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二話

「遅くなりまして申し訳ございません!」

 伊織は客人を待たせている部屋に駆け込むや否や、謝罪の言葉を口にした。それに対する返答は「まったくだな」の一言。この言葉を発したのは信康では無く父である鍋島斉正だったため伊織は愛想笑いをして着席した。

「――まったくお前は……。また部屋に篭って機械いじりか? やるな、とは言わんが程々にしておけ。昼夜ひっくり返った生活をしていると後々大変な事になるぞ」

「すみません。止め時がわからず、ついつい……」

「もう手遅れだったか……」

「だって! だってね――……あんなに小さな箱に――私の手のひらぐらいなのよ! その中に私の爪ぐらいしか無い部品がいっぱい入っていて、あんなに素晴らしい音楽を奏でるのよ。仕組みを知りたいと思うじゃない?」

 伊織は最近手に入れたぜんまいが動く事で音楽が流れるカラクリ箱『オルゴール』がどんなに素晴らしいかを力説した。

 だが、斉正は「わかった、わかった」と軽く受け流し、信康に至っては口を開くどころか表情を崩さずお茶を飲んでいた。

 伊織はここで気づく。客人である信康の存在を――。なりふり構わず身内で盛り上がってしまった失態に伊織は赤面した。

 (客人の前ではしゃいでしまったわ)

 伊織が項垂れていると隣に座っていた斉正が口を開いた。

「じゃあな。あとは二人で好きに話せ」

「えっ!?」

 伊織が父の予期せぬ行動にあたふたしているにも関わらず斉正はとっとと席を外してしまった。藁にもすがる思いで呼び止めたが、斉正は手をひらひら振っただけだった。

 (お父様の馬鹿! いきなり二人にさせるなんて。何を話したら良いのよ……)

 伊織は今までの苦い経験を思い出す。まず、男は自分より強い女を嫌う。武家の姫として一通り剣術・馬術・護身術を身につけてきた。そのせいで暴漢に襲われていた人を助けたら「女のくせに!」と暴漢に罵られた。そして二つ目。知恵をつけた女は疎まれる。まだ見ぬ物に興味を示したら、最初は快く話を聞いてくれた相手も質問をしていくうちに段々、怪訝な顔をするようになった。「話を聞いてくれるだけで良かったのに」と自分が調べることを嫌がられた。

 ――女はこうあるべきだと、価値観の違いを突きつけられた気がした。「女だから」「女のくせに」「女なのに」と言われるのが嫌になった。それでも自分を見失わずに済んだのは家族の支えがあったからだ。父が色んなところに連れ出してくれて見識を広めさせてくれた。話を聞いてくれた。否定をしなかった。

 だからこそ、自分らしさを貫けた。

 (でも、今回は自分を隠さないといけないわよね……)

 伊織は父が突然用意した見合い、もとい輿入れのこの状況をどう切り抜けようか思案する。何といっても相手は格上の存在。この婚姻に国の未来がかかっていると言っても過言ではない。

 (――とりあえず黙っていよう)

 しおらしく、しおらしく……と心の中で言い聞かせ伊織は作り笑顔で待機していた。

 しばらく沈黙が続いたが、最初に口火を切ったのは信康だった。

「地方再生には何が不可欠か述べよ」

 伊織は一瞬、耳を疑った。顔合わせといえる場での質問には到底、遠い。

 (え〜と、ご趣味は? とか好きな食べ物は? じゃなくて地方再生?)

 質問の意図が何なのか、はっきりわからない。余計な知恵がついていないか確認でもしているのだろうかと考える。

「え〜と……」

 伊織は「わかりません」と答えようとしたのだが、信康の真剣な眼差しに、その言葉を飲み込んだ。

 私の口から私なりの考えが出るのを待っていてくれているんだと感じたからだ。

 その証拠に信康は、ただじっと黙って伊織と向き合い続けていた。

 伊織は熟考したのち口を開いた。

「まずは特産物を作ることです。その土地の強みになる食べ物でも工芸品でも何でも良いです。そこでしか手に入らない、あるいは何処よりも秀でている物を明確にします。その後、その特産物を世に出すための陸路または海路などの流通手段を確保します。そうすれば、その特産物を求めようと自然と人が集まり活性化します」

 ここまで信康に相槌を入れる暇さえ与えず語ってしまった事態に伊織は内心、焦り始めた。

 (……ど、どうしよう。熱く語ってしまったけど生意気だと思われたかしら?)

 でも、今の発言には責任を持てる。だって、何度も何度も考えてきたのだから。女に政治の話はするな、と大抵の人は言うだろう。でも、私は一国の姫として民を守る責務がある。どうしたら豊かになるのか? どうやったら苦しまなく済むのか? その答えを自分なりに模索してきた。

「幕府は馬鹿の一つ覚えみたく質素倹約を強制しているが、その答えと違うんだな?」

 信康の皮肉たっぷりな物言いに伊織は反応に困ったが信康の考えが幕府と違うことに少しばかり安堵する。

「質素倹約をしたところで一時凌ぎにしかなりません」

 伊織ははっきり言い切る。

 それに対し信康も「同感だ」と頷いた。

 質素倹約したところで経済は回らない。そもそも武士の給料が賃金ではなく米価となっている時点でお金の流通が滞っているのだ。経済を回したいのならお金(貨幣)を使わなければいけないと信康も伊織も思っている。

 一体、どれ程の人数のものが幕府の失策に気づけるのだろうか――。


 二人の顔合わせは信康がお茶を飲み干したと同時に終了した。色気の無い話で始まったが伊織にとっては苦痛では無く自分を少しだけ曝け出せた時間となった。




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