手を止めるルキリオ。
『あのね、あのスライム……ちょっと違う。』
スライムと遊ぶ異母弟に視線をやる。
確かにおかしい。
ここには、お掃除スライムしかいない筈では?
感じた魔力の高まり。
「ショーヤ!離れろ!」
ルキリオの声が響いた。
少し前、レンリルは曾祖母の寝室に来ていた。
「曾祖母様は、とても質素な暮らしぶりだったみたいだね、」
父が言うような国宝級の宝石など全く見つからなかった。
クローゼットのドレスも暗い色の装飾のほぼないものばかりだった。
『レンリル!これ、日記帳じゃない?』
使い魔レインが机の引き出しの奥から見つけた一つの冊子。
「では、曾祖母様、失礼します。」
レンリルは読み込んでいく。
そこには、王妃となった苦悩が綴られていた。
愚王と呼ばれる息子ヨハン王が実は夫である国王が入れ上げていた愛妾との間に生まれた子供であったこと。それを自分は許すことが出来なかったこと。愛妾は側妃に出来るほどの地位も魔力も及ばない人族因子の濃い女であったこと、正妃との間に子供が出来ない内に生まれた子供は処断される運命であったが、夫からの懇願で我が子として育てることになったことが書かれていた。
曾祖母は子供の教育は自分がすることを条件として受け入れたが、愛妾は影で子供に会っていたようで遅々として教育が進まず悩みとなっていたこと。
夫は、我が子の出来の悪さに正妃を責め立てた。
アルテイシアは、そのことに腹を立て以後、王子の教育に関わることを止めた。
国王は、出来の悪い息子に頭を悩ませることになり、アルテイシアに謝罪したが彼女は許さず自ら蟄居を願い出た。
愛妾は臣下からの評判が悪すぎて側妃にも出来ない。愛妾の評判が悪すぎて側妃候補も出来ない現状に国王は漸く目を覚まし、愛妾を王都から追放し、息子に後に賢妃と呼ばれるヨザクラ妃を魔界から迎えることにした。ヨザクラ妃は魔族であるが、魔王と妖精族の姫の間に生まれた姫であった。
両国、世界の安定のためヨハンは王命に逆らうことは許されなかった。
美しいヨザクラ妃はヨハンの自尊心を満たす存在であったが国王だけでなく、蟄居中のアルテイシアの覚えもよく、政治への発言力も確かだったため次第にヨハンはヨザクラを目障りに思うようになった。
「ヨハンは、もうだめだな。」
蟄居先の離宮に来ていた国王はアルテイシアに愚痴る。
「そもそもは、アレを身籠らせると言う暴挙、わたくしとの誓いを破り、重ねてアレらを会わせてらしたでしょう?あなた様の愚行はバレバレです。そう、あなた様が愚かだったのです。あの手の女がすべからず魅了魔法を垂れ流すしか能がないことは自明の理。見事に罠に掛かるなど、最悪です。」
「う、す、すまぬ。」
「ヨザクラが、既に三人も王子を生んでくれていて助かります。孫の妃選考はヨザクラとわたくしに任せて下さいますわよね?」
自身の父母が廃嫡に動いていることを知ったヨハンは慌ててヨザクラに謝罪し良き王になると誓いを立てた。
アルテイシアはヨザクラからの言葉をにわかに信じられなかったが、三人の子の父親であるヨハンをもう一度信じたいとするヨザクラ妃の思いを汲んで、動向を見守ることにした。
ヨザクラの生んだ第一王子が成人を迎えた頃、先代国王が崩御しヨハン国王が誕生した。
ヨザクラ妃と王子達が居なければ国王としての功績など残すことは出来ないだろうと言うのがヨハン国王の評価だった。
国王は、このままでは早々に退位を迫られると焦った。
息子達もその婚約者も優秀だと言うことにヨハン自体が気付いたからだ。人族因子の強いヨハンと違い、息子達はみな魔力保有量が豊富だったこともヨハンの自尊心を傷付けた。
彼は先代国王のように人族因子の強い子爵令嬢を愛妾に迎え、彼女の考えに傾倒していった。
ヨハンは自分を立てる者達と画策し、厄災に乗じて王子達を殺す計画を立てた。
何かと自分の考えに異を唱える使い魔の言葉はヨハンには届かなくなっていた。
厄災が起こる確率法によって割り出されていた場所への視察を命じられ、その事実を秘匿されていたヨハンの長子と次子は厄災への対応が遅れ、次々に亡くなった。
王子達だけではなく、多くの民が犠牲となったが、ヨハンは計画通りに事が運び自分の能力を素晴らしいものだと思った。
息子を立て続けに亡くしたヨザクラ妃も心労で倒れた。
ヨハンは我が世の春が来たと浮かれた。三男のラインハルトはまだ、成人前であり、兄達と比べて凡庸だと聞いていた。だから、放置した。いずれ退位しても傀儡として扱えるだろうと。
優秀と言われているラインハルトの妃との婚約など破棄させれば良い。
しかし、ラインハルトは誰よりも国王に相応しい気概の持ち主だった。
捕らえられたヨハンと子爵令嬢は魔力を封じられ、いずれ毒杯を与えられることが決まっていた。
「ヨザクラ祖母様が心労ではなく毒による攻撃で倒れたと知った時、ラインハルトの世に憂いをもたらしてはならない、だから、私はヨハンとあの女を始末することにした。
ヨハンと子爵令嬢の使い魔は、二人が捕まると同時に神から契約を切られ天に帰っていったらしい、私の使い魔が教えてくれた。彼らは主の行いに失望と悔恨の念が拭えず、後、数百年は眠りに付くだろうと。
《混乱の世をもたらしたヨハンを制御出来ず、孫をヨザクラを傷付けた責任をとる。もちろんこのわたくしも。願わくば、私をずっと支えてくれた愛しい使い魔のこの子が新たな主を得て幸せになりますように。》
「曾祖母様は、愚王ヨハンと愛妾を殺したんだ。国の法律ではなく私欲で罰を与えたことの責任を自身の死でもって償ったんだ。ねぇ、レイン、曾祖母様の使い魔って、天に帰ったの?」
『ううん、違うよ、そのことで、レンリルに伝えたいこ、』
ルキリオの叫び。
レンリルは直ぐ様立ち上がり先ほどまでいた居間に戻った。
「るっくん、」
ルキリオはショーヤに後ろから抱き付き、スライムから距離を取った。
『人の子よ、大丈夫だ。私は敵ではない。』
キラキラと光ながら浮かぶスライム。
『この部屋は、私とアルテイシアの望む者が現れるまで時空を止めていた部屋。』
スライムが喋っていることに驚くルキリオと駆けつけたレンリル。スライムは回転し始めて一つの卵と変化した。
卵はコロコロと転がりショーヤの前に来た。
「ボクの卵だ。」
ショーヤはそう言って卵を抱き締めた。
((えーっと、))
兄二人は顔を見合わせて眉を下げた。
「つまり、祖母さんがアイツを始末して、法に従わず勝手に始末した責任をとって自害した、と。」
ラインハルト国王は息子達の言葉を聞いて溜め息を溢した。
「あれの始末は俺達がする予定だったんだけどな。」
ラインハルトの視線は、元々兄達の妃となる予定であったミライア、サヤカ、アヤカに向けられた。
「母さんは、知っていたかもな。」
少し遠くを見るラインハルト。
彼の母ヨザクラは、未だに癒えぬ毒からの療養のため南にある妖精門近くの湯治場にいる。
「時間を作って、会いに行ってみるか。」
愛していた息子を夫の策略で亡くしたと知った時の母の絶望をラインハルトは自分の目で見ていた。
「で、ショーヤの面差しがアルテイシア様に似ていたのは気のせいではなかったのね。」
安定しない魔力、不明な因子。
「スライムの因子なんてあるんやなぁ。」
ボソリ。アヤカ妃の言葉。
「曾祖母様の日記にも書いてました。自身の因子がスライムであることを知った時の衝撃は途轍もなかったって。卵で生まれたスライムは本当にか弱くて簡単に死にそうで大変だったって書いてありました。だから、隠れて使い魔のレベル上げに勤しんだと。」
魔物の中でも最弱と呼ばれるスライム。名門貴族の生まれであったアルテイシアは自身の因子と使い魔をバカにされる訳にはいかないと表向きはたおやかな貴族令嬢として過ごしていたが、陰では冒険者ギルドに入り、レベルアップに勤しんだ。
「曾祖母様の因子や使い魔について知っていたのは、お付きの侍女と曽祖父様とか限られた方達だけで、国の歴史書に残すことを許可しなかったそうです。どんなに進化を遂げてもスライムと言うだけで、侮られる恐れがあるから。」
「待て、そもそも使い魔に階級変化は可能か?」
「普通は考えられへん、使い魔は魔力保有量によって決まる言われとるから、努力したところで、自分と使い魔のレベルは上がるやろけど、階級変化は起きへん。」
使い魔は、神の使徒。魔力保有量こそ主の成長に合わせて増えていくが、何者であるかは卵から孵った時に決まっている。
普段白蛇の姿をしてルキリオの側にいるルルの正体は白銀龍と呼ばれる龍種であるし、レンリルの使い魔のレインは、九尾と呼ばれる妖狐の最上位種で神獣の部類に含まれている。
スライムとして知られている中で皆の知識的に上位種と言われているのはキングスライムで、ダンジョンや厄災で現れるスライムの最終形態もキングスライムだと言われている。
なので、スライムが使い魔として現れるとすれば魔力保有量が大きければそれなりのスライムでなくてはおかしい。
使い魔と普通の魔物の違う点は階級変化がないことだ。ルルは生まれた時から白銀龍であるし、レインは九尾だ。
「曾祖母様の日記には卵から生まれたのはベビースライムと言っていい程に弱い存在だったそうです。曾祖母様は鑑定の固有魔法を持っていたみたいで、どうにかして、使い魔のスライムを強く出来ないか考えて実家にある本を読み込んで魔法や魔術の知識を独学で得ていて、それでは足りないと探求心旺盛な曾祖母様は、冒険者としてダンジョンに潜るようになったんだと書いてました。レベルアップをする度に使い魔もレベルが上がり、ある時、ベビースライムからスライムに階級変化をしていることに気付いたそうです。十歳の頃には曾祖母様のスライムはキングスライムにまで階級変化をしていて猫に姿を変えて常に側に置いたそうです。」
ラインハルト国王の脳裏にアルテイシアが腕にブルーグレーの猫を抱いていた光景が浮かぶ。
「あの猫!スライムだったのか……。」
見事な擬態だった。
「王妃教育の合間にダンジョンに潜って使い魔のレベルアップと階級変化を楽しんでいて、それがストレス解消になっていたと。」
王妃教育の憂さをダンジョン攻略て晴らしていた。
「その頃の冒険者ギルドの記録に一人の少女冒険者が記されてます。上位スライムを使役して金とレベルアップに勤しむ恐ろしい少女がいたって。何しろ昔のことなので、真実味に欠ける話だと言われていたみたいですけど少女の特徴から曾祖母様で間違いないです。でも日記には、やっぱりスライムは例えキングスライムであっても侮られる存在だと書いてました。実際には使役獣ではなく使い魔ですけど。」
はいっと第四妃のマルティナが手を上げる。
「王妃となった後にぃアルテイシア様の侍女名義でぇ、王立学園や孤児院への寄付が行われてますぅ。恐らくはぁ、アルテイシア様が冒険者として稼いだお金を使っていたのでしょう。何回かお会いしたアルテイシア様はぁ、とても質素な生活をされているのだと感じたましたもの。」
ラインハルトの婚約者として面会したことのあるマルティナ妃の言葉。
「結局、祖母さんのスライムの階級変化は何処まで上ったんだ?キングスライムよりも上のスライムって、何だ?」
スライムの最高位種の知識はない。キングスライムであっても倒せない敵ではないからだ。
「アルティメットアビススライムと言う聞いたこともないスライムです。」
皆が押し黙りながら、ショーヤが抱く卵を見つめる。
『そのスライムは、常闇の女神様のお気に入りです。』
重い言葉を吐いたのはラインハルトの使い魔だった。
使い魔の言葉は其々の使い魔によって通訳されている。
『神のお気に入りである件のスライムは使い魔として生まれるに辺り、主と共に試練に挑み、世に出る権利を得たようです。』
「祖母さんは、その試練に打ち勝ったんだな。」
そんなスライムがショーヤの元に来たのかと再び視線が卵に移る。
「純粋に使い魔をバカにされなくないと言う曾祖母様の思いがスライムを進化させたのでしょう。」
「生まれるのはその何たらスライムなのか?」
また卵に視線が集まる。
『件のスライムは、主と共に試練に打ち勝ったので、使い魔として顕現することを許されました。』
『生まれてくんのはアルティメットアビススライムやね。』
アヤカ妃の使い魔も言葉を繋ぐ。
『使い魔になれる神獣クラスは、皆、主と共に神の試練をクリアしたモノだけ。許しを得たものは、自身の分身を下界に降ろす、だから、我らがソナタらの元に来たことを感謝せよ。』
ドヤ顔で言うのはラインハルト国王の使い魔だ。
「はいはい、で、ショーヤの謎の食欲は、祖母さんと関わりがあったのか?」
『アルテイシアのと言うよりは、スライムの因子のせいだな。スライムは食欲旺盛だからな。』
しんと静まり返る。
『スライムはアルテイシアに似ていて、アルテイシアの因子を持つ者の誕生を待っていたのだろう。本体はアルテイシアの死と共に天界に帰ったが、使い魔になる機会を待っていた。天界よりも下界は面白いからな。で、時を経てショーヤの存在を知り、ショーヤの元に行くために魔力を送って他の使い魔が、近付くのを阻止してたんだな。』
『七歳まで成長するのを待っていたのはショーヤの魔力が自分に相応しい最低限まで育つのを待っていたからだな。何処までも貪欲な奴だ。』
好き勝手に喋る使い魔達。
「なんにせよ、ショーヤにも使い魔が来てくれて良かった。」
以後、ショーヤの食欲は収まったが食に対する飽くなき探求心は止むことがなかった。
ラーネポリア王国において食への探求心から、薬学を極めることになる第七王子の名前が広がるのはもう少し先の話で、その王子の傍らには一匹のスライムがいたと言う。